NIGHTMARE 6

 連休明けの放課後、普段より何倍もかったるい授業から解放された生徒達はいつも以上に活気付いて席を離れていく。そのざわめきを耳にしながら安形は誰にも悟られる事無くため息を漏らした。
――行くしかないよなぁ・・・
 そう思いながらも鞄を持つ手が自然に重くなる。それを蹴散らす様に安形は無駄に勢い良く席を立った。イスが大きな音を立てて周りのクラスメートが驚いた声を上げていたが、構う事も無くその勢いのまま教室を後にする。それでも最初こそ早かった足取りは次第にゆっくりとなってしまい、生徒会室まで後数メートルの所で止まってしまった。
 何とはなしに天井に視線を向け、下に降ろす。眉根を寄せて歯を食い縛った後、安形は再度足を踏み出した。力を入れ過ぎない様に細心の注意を払いながらドアに手を掛けて引く。当たり前だがそこにはいつものメンバーが揃っていた。
「よ、久し振りだな」
 いつも通りの声音の満点の『普段』が出来た事に安形は心の奥で安堵の息を漏らす。これなら何とか出来そうだと安心しながら、安形は一番奥の席へと座った。それでも無意識に一点に視線を向けられない自分が居て酷く居心地が悪い。かと言って言い訳をしてここを立ち去れない自分も居た。
 暫くの間は何気無い言葉を続けていた安形の目の前で、丹生と浅雛が少し目配せをして席を立つ。
「今日は用がありますので、失礼致しますわ」
「私も」
 この場の人数が減る事に動揺し、安形の表情が少し強張った。それでも二人だけではないと思おうとした矢先に、追い打ちを掛ける様に榛葉も立ち上がる。
「オレも帰るから」
「・・・・・・っ」
「オレはそれほど優しい人間ではありません」
 一瞬、待てと言い掛けた安形に、榛葉はