夢の向こう側

 見回りを終えて椿が生徒会室に戻った時、既にそこに皆の姿は無かった。ただ一人、ソファーで眠り扱けている安形を除いて。
――本当に良く寝る人だな・・・
 呆れ気味にバインダーで肩を叩きながら、椿はため息をつく。自席へと戻り色々と片付けを始めてみるものの、ソファーの人物は熟睡しているらしく、全く起きる気配は無かった。
「どうすればこうも無防備に眠れるんだ・・・」
 先程から自分は気配を隠す事も無く、結構な音すら立てていると言うのに。他人が居る空間でこうも容易く眠れる神経に好奇心を覚え、椿はゆっくりと立ち上がった。足音を立てない様にソファーに近付けば、制服のシャツのボタンを外し切り、だらしなく身体を投げ出している姿が目に入る。
――これだけ近付いても目が覚めないなんて、どういう神経をしてるんだ、この人は。
 他人の気配で目が覚めてしまう椿にとって、それは不思議な事以外何者でもなかった。そっと身体を傾けて顔を近付けてみても、その瞼は下りたままでぴくりともしない。
――結構、整った顔立ちはしてるんだよな。
 動きの無いその顔を見て、椿はふとそう思った。ソファーに手を掛け、より身体を倒す。
――でも今の方が、心臓が静かだ。
 寝顔をそっと見詰めても、そこに自分の顔を近付けも、普段安形が数メートル先で起きて動いている時に比べれば、鼓動は驚く程に落ち着いていた。
――瞼が・・・
 そう思いながら、魅入られて身体が傾ぐ。
――・・・いや、唇が動かない、から。
 一点に視線が動いた。柔らかな寝息を吐き出していたそこが、不意に小さな声を漏らして閉じられた。動かないはずの瞼が動き、持ち上がる。
「・・・はよ」
 思い出したかの様に胸が脈打った。打ち出された血液が身体中を駆け巡って、椿の体温を上げていく。
「かっ・・・」
 名前を呼ぶ間もなく安形の右手が椿の頭に掛かり、引き寄せられた。倒れ込んだ身体が受け止められた瞬間、唇が重なる。
「・・・っ」
 絡まる舌に翻弄されて、眩暈がした。何とかソファーに腕を立てて、身体を支えてみるものの、それも限界に近い。
 目の前に映る瞳が意地悪げに光りでもすれば殴り倒す事も出来たが、まだ夢現を彷徨っている様を見付けてしまえば、それも封じられた。ただ相手の成すがままに、口内を蹂躙される。
「んっ・・・っあ」
 長く感じられた苦痛の快楽も、汗を掻いた手のひらが滑り、椿が完全に安形の胸の内に身体を投げ出した事で漸く終わりを告げた。その衝撃に、やっとの事で安形の双眸に覚醒の色が宿る。
「・・・あ、れ? げんじ、つ・・・・・・?」
「・・・・・・そうですよ」
 安形の顔の真横に自分のそれを埋め、椿は小さくそう返した。それでも安形は半信半疑の顔をして、現実を確かめる為に自分の上にある身体を抱き締める。
「でもオレ、殴られてないんだけど」
「ボクだって寝ぼけている人を殴るとか、しませんよ」
 まだ現実を受け止め切れていない安形だったが、顔を背けられた事で頬に椿の後ろ髪が触れ、それに別の部分が擽られた。ふうんと呟いて、右手を椿の腰へと伸ばす。
「じゃあ・・・まだ、寝ぼけてるって事で」
「えっ・・・!」
 安形の言葉の意味を測り兼ねているうちに、椿のシャツが安形の手で捲られた。微かに見えた脇腹に指が触れ、中へと滑り込んでくる。
「・・・ん、んんっ・・・・・・」
 そのまま背中に廻った指が背骨沿いに上へと滑る感覚に、椿は目を閉じて身体を小さく震わせた。呼応して震える耳に安形の舌が這う。湿った熱い感覚に肩口へと立てられたら爪を合図に、安形のもう片方の手が椿の前へと触れた。
「あっ・・・ん・・・」
 しかし安形の手は、一瞬だけそこを掠めただけで太腿の内側に移動し、物足りなさについ椿の腰が揺らいだ。それに気付いた安形がくすりと笑いを漏らした気配に、椿の爪がより深く食い込む。
「たっ・・・怒んなよ」
 苦笑して安形は一度シャツの下から腕を抜く。椿の腕に自分のそれを絡ませると、強く引き寄せて自分と位置を入れ替えた。今度は安形が椿の上に覆い被さり、その顔を覗き込む。
「椿」
 安形が名前を呼んでキスをすれば、椿の顔が僅かに染まり、潤んだ瞳が揺蕩う。自分の身体を安形の指と舌が這う感覚に身を委ねながら、椿は確かな物を感じようと目の前にある身体に手を廻した。
――何か・・・忘れてる気が・・・
 安形が椿のベルトを外す音を聞きながら、ぼんやりと思う。大切な事の様に思えて必死に考えるものの、自分の下肢に絡む指に思考が乱された。
「まっ・・・てぇ・・・」
「ん? オレの指、嫌?」
 考える時間が欲しくて何とか声を絞り出したのに、返ってきたのはそんな言葉。そんな訳は無いと心の内で認めてしまうと、瞬間に椿の背筋を痺れる様な快楽が駆け抜けた。意識してしまった指先の動きが、椿の欲を追い上げる。
「あっ、あん・・・んんっ・・・」
「嫌じゃねぇみたいだな」
 言葉だけなら冷静に見える安形も、椿の痴態に息が上がっていた。焦りを示すか様に手の動きが激しくなれば、触れている物がはっきりその存在を示し、根元は太さを増していく。
「もっ・・・んあっ、ああっあっ!」
 ビクン、と椿の身体が震え、安形の指に熱い体液が絡まった。最後の一滴まで搾り取ろうと脈打つそこを根元から撫で上げれば、悲鳴の様な声を上げて椿がびくびくと身体を震わせる。
「椿・・・」
 安形が名前を耳元で囁くと、椿はぐっと唇を噛み締めた。廻された腕の先、爪が肩に食い込んで、まだ手にしていた部分が再び勃ち上がり始める。
「相変わらず名前呼ばれるの、弱いんだ」
 笑みを含んだ声に椿は指の力を強めた。図星を差された悔しさに、それでも身体が熱を帯びる。椿の素直な反応に、安形は微笑みながら左手を椿の腰に廻した。下着ごとズボンを脱がせた所で、表情に戸惑いが混じる。それに気付いた椿の視線が、問う様に安形に向けられた。
「・・・アレ、机ん中だわ」
 気まずそうに呟いて、安形は一度椿から身体を離す。身体に続いて手も離れ、冷たい空気が身を掠めた瞬間、思わず椿は手を伸ばしていた。離れようとしていた腕とブレザーの裾を掴み、それを引き留める。
「あ、あの・・・」
 まだ軽く熱を含んでいた自分の声が余計に羞恥を刺激した。これから自分が言おうとしている台詞に正面から安形の顔が見られなくなり、そっと顔を背ける。
「・・・・・・無くて、大丈夫だと思うので・・・その・・・」
 早く、と微かにだが確かに響いた椿の声に、安形が息を飲むのが分かった。恥ずかしさにブレザーを掴んでいる手が震え、椿はぎゅっと目を閉じる。最初は驚きに混乱していた安形も、事の意味を理解すると顔を赤らめて表情を歪ませた。
「お・・・まえ・・・」
 劣情に煽られて発してしまった言葉で羞恥に震える身体を目にし、安形は左手で自分の顔を覆う。
「毎度毎度、やってくれる・・・」
