刻印

 例の日から数日後、榛葉は安形に話があると言われた。雰囲気から人目を憚る話だと感じた榛葉は、そのまま安形と生徒会室へと向かう。差し向かいで昼食を取るものの、安形は中々口を開こうとしなかった。
「人の事呼び出したんだから、そろそろ何か言えよ」
 痺れを切らした榛葉がそう言うと、安形は箸を咥えたままで気まずそうな顔をする。
「あのさ、最近・・・」
 観念したのか話し始めた安形に、うんうんと榛葉は相槌を打った。
「・・・椿がオレと二人切りになってくれないんだ」
「そうなの?」
 こくんと頷いて肯定の意を示す安形に榛葉は思わず笑みを漏らしそうになるのを必死に抑える。天才だとかカリスマだとか言われている友人がこんな恋愛の初歩的な問題で悩んでいる様に、何故か榛葉はうきうきしていた。
「気の所為なんじゃない? 別に何もしてないんだろ?」
 半笑いの榛葉から安形の視線がすっと逃げて下を向く。あれ?、と榛葉の笑みが固まった。
「安形・・・何か、したの?」
「いや、その・・・ちょっとって言うか、大分って言うか・・・」
 もごもごと言い淀む安形の姿に榛葉の手から箸が落ちる。すーと顔色が変わり、そして静かに立ち上がった。
「・・・・・・・・・いい子だから何が有ったか言いなさい」
「はい・・・・・・」

「へーーーー・・・」
 観念した安形があの日に有った事を全て話し終わり榛葉にちらりと視線を向けると、榛葉は立ち上がったまま手をぽきぽきと鳴らし始めた所だった。
「お前はあんな大人しい子に何酷い事してんだよっ!」
「あん時はオレと付き合う方が酷いと思ったんだって! そうした方が椿にもいいって思っ・・・」
 榛葉はそこまで言った安形の顔面を右手で掴み、アンアンクローを食らわせる。通常の120%の力でぎりぎりと締め上げながら低い声で安形に言った。
「で、今は反省してるのかな?」
「痛い痛い痛い痛い! してるって! してます!! オレもそこまで馬鹿じゃねぇって!」
 その言葉に一旦落ち着いた榛葉は安形から手を離すと、改めてソファーに腰を降ろす。そしてため息の混じった笑いを漏らしながら、安形に辛辣な一言を言った。
「そりゃ暫く、二人きりになんてなってくれないよ」
「そ、そうか・・・? でも椿もオレの事好・・・」
 そこまで言った所で不意に安形の言葉が止まる。おや?と榛葉が見ていると、みるみる内にその表情が暗くなっていった。
「安形、まさか・・・」
「・・・・・・おう、今気が付いたけど」
 表情はそのままで唇だけが皮肉な笑みを形作る。
「オレ、椿に好きとは言われてねぇな」
「付き合うって事には、なったんだよね?」
 安形からそう聞いてはいたが段々と不安になり、榛葉は改めて尋ねた。多分、と安形は答える。自信無さげなその顔に榛葉は更に問うた。
「えーと・・・その後はどんな会話したんだ?」
「いやな、やった事が事だったし・・・一言も話してない」
 自分が泣いた気まずさもあって安形は一度も椿の顔を見れずに終わっていた。それでも次の日には普通に椿が話し掛けてきた事もあり、今では以前に近い形で椿と接している。ただ椿が極端に安形と二人切りになろうしない点だけが違っていた。
「オレら本当に付き合ってんの?」
「安形、聞く相手間違ってるよ・・・」
 榛葉の言葉に安形は一度上を向くと改めて頭を抱えた。
* * * * * * * * *
 その日の放課後、安形は生徒会室でやはり頭を悩ませていた。目の前では悩みの種がてきぱきと書類を片付けている。
