スキャットダンスα

「あのさ、オレずっと気になってたんだけど・・・」
 唐突に話し始めたボッスンに、スイッチとヒメコの視線が集まった。二人から気まずそうに視線を逸らしながらも、ぼそりとボッスンは呟く。
「・・・ホントにオレに猫耳付けた事がある訳?」
『ああ、その事か』
 ぽんっと手を打つ効果音まで入れて、スイッチが音声を出した。
「何やあの『ボッスン・キジトラ猫耳疑惑』の話かいな」
 それを受けてヒメコが、読み掛けていた本をパタンと閉じる。
「何?! 何か凄い事件になってっけど! 結局どうなの? オレ、気になって夜も眠れねぇんだよ」
「何言うとんや。そんなんスイッチのいつもの被せボケやろ」
 呆れて自分の髪をくるくると指先で弄るヒメコの言葉を聴きながら、唐突にスイッチが天井を見上げて遠い目をする。あれ、とヒメコが小さく呟いた。
『あれは麗らかな日だった・・・』
「え? 何?? いきなり回想臭い出だし」
『・・・あまりに天気も良く、そして余りに暇だった』
「ちょっと待ってよ。その流れでいくと・・・」
 冷や汗を掻きつつボッスンがスイッチに近付いても、スイッチは全く反応しない。そのまま流れる様に語り出した。
『そんな日にうっかりオレの手が滑ってボッスンのお茶にたまたま普段持ち歩いていた睡眠導入剤を混入してしまったとして、誰がオレを責められるのだろうか? 否、責められない!! (反語)』
「お前、凄ぇカッコイイ顔でかっことじまで言い切ったけど、それ犯罪だろうが!!」
『睡眠導入剤は薬局で買える、医師の処方箋も要らない薬で、その名の通りあくまでも眠りたい人の背中を後押しするだけの薬だ。つまり、あの瞬間にボッスン自身が眠りたかった、と』
「何それ?! 何でお前ぇ、さも僕は悪くありませんって顔してんの!」
 肩を掴んでスイッチをがくがく揺さ振り反論するものの、スイッチは真顔でボッスンを見返し、そしてきっぱりと言い切った。
『そして本当に寝てしまったボッスンを見て・・・これは何かしなければならないと』
「何で?!! ホント、そんな時はそっと寝かせて! 耳元で優しく子守唄歌って!!」
『そうした所、何かに導かれる様にオレは机の引き出しに入っていた猫耳(キジトラタイプ)を見つけ』
「いや、それ確実にお前が用意してたよな! 突っ込みたくない気分だけど、突っ込ませて!! 何の為に用意してたの!!」
『オレは常日頃から考えているのだが、万が一の事態に陥った時、激しく後悔するよりは、万が一の事態に備えていつも準備を怠らないのが人間の正しい姿ではないか、と。そして出来上がったのが、こちらのサイトです』
 かなり格好良い顔でスイッチがタンッとエンターキーを押して二人に示した画面には、いつもの部室の畳の上ですやすやと眠る耳尻尾付のボッスンの画像だった。横向きに眠っているボッスンに付いている耳。そして巧い事尻尾が背中から腰の上を通り前方へと垂れている姿は、どう見ても何か妖しい雑誌の表紙にしか見えない。
「ホント、何作ってんだよ、お前はーっ!!」
「いやぁっ!! お昼ねにゃんこボッスンやーーーっ!! 凄っ! ちゃんとしっぽも耳も生えとるみたいに見える!!」
『ああ、それは画像加工だ。光源の処理が難しく、苦労した、苦労した』
「何、人の写真使ってそんな苦労してんの?! しなくていいよっ!」
 自分の肩を揉みながら作業の苦労を示すスイッチに、激しいボッスンの突っ込みが入る。しかし、それを押し退けてヒメコがぐっと身を乗り出した。
「ちょい待ち! 今、サイト言いよったよな?」
「えっ・・・」
ヒメコの台詞に、当然ボッスンの身体中から血の気が引いた。ヒメコにぐいぐい押されながらも、必死にばたばたと手を伸ばして声を上げる。
「ちょ、これ公開されてんの!!」
「他にも写真あるんやったら、見せんかいっ! そんなごっつ楽しい時にアタシおらんかったなんて・・・おらんかったなんてぇぇぇぇ!!」
「食い付く場所、そこじゃないだろっ、ヒメコ!!」
『取り敢えずは、オンマウスでパーカー以外の服が脱げる』
 ボッスンの手からパソコンを遠ざけつつ、スイッチが器用にポインタを画像の中のボッスンに当てると、見事にパーカー以外の服が消えた。当然、下も。更に、危険な部分は尻尾とパーカーで上手く隠れると言うオマケ付。
「ぎゃあぁぁぁっ!! これもう、どっかのAVのパケじゃねーかぁーっ!」