 安形がそう呟いて、身を縮めている椿の頬に軽く唇で触れると、椿は掠れた声を漏らして脚を脇腹に擦り寄せて催促してきた。促されて安形がまだ濡れたままの右手を椿の脚の間へと差し込み、最奥の部分に指で触れると、それに反応してそこが収縮する。戸惑うままに指の腹で液を擦り付ければ、椿の口から甘い嬌声が上がった。確かめる様に指を沈ませれば、飲み込みはしたもののいつもの潤滑油が無い所為できつく噛み付いてくるそこに、安形は眉をひそませる。
「・・・とに、大丈夫か?」
 心配げに身体を寄せて尋ねてきた安形の首に椿の腕が伸び、震える指が項に触れた。湿った指の感覚に、安形は唇を噛み締める。
「これ、以上・・・言わせな、いで・・・」
 涙ぐみながらもそう言って、安形の肌に指を這わせた。首筋から肩口へ、そしてシャツの下にある印に触れて、止まる。
――貴方がボクの物なら、応えて。
 顔を見れないまま、指先だけでそう伝えた。瞬間、言葉にならないくぐもった声が聞こえ、椿の中から指が引き抜かれる。けれど、すぐに二本に増やされたそれが乱暴に潜り込んできた。
「はっ・・・あ、ああっ・・・」
 内側を弄られる感覚に、椿は身震いしながら声を上げる。顎から首筋へと汗が流れ、椿の肌を伝っていった。獣染みた息遣いだけをすぐ側で聞いていれば、激しい動きは苦痛を伴うのに、それが誰の物か想い描くだけでそれが別の物へと変わっていく。翻弄が、心地良く身を支配していた。
「かいっ・・・あ、ん・・・会ちょ・・・」
 名前を呼ぶ度に激しさを増す動きに、椿は安形の肩に爪を食い込ませる。その刺激に安形の指が一気に引き抜かれた。
「ああっ・・・もうっ、くそ!」
 急に離れた温もりに椿が寂しげに視線を投げ掛けると、悪態をつきながら安形が自分のベルトに手を掛けている。椿の精液に濡れた手が制服を汚すのも構わず、乱暴にそこから自分の固くなったものを取り出して、右手を擦り付けた。自分の吐き出した液が安形のそこに絡まるのを見て、椿の心がぞくりと震える。湧き上がる感覚に自然と椿は、笑んだ。
「・・・っ!」
 それを目にした安形が椿の脚を持ち上げ、一気に身体を進ませる。
「あっ、ああっ・・・!」
 指以上の圧迫感に、椿は声を荒げて身体を仰け反らせた。自分の中にあるものを意識して脚を開けば、より深くに入り込んでくる。いつもより窮屈に動くそれに苦しげな声を漏らす椿の咽に、安形の舌が這った。伝う汗を舐め上げられる熱い湿りに、思わず椿は顔を逸らす。その視界に映ったドア。最初はぼんやりと視界の端に映していただけの光景に、ふと椿は思い出した。
「待っ・・・かぃ・・・あ、待ってぇ・・・!」
 開いていたはずの脚が逆に動き、安形の動きの邪魔をする。半ば本気の抵抗に、顔をしかめながら安形は身体を止めた。
「待っ・・・・・・」
「ここで止めるとか、悪魔か、お前ぇ・・・」
 取り上げられた快楽に、安形が苦しげに呻く。感じ始めていた快感を押し留め、荒い息のまま安形が歯を食い縛れば、椿は震えながら口を開いた。
「・・・だっ・・・ボク、鍵、を・・・・・・」
 こんな事になると予想していなかった椿は、自分がドアに鍵を掛けていなかった事実に辿り着いて、涙目で安形に訴える。安形に自分から離れる暇を許さなかった癖に、不意に突き付けられた危機が耐えられなかった。
「そんなっ・・・」
 そんな理由かと、咎められて椿の目が潤む。泣き声に近い声が空気を震わせた。
「で・・・も・・・だれ、か・・・」
 誰かが来たら。
「・・・会長・・・いが、い・・・・・・やっ・・・」
 今の自分の姿を安形以外に見られると思うだけで、涙が溢れる。
