心の中の座標【スキャット3】 1

 視聴覚室には運良く誰も居なかった。尤も、安形にとってはそれ位は予想済みだったので、運良くと言うのも少しおかしいかもしれない。憮然とした表情でドアに鍵を掛けると、安形は適当な机に椿を座らせてため息を一つついた。
「なぁ、椿ぃ・・・」
 普通の物よりも長い机の真ん中に座って俯いたままの椿を見て、耳が震えているな、とぼんやり思いながら声を掛ける。
「・・・そろそろ、泣き止む気、ねぇか?」
「・・・・・・うぅ・・・泣いて、なんて、ませっ」
 安形が椿の顔を覗き込むと、椿は歯を食い縛ってぼろぼろと涙を流していた。しゃくり上げながら言われた台詞は、全く説得力が無い。安形が人差し指でその涙を拭うと、容赦無くその手を叩かれた。
――まぁーた、左だし。本格的に怒ってんな、コレ・・・
 仕方無しに安形は立ち上がると椿の頭を掴んで、自分の胸へと押し付ける。結局の所、こんな風に本気で怒って泣かれるのが、安形には一番困る事なのだ。機嫌を取る為に頭を撫でてみるが、脇腹に拳を叩き付けられただけに終わった。
「悪かったよ」
 ため息をまた一つ、交えながら吐き出した謝罪に、叩き付けられた拳がきつくシャツを握り締める。
「そんっ、な、一言で・・・うぅぅー・・・」
 声の調子と自分の胸元がどんどん濡れていく事で、椿がまた新たに涙を流しているのが知れた。しゃくり上げる度に、撫でている頭の耳がぴくぴくと動く。それを指で撮み上げると、嫌がる様にそこから逃げた。それを何度も繰り返しながら、安形はだってなぁ、と椿に言う。
「こんなん見せられたら、テンション上がるだろ」
「だからって、あんなっ、ふ、じさき、が見っ・・・うぁああっー」
 そのまま号泣し始めた椿に、本日三度目の、そして最大級のため息を安形は漏らした。
――やっぱり、そこかよ・・・
 たしん、と尻尾が安形の脚に叩き付けられる。
――・・・大好きなお兄ちゃんに見られたのが嫌ってか。
 静止の言葉にも怒りの言葉にも『藤崎が見て』の言葉が含まれていたのを、安形だけが聞いていた。人に見られていたのが問題ではなく、誰に見られていたかが問題で、現状椿は大泣きしているのだ。
――肉親が特別ってのは分かる。
 安形だって妹の紗綾は椿とは別の意味で特別だし、さっきの様な場面を見られれば普通以上に気まずいのも確かだ。そこは配慮が足りてなかったと、一応は安形も思っていた。
「二度としねぇから。な、椿?」
 思ってはいても、何度も繰り返される言葉に安形の我慢も限界に近づいていく。笑顔を作ろうとしていても、何処かに綻びが出始めていた。
「あんなっ・・・藤崎、に・・・あんな、みっとも、ないとこっ・・・」
「ああ?」
 見っとも無いと言われた瞬間、安形の顔色が変わる。抱き寄せていた身体から手を離し、両肩を掴むと逆に引き離した。
「・・・みっともねぇって、こう言うのが?」
「なっ・・・」
 何かを言おうとした椿の顎を掴み、安形は乱暴に口付ける。手に力を入れて無理矢理唇を開かせて舌を捻じ込むと、開いたままの安形の瞳の前で琥珀の双眸がきつく閉じられた。その目尻から溜まった涙が零れるのを見ながら、安形は執拗に椿の舌を追い掛ける。
 苦しさに椿の眉が歪み、新たに涙を流すのを見た所で、漸く安形は唇を離した。開いたままの椿の唇から、糸を引きながら安形の舌が抜け出る。息をしようとした瞬間まだ残っていた二人分の唾液が咽に流れ込んで、椿は激しく咳き込んだ。口元を拳の甲で押さえ、横を向いて椿が咳き込んでいると、差し出されたその首筋に安形の唇が落とされる。きつく吸い上げられた瞬間、椿は与えられ慣れた快感に一瞬身を震わせた。その隙に、安形の指がネクタイに絡まり、それを解いていく。