――どう、切り出したもんかな。
 そう思案しつつ、安形はため息を漏らした。それに反応してか椿の顔が安形の方を向く。そのまま椿は立ち上がると、安形の前へと歩み寄った。
「会長、この書類に目を通して認証印をお願いします」
「ああ・・・・・・」
 渡されたのは書類の束。生返事をしながらもそれを受け取り、安形はぼんやりと椿を見る。その様子を見て不審に思ったのか椿が怪訝そうな表情を浮かべた。
「会長、どうかされたんですか?」
「・・・・・・・・・椿、オレの事、好き?」
 最初にまず榛葉がコーヒーを吹き、続いて浅雛が持っていたボールペンを落とし、最後に丹生がそっと二人に顔を向ける。椿はと言えば最初は言葉の意味が分からず唖然としていたが、それを理解するとみるみる内に表情が硬くなっていった。
「会長・・・」
「なぁ、どう?」
 再度尋ねてくる安形の顔面に椿の拳がめり込む。当然と言えば当然なのだが、安形はそのままイスから吹っ飛ばされて床に倒れ込んだ。
「・・・何だか寝ぼけられているみたいでしたので、目を覚まさせて差し上げました」
 椿はそれだけ言うとくるりと安形に背を向けて自分の席へと戻り、そこに置かれていたバインダーを手に取る。
「ちょっと見回りに行ってきます」
 それだけ言うと普段と変わりない様子で椿はすたすたとドアへと向かった。それを見送っていた榛葉だったが、ふと消え掛けた椿の姿を見て小首を傾げる。一瞬だけ映った椿の顔が、少しばかり赤い気がしたからだ。
「・・・・・・のヤロー!」
 少し間を置いて、会長席の下から声と共に安形の姿が現れる。安形は少し痛む頬を押さえながら、椿は?と尋ねた。
「見回りに行っちゃったよ」
「ちょっとオレも行ってくる」
 榛葉の答に安形もドアへと駆け出す。健闘を祈ってるよと言う榛葉に軽く片手を上げて、けれど目だけは椿を探して飛び出した。しかし既にそこには椿の姿は無い。慌てながらも安形は冷静に見回りのパターンを分析した。
――えーと、前回が校舎裏で前々回が二棟の三階でその前が・・・そんで今日が水曜だから・・・・・・
「この棟の特別教室の辺かっ!」
 残念なIQ160の使い方で導き出した場所へと安形が辿り着くと、そこには安形の予想通り椿の姿がある。椿は安形を見つけるとあからさまにぎょっとして逃げ出そうとしたが、それよりも早く安形の手が椿の腕を掴んでいた。
「逃げるとか、何度もオレが許すかよ」
「・・・・・・別に逃げてなんて」
 ぽつりと呟くと椿は安形から顔を逸らす。その様子に少しばかり安形はむっとした。右手て椿の腕を掴んだまま、左手で肩を掴むと無理矢理自分の方を向かせる。
「大体、最近二人になるとすぐにに、げ・・・」
 勢い良く文句を言おうとした安形の口が開いたままで言葉だけ止まった。安形の目に曝されたその顔は、安形の予想とは反して真っ赤になっている。安形と目が合えばそれはより深く染まり、椿は視線を足元へと落とした。
「ちょ・・・と、お前・・・」
「・・・あの日、改めて」
 動揺する安形の目の前で、ぽつりぽつりと椿は言葉を漏らす。その声も震えていて、安形に今の心情を伝えていた。
「ボクは会長の事が」
――ちょっと、待て・・・
「好きなんだな、と自覚したんです」
 俯いた分普段は見え辛い耳の後ろやうなじまでもが染まっているのが、安形の目にはっきりと映る。絶句したまま安形は椿の言葉を聞いていた。
「それなのに・・・簡単に」
――待て、待て待て待てぇーーーっ!
「二人きりになんて、なれません・・・・・・」
 そこが安形の限界だった。安形の中で何かがぷちんと切れる音がする。無言のまま右手を離すと代わりにその肩を抱え、左手は椿のネクタイを掴んでいた。
「えっ! 会ちょ・・・」
 突然身体を抱えられる様に引っぱられ、椿の腕からバインダーが床へと落ちる。一瞬それに視線を向け掛けた椿を、安形は強引に引き摺っていった。椿が抵抗する間もなく安形はその階にあった男子トイレに連れ込むと、一番奥の個室に椿を放り込む。目を白黒させている椿の身体を壁に押し付け、上手く動かない指で乱暴に鍵を閉めた。がしゃんと響いたその音に椿がはっと我に返る。
「かいっ・・・」
「譲歩したぞっ! 鍵も掛かるし、人もめった来ねぇ。オレは譲歩したからなっ」
 ほぼ走ってここまで来た安形は荒く息をしながら、文句を言おうとした椿の言葉を遮った。椿の両肩を掴むと安形はそのまま詰め寄る。焦りにも似た色がその瞳に垣間見えて、椿は一瞬身を強張らせた。
「その顔であんな台詞な・・・」
 嫌に心臓が波打つのは走った所為だけではないと知っている。椿が困惑している事も。それでも、
「・・・反則なんだよ」
 安形は自分の感情を抑え切れなかった。言葉が終るか終らない内に安形の顔が椿に近付く。それに思わず椿は目を閉じた。同様に重なった唇もきつく。それに苛立った安形の手が椿の後ろ髪に伸びる。不意に髪を引かれて仰け反らされた椿の口が驚きに少し開けば、それを安形の唇が再度覆った。
「んっ・・・・・・」
 入り込んできた安形の舌に椿から声が漏れる。身体を引き離そうと両手でその胸を押し返そうとした瞬間、安形の舌に上顎の裏を突かれ、途端にその手から力が抜けた。それなのに安形舌はは縮こまる椿のそれに容赦無く触れては絡まり、椿を翻弄する。脚の力すら抜け掛け、椿は崩れ落ちそうな身体を支えようと安形のブレザーを握りしめた。
「椿・・・」
「・・・っ、はっ・・・・・・」
 漸く離した唇から言葉にならない吐息が漏れるのを見ながら、安形はその名を呼ぶ。仰け反ったまま目を閉じて息を荒げているその顔はほんのりと赤く、誘っている様だと安形は思った。耳元に唇を寄せるともう一度、今度は一つ言葉を増やして囁く。
「椿、好きだ」
 瞬間がくんと椿の身体が完全に崩れ、安形は慌ててそれを支えた。自分のブレザーを掴んでいる手が、ふるふると震えている。
「つば・・・」
「な、まぇ・・・呼ばな、いで・・・」
 弱々しく呟いて椿は安形から顔を逸らす。差し出される様に曝された上気した首筋に、安形の背筋がぞくりと震えた。誘われるままにそこに唇を落とし軽く吸い上げてやれば、びくりとその身体が震える。密着した身体の自分の太腿辺りに感じる感覚に、安形は確信を持って椿の耳を食んだ。
「・・・名前呼ばれたら、感じる?」
「ちがっ・・・!!」
 安形の言葉に視界に入る肌が更に染まり、微かに見える目尻に涙が滲んでいる。その様を見ながら安形はそっと椿の下肢へと手を伸ばした。
「嘘。勃ってんじゃん、お前」
「だっ・・・駄目っ・・・」
 布越しにそこを擦り上げてやれば、安形の手のひらに固い感覚が返ってくる。その形を明確にする様に掴んでみれば、椿の身体がびくんと跳ねた。窮屈そうに脈打つそれを左手で追い上げてやりながら、椿の脚の間に自分のそれを割り込ませて身体を支える。代わりに右腕を椿の背から引き抜くと暴れて緩んでいたネクタイに指を添えて、それを解いた。ボタンを一つ、二つと外していけば、普段日に曝される事の無い白い肌が今は桃色に染まって現れた。
「んっ・・・や・・・やめっ・・・」
 懇願の言葉を聞きながらもボタンの数にもどかしさを覚える。何とか焦りを抑えながら漸く全てを外し終ると、安形はシャツの下にあった汗ばむ肌に手を這わせた。肋骨をなぞる様に動かせば過敏に反応を返してくる身体。それに呼応して固さを増す下肢。震えながら自分のブレザー越しに立てられる爪。喘ぎと共に漏らされる吐息。全てが、
「可愛い・・・好きだよ、椿」
「ひぁっ・・・あ、あぁ・・・」
 耳の奥に響いた声に椿の爪がより深く食い込んだ。きつく閉じられた瞳から更に涙が毀れ落ちる。それを舌で嘗め取って目尻に小さなキスを落とすと、それにすら反応して椿の身体が震えた。
――このままじゃ、制服汚すよな・・・
 半端に冷静な部分でそう考え、一度左手を離す。それに気付いた椿が瞳だけ動かして安形を見た。それがその先の快楽をと懇願している様に見えて、一気に劣情を煽られた。乱暴に椿のベルトを外し、直にそこに触れる。
「・・・っあ!」
「でさーアイツ・・・」
「!!」
 不意に聞こえてきた第三者の声に安形の身体が凍った。
――何で滅多に人が来ない場所にこんな時に限ってーーーっ!
 心の中で大混乱を起こしながらも出来るのはと言えば事を中断し、ここに居る事を悟られない様にする事だけ。椿も事態に気づいたらしく、必死に声を抑えているのが分かった。それでも欲情はまた別の部分に在るのか、椿の腰が小さく揺れる。
「・・・っ・・・ぅ・・・・・・」
 その所為で下肢が安形の手に当たり、椿の唇から吐息が漏れた。熱く湿った息が安形の首筋に触れ、自分の腕の中の身体が小刻みに震える。それだけで飛びそうになる理性をそれでも何とか安形は必死に保ち、外に漏れない程度の声で椿に囁いた。
「椿、もう少しだけ我慢して・・・」
 その声が耳に触れた瞬間、椿の身体が大きく震え安形に寄り掛かる。
「・・・・・・っ!」
 同時に焼ける様な熱が安形の肩口に走った。それが痛みだと気付き、そして安形は自分の肩に椿が噛み付いている事を知る。そこで漸く自分がした事で逆に椿を煽った事を自覚した。可哀想な事をしたと思いながらも、今はただ外の気配に注意深く気を配り探るだけしか術が無い。奇しくも焦らされる形になった椿の目からだけでなく、安形の左手が添えられたままのものからも先走りの涙が零れ、安形の指先を伝っていた。
「・・・だよな」
「ああ、そうだな・・・」
 会話と足音が遠退いていく事に胸を撫で下ろし、安形は椿に視線を向ける。ただ声を上げまいと必死になっている椿は、まだそれに気付いていない様だった。
「椿・・・っ痛!」
 改めて名前を呼べば肩口の痛みが増す。顎を掴んでそれを肩口からやんわりと外すと、離れる唇から唾液が糸を引いた。
「あ・・・・・・」
 ぼんやりと焦点の合わない目で、それでも視線を自分が噛み締めていた部分に向け、椿の喉から声が漏れる。ん、と安形が軽くそれに応えると、椿は掠れた声で告げた。
「傷に・・・」
「ああ、いいよ。これは印にするから」
 事も無げに応え、安形は軽く椿にキスをする。訳が分からずされるがままになっている椿に、更に続けて言った。
「オレがお前の物だって、印」
 だから、と安形は呟く。消えたら、また付けろよ、と。
「んっ、あっ・・・!」
 止まっていた左手が再び動き出し、椿の唇から先程よりも大きな喘ぎが上がる。右手で素肌を撫でてやれば一層妖艶な声が響いた。
「オレなんて、幾らでもくれてやるよ。だから・・・」
 左手を動かす度に響く音に煽られて、右手で椿の胸元を弄った。感覚だけで胸の突起を探り当て、軽く摩る。
「ひぁっ・・・あ、やっ」
「・・・お前の全部、オレに見せて」
 言葉と共に軽く立ち上がった胸の飾りを摘まみ上げると声を上げて椿は身体を仰け反らせた。差し出された鎖骨に舌を這わせれば、椿は何度も身を震わせる。自分の動きに反応する身体を全て知りたくて、安形は手と舌を動かした。左手の中の物は既に張り詰めていて、限界が近い。
「椿・・・愛してる」
 囁くのと同時に左手の爪を椿の先端に突き立てた。
「あっ、ああっ!」
 一際大きく椿の身体が仰け反って、安形の手のひらに熱い体液が放たれる。それを最後まで受け止めきると、安形は力の抜けた椿の身体を支えながら言った。
「椿、オレも限界・・・」
 自分のズボンの中もいい加減きつくなってきているのだが、この状態ではベルトを外す事すらままならない。何とか椿に自力で身体を支えて貰わないと困ると思い、それを促そうとして・・・・・・安形は気づいた。
「え? ちょっと、椿?」
 呼び掛けるが応えは無い。腕の中で椿はぐったりと目を閉じたままだった。
「も、もしかして、気絶とかしてる?」
 腕に掛かる重みは完全に意識を失った人間のそれで、言葉にするまでもなかった程ではあったが。
「・・・・・・オ、オレは? あの、オレはーっ!」
 悲痛な叫びがそこに響いたが、それでも椿が目を覚ます気配は無かった。

2011/05/16 UP
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