「いやーーーっ! もう萌え死にしそうやぁーーー!! 他には無いんかい!」
『この間のツインズキャットも処理済だ』
「これは脱げるんかい」
 叫び続けるボッスンをガン無視で、スイッチとヒメコは普段通りに会話を続けていく。勿論、先のヒメコの爆弾発言に対してもクールにスイッチは返してきた。
『勿論だとも。他にも動画を駆使して・・・』
「ヤメテーーーッ! オレはともかく、椿を巻き込むなぁぁぁっ!!」
 実の弟を巻き込んでのとんでもない発言に、ボッスンは本気で顔色を変えて本音を少しばかり暴露する。それを見たスイッチは今までと表情を変え、にやにやとしてボッスンを眺める。
『冗談だ、脱げないから安心しろ。サイトもこのPC内だけの物でネットにアップはしていないし、写真もこの二枚だけだ。オレもそこまで暇ではない』
「十分、暇人だよ! どんだけ労力注いでんだ!! ・・・・・・って、何にやけてんだよっ!」
『いやは〜、お兄ちゃんですね〜〜〜、とか思っ』
「黙れっ! もう黙れぇーっ!!」
 うっかり出した本音が恥ずかしくなり、ボッスンはスイッチの襟首を捕まえて揺すりながら締め上げる。その横でヒメコが一つ、小さなため息をついた。
「へぇ〜、ちょっと残念やなぁ」
「何が?! 何で?!!」
 まだスイッチを締めつつ、ボッスンが顔だけをヒメコに向けてそう言う。ちょっぴり顔色が青くなりつつあるスイッチには見向きもせず、ヒメコはしょんぼりとした顔でパソコンの画面を指差した。
「うちの子、こんな可愛いですぅ言うて、全世界に発表したいやん」
「何それ?! オレ、どんなペット感覚! 『可愛いお家のにゃんこ』って話じゃ済まねぇんだよ!!」
 涙ながらに訴えるボッスンと完全に顔色がおかしいスイッチの目の前で、ヒメコはパソコンを自分の前に持ってきながら、似た様なもんや、と呟きつつキーボードを弄る。
「やっぱ楽しいもんは広めたいっちゅーか・・・・・・あ、このあっぷろーど言うんでええんかい」
『?!』
 カチッと言う軽快な音が響き、続いてハードディスクが稼動する静かな音が響き出した。それを聞いて声の出せないスイッチの目が見開かれる。ボッスンの手を振り解いて慌ててペンと紙とを探し始めるスイッチを目で追い、ボッスンがぼそりと低い声でスイッチに語り掛けた。
「・・・・・・聞きたくねぇんだけどよ。今の」
 全身から汗を流しているボッスンに、スイッチがやっと探し出したメモ用紙に、『いや、これはサイトをアップしたのではなく』と文字が走る。続いて『多分オレのブログに今の写真がアップされただけだ』と。
「ブログもネットの一部ですからっ!」
 叫んだボッスンの横からヒメコがひょいっと顔を出し、スイッチの書いた文字を読む。ふんふん、と満足げに頷くと、今度はパソコンに手を伸ばした。
「・・・えいっ!」
 良い掛け声と共に、パソコンが宙を舞う。そして・・・・・・スイッチのパソコンは壁にぶつかり、星になった。
「ヒヒヒヒヒヒメコォーーーっ!! 火ぃ吹いてる! パソコン、火吹いてるよっ!!」
「ごめんなぁ、スイッチ。ちょい手ぇ滑ってん」
 全く悪びれる様子も無く、形だけ謝りながらヒメコは自分の頭を掻く。ボッスンは慌てて座布団でパソコンの火を消したものの、どう見てもそれが動く様子はなかった。
「こここれっ、ど、どどどっ」
 わたわたと焦げて割れたパソコンをスイッチに持っていくボッスンだったが、スイッチがそれをどうこう出来る訳はなく、代わりにメモにペンが走る。『大丈夫だ、ブログなら携帯か』と書いた所で、後ろからそれを見ていたヒメコが二人の肩を同時に叩いた。
「スイッチ、ボッスン、大人しゅう携帯出せや。今晩一晩、取り上げる」
 真顔のヒメコに対し、スイッチは乱れた文字で『ヒメコ! それはもう、冗談では済まされないぞ!!』と書いて掲げたが、ヒメコは全く表情一つ揺るがない。続いてボッスンも自分の携帯を背中に隠しながら、距離を取りつつヒメコの説得を試みた。
「あのね、ヒメ姉さま。これって本当に明日からオレら苛められるレベルのはな・・・」
「おう、よぉ分かった。ほな、携帯出そか?」
「分かってねぇーーーっ!!」
 二人がヒメコの説得に要した時間は約二時間。その間にスイッチのブログのアクセス数は百を軽く超えていたと言う・・・・・・

2011/06/26 UP
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