「やめっ・・・い、今はそんな気分じゃ・・・・・・」
 流され掛けて慌てた椿は、そう言いながら安形の腕から逃れようとその身体を押し退ける。けれど身体を動かした瞬間眩暈に襲われ、机に倒れ込んでしまった。それを安形は左腕で支え、椿のシャツに手を掛ける。
「悪ぃな・・・」
 声音に刺す程の冷たさを感じて椿が弾かれた様に安形を見れば、そこには唇の端を持ち上げるだけの笑みを浮かべる顔だけがあった。シャツを握る手に力が込められる。
「今はあんま、お前の意思、尊重する気になんねぇんだ」
 言うと同時に安形の手が勢い良く引かれた。止まったままのボタンが弾け飛び、悲鳴染みた声が椿から上がる。怯えに目を伏せた椿の身体を俯せにして押し付けると、椿の襟の後ろに手を伸ばしてシャツを一気に腰まで引き摺り下ろした。
「痛っ・・・」
 無理に脱がされた布に肌を擦られ、椿が痛みに声を漏らす。それでもその場から逃れようと抵抗する身体を、安形はそこに乗り上げる事で抑え付けた。両腕を掴まれ、背中へと廻される。
「変に抵抗すんなよ・・・腕が折れる」
「・・・・・・っ!」
 響く声の冷たさに椿は身体が動かせなくなった。硬直した腕を取って背中で纏めると、脱がせたシャツで縛り上げる。されるがままになっていた椿の震える項に、不意に安形の唇が触れた。そこをきつく吸われて、椿の身体が撥ねる。
「・・・・・・怖い?」
 離れた唇が耳元に動いて、囁いた。
「耳が、寝てる」
 いつもは安堵出来る声が今は真逆の効果しかなく、言葉通り椿の耳はぺたりと伏せられている。小刻みに震えているビロードに似た感触の耳を、安形は指でなぞった。
「なんっ・・・どうし、て・・・」
 辛うじて椿が呟くと、ぴんっと安形の指が耳を弾く。それにびくりと身体を震わせながら、椿は窺う様に上半身を動かして安形に視線を投げ掛けた。
「どうして・・・そんなに、怒ってるんですか?」
 怯えながらも細い糸を手繰ろうとするかの様に、涙に濡れた瞳が真っ直ぐと安形を見据える。
「怒ってる、か」
 言葉を繰り返し、安形は目を細めて椿の耳を持ち上げた。内側のピンクに染まった地肌に指を這わせると、椿の身体が震えるのが伝わってくる。そこに唇を寄せて、そっと囁いた。
「似てっけど・・・少し、違う」
 息が触れた事で更に椿が震えたのを見て、安形はそこに舌を這わせる。普段無い器官を伝う湿った感覚に、椿の唇から熱い吐息が漏れた。
「んっ・・・ぁ・・・ひぁ!」
 流し込まれた唾液が鼓膜に触れて、椿はそれから逃れる様に身を捩る。その様子を目を眇めて見ると、安形は左手を動かした。剥き出しの腹部からTシャツの下の肌を、軽く触れる程度に這わせながら上へと。辿り着いた胸の突起は既に固くなっていて、安形の口から笑みを含んだ声が漏れた。
「結構、その気なんだ」
「違っ・・・あっ、やっ・・・」
 否定しようとすると同時に耳に軽く噛み付かれ、痺れに似た甘さがそこを走る。喘いだ声がさながら肯定の言葉の様で、椿は下唇を噛んだ。必死で声を抑え、きつく目を瞑る。それを見た安形が、左手の指で乳首を強く捻り上げた。
「あっ・・・ああっ」
 強い快感に椿が思わず喘いでいる間も、安形の歯は椿の耳を苛む。半ば飲み込む様にして吸い上げれば、びくびくと身体が震えた。
「も・・・ぃや・・・さわ、ら・・・」
 涙を流しながらうわ言の様に発せられた言葉に、安形の口が開かれる。
「触らないでって、こっち?」
「ふっ・・・う・・・」
 開放され、ピンと跳ねて水分を弾く耳の内側を、改めて舌が這った。それとも、と続いて安形の指先に力が入る。
「こっち?」
「あぁっ・・・だっ・・・・・・んっ・・・」
「今はこっち、か」