「や、です・・・」
「・・・・・・んなの、オレだって」
 葛藤に安形の顔が歪んだ。椿から目を逸らし、逡巡する。
「ああっ、もう!」
 叫んで安形は椿の中から自分を引き抜いた。一瞬その刺激に椿は身体を反応させたが、次の瞬間には安堵に力を抜く。しかしその感情も裏切り、脱力していた肢体を安形は持ち上げ、反転させた。
「えっ・・・?」
 ソファーに伏した格好で椿は驚きに声を漏らす。その背に安形の重みが掛かった。
「見られない内に、終わればいいだろ」
「ふぅ・・・ああっ・・・」
 逃げ掛けた身体を抑え付け、再度安形が入り込んでくる。その状態で腕を掴まれ、背中側から腰を押されると、自然と仰け反る格好になった椿の下肢がソファーと密着した。
「早目に終わらせてやっから・・・」
「なっ・・・ひゃっ・・・あっ!」
 訳も分からない内に動き出した安形の身体で、その言葉の意味を知る。安形が動く度に前をソファーに擦り付けられて、腰が砕ける様な快感が走った。
「やっ、やめ・・・か、あっああ、やっ!」
 前だけでなく内側からも激しく刺激され、椿は何度も嬌声の交じった制止の声を上げる。それで動きが止まる事は無く、逆に激しくなっていった。乱暴な動きが不規則で、振り廻され与えられる快楽に椿はソファーに爪を立て、ひたすら声を上げる。
「んぁ、ああっ、やっ・・・も、やぁ、めっ・・・」
「無理・・・あんだけ、煽られて・・・・・・椿」
「んんっ・・・」
 名前を呼ばれ、椿の爪が更にきつくソファーに食い込んだ。それを見て安形が頭を下げ、椿の耳元へと唇を寄せる。
「佐介・・・」
「! あっ、ああっ・・・」
 初めて呼んだ名に、激しく椿が反応した。その様に、安形の動きが加速する。
「佐介、好き・・・」
「・・・や・・・ずる、いっ・・・ああっ、もっ、あっ!」
 自分の名前が低く響く度に湧き上がる感情に、椿は何度も頭を振った。溢れた涙がその度に散って、ソファーに染みを作る。
「ああ、あっ、も、会ちょぉ、ああ、あ、あっ!!」
 椿が安形の名を口にした瞬間、深く奥を突き上げられ椿の咽から一層大きな声が上がった。びくびくと身体を震わせ、ソファーへと精を吐き出す。同時にきつく収縮した内部に締め上げられ、安形も椿の中で達していた。
「・・・はっ・・・あ・・・・・・」
 緩んだ安形の腕から解放され、仰け反らされていた椿の身体がソファーに沈む。追い掛ける様に、安形の身体がそれに重なった。
「我慢とか出来なかった・・・」
 背後から声が降り、椿の機嫌を取る様に安形の手が優しく頭を撫でる。耳に掛かる荒い息を感じながら、椿は顔を持ち上げて安形を見た。目が合った瞬間に小さく悪ぃと呟いた唇を、椿はただ自分のそれで塞ぐ。
「・・・・・・寝ぼけてた、と言う事にしておきます」
 椿は唇を離すと、何度も喘いだ所為で掠れてしまった声でそう言った。しかし、その言葉を聞くと同時に、あからさまに安堵の息をついた安形に椿は何故だかむっとする。小さな咳きを一つ零して、苛立ちを乗せた言葉を追加した。
「ですが、後で話があります」
「ハイ・・・・・・」
 先程までの甘さなど微塵も感じさせない声音に、大人しく安形は返事をする。殴られこそしなかったものの、この後で軽く数十分、安形は椿の説教を聞く羽目になるのだった。

2011/06/07 UP
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