元気出して!

 窓越しに外の風景を覗き、椿は小さなため息を一つ漏らした。早々に帰宅している生徒達の影の中にすら、目的の人物を見出す事は出来ない。当たり前だと思いながらも、心の何処かでたった一人の――安形の姿を見つけられない事にがっかりしている自分が居て、椿は半ばぐったりと窓に寄りかかった。
――三年はもうとっくに授業は終わっている・・・
 それでも数日前までは何かと理由を付けては校内に残り、椿の行く先々で顔を見せていたのに、現在ではそれもない。
――そもそも、ボクが言い出した事だ。
 原因は明白だった。椿が言い出した一言、それが原因なのだ。

『大事な時期なんですから、そんなにボクに構わないで下さい』

 自分が好きでやっている事だとか、それで落ちるならそれが実力だとか、色々と安形は反論を繰り返した。しかし椿はそれに一切耳を貸さず、ただひたすらに否定を続け、結果・・・

『ああ、そう。じゃあ受験終わるまで顔見せねぇからなっ!』

 売り言葉に買い言葉で安形が切れてそう言い放った。更に椿が別にかまいませんと言ってしまったものだから、その日を境に本当に安形が全く椿の目の前に姿を現さなくなり、それだけでは終わらず電話もメールも一切来ていない状況となっている。
――思えば、電話もメールもあの人からばかりだったんだな。
 甘えられる環境に居た事に今更ながら気付いても、だからと言って自分から事を起こす事も出来ず――椿は現在に至っていた。そしてまた、椿の唇からため息が漏れる。

「たそがれてますわね〜、椿くん。可哀想に」
 窓の外を眺めて嘆息を続ける椿の姿に、丹生が微笑みながら呟く。それを見て、浅雛が呆れに似た表情を浮べて言った。
「そう思うなら、何とかしてやったらどうだ?」
「今回は椿くんが悪いのですから、助けてあげません」
 何故だか現在の状況を全て把握している事も然り、その上至極楽しそうに手を合わせて言い切る丹生に、浅雛は相変わらず恐ろしいなと軽く汗を掻く。
「しかしこのままでは鬱陶しくて・・・キリ?」
 何とか状況を打破したく思い、丹生に進言をしようとした自分の向かいで人が立ち上がる気配を感じ、浅雛の視線が動いた。その先では希里が席を離れて椿の隣へと移動している。
「会長」
「あ・・・何だ? 分からない事でも・・・」
 何か仕事上での質問かと思い、椿が希里に顔を向けた瞬間、椿の頬に柔らかな物が触れた。何が当たっているのか瞬間には理解出来ず、椿の思考が停止する。
――あ、そうだ。これは唇の感覚・・・・・・
「わぁーーーっ!!」
 のろのろと動き出した思考でそこまで辿り付いた所で、椿は絶叫していた。それに驚いて、希里が椿の頬から唇を離す。
「何をしてるんだ!」
「元気になりましたか、会長?」
「な、何を思ってっ・・・げ、元気にって・・・?!」
 訳が分からずに目を白黒させる椿を見て、希里は自分の顎に指を当てて不思議そうな顔をした。
「いえ、以前にあの野郎にこうされた時は元気になっていたので、オレもと思いまして」
「えぇっ?! あの野郎って・・・会長の事か!」
 思い起こせば確かにそう言った場面の心当たりは椿にもある。
――だがそれは人目に付かない場所でのはずっ・・・いつ見られたんだ!!
 椿が希里の発言に心で絶叫していると、向かう希里は困ったますと言わんばかりの表情となった。
「元気にはなりませんか?」
「なる訳無いだろうっ!!」
 思わず怒鳴った椿を見て希里の視線がゆっくりと地に落ち、その表情はそれと分かる程に萎んでいく。
「あ、いや・・・その、元気付けてくれようとした気持ちは嬉しいんだが」
 希里の顔を見て思わず罪悪感を覚えた椿が、慌てて希里の肩に手を置いて言った。
「ほ・・・頬にキスをされて元気になれるのは・・・その・・・・・・限定一名だけ、なんだ
 言っている間に段々と気恥ずかしくなってきて、椿の顔が赤く染まっていく。
――何でボクは会長への告白染みた話を後輩にしているんだ?
 せめて話を元に戻そうと、椿はこほんと一つ咳払いをした。いい加減、丹生達の視線も痛い。
「その・・・キリはあの人ではないんだから、キリはキリの方法で(元気付けて)くれればいいから」
 まだ動揺していた椿は自分が()の部分を省いた事に気付いてなかった。それを聞いた希里ががばっと顔を上げ、分かりましたと椿の肩を両手で掴む。

「で、オレは会長のどこにキスすればいいんでしょうか?」

「キリ! まずそこが間違っている!!」
 その後、椿は自分がどれだけ安形を好きなのかを希里に説明し、希里はそれを真剣に手帳にメモを取り、丹生はそんな二人を楽しげに見つめては時折写メを撮ると言う状況を、残された二人は何とも言えない気分で小一時間ほど味わう事となったのだった。

2011/06/02 UP
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