 指の動きに声を上げる椿の肩を完全に机に預け、安形はTシャツを首近くまで捲くった。曝された胸元のまだ触れていない紅い点に舌で触れる。舌を絡めて転がせば確かな弾力を返してくるそこを軽く吸い上げれば、自由を奪われたままの椿の身体が弓なりに跳ねた。それがまるでねだられている様に見えて、安形は口の中の小さな粒に歯を立てる。
「いやっ・・・あっ、んっ・・・」
 段々と快楽の色が濃くなっていく声を聞きながら、安形は椿の腰へと手を伸ばした。背中側から指を滑らせる。
「あっ、やあぁっ・・・!」
 不意に響いた声高な嬌声に、思わず安形の手が止まった。驚いた表情で顔を上げ、観察する様に椿を見る。
「・・・ここ、好かったっけ?」
「ひぁっ、やめっ、や・・・っ」
 再度腰を摩り上げると、椿は喘いで激しく身体を震わせた。眺めながら、安形は呟く。
「そう言や・・・猫ってここが性感帯だとか聞いた事あったな」
「やめっ、いっ、そこ・・・だっ、ああっ!」
 自分の手の動きに的確に反応を返す様子を見て、安形が揶揄かう様にまだ触れていた勃った乳首を指先で弾いた。
「ぅあっ・・・っ!」
「どっちのが、イイ?」
「うぅ・・・あっ・・・」
 手を止めて椿の言葉を待つが、荒く息を吐く唇からは喘ぎの残滓しか漏れてこない。それに満足そうに笑うと、安形は再び両手を動かし始めた。
「どっちもなんて欲張りだな、椿は」
「ぅんっ・・・ちぁ、う・・・あっああっ・・・」
「嘘吐き」
 必死に頭を左右に振って舌っ足らずな言葉で否定を示す椿に追い詰める言葉を投げ掛けながら、安形は快楽に震え続ける身体を自分のそれで押さえ付けて密着する。股の間に脚を割り込ませ、そこが膨らんでいる事に愉悦の笑みを漏らした。
「もう一つ、足してやるよ」
 声と吐息を間近で感じながら、安形は椿の頭上で震えている耳に噛り付く。耳と腰と乳首とを責められ、椿は激しく身体をくねらせた。その所為で下半身が安形の脚に擦り付けられ、もう快楽から逃れようとしているのか、更に深く求めているのかも分からなくなっていく。
「んっ、ああっ・・・あああっ!!」
 一際大きく声を響かせ、身体をびくびくと震わせると、椿の身体から力が抜けた。はぁはぁと短い息を吐きながら、目を閉じて机に頬を預ける。
「ズリぃなぁ、一人だけイくなんて」
 くすくすと続く笑いに、悔しさと羞恥から椿の視界が涙で歪んだ。
「・・・ちがぁ・・・・・・」
 幾度と繰り返された言葉をまた口にした椿に、安形は脚を退け、代わりに手をベルトへと伸ばす。
「そう? ここ、べたべたになってけど」
 ズボンと下着を半ばまで脱がせ、安形はわざと口に出しながら濡れた性器を掴んだ。果てたばかりで萎えていたそこに残っている精液を搾り出す様に、下から撫で上げて雫を零す先端を指先で擦る。
「・・・や・・・やぁ・・・・・・」
 安形の硬い手で直に敏感な部分に触れられ、椿がまた制止の声を上げた。そう漏らしながらも欲望に忠実に硬くなっていく性器を見せ付ける様に、安形は椿の脚を持ち上げる。
「ここ、こんなにしといて止めろっても説得力無ぇな」
「やっ・・・いやぁ!」
 無理に開かされた脚の間のものを目前に晒され、椿は目を固く閉じて顔を逸らした。その頬に生暖かい雫が落ちる。それが先程自分が吐き出した精液だと理解し、椿の眉が嫌悪に歪んだ。
「・・・・・・どうして・・・会長ぉ・・・」
 泣きそうに掠れた声に、胸が痛んで安形の顔が歪む。叩き付けられた疑問に応えようと一瞬唇が開いたが、すぐにきつく閉じられた。言葉の代わりに手が、半端に残されていた脚に絡む衣服を取り去る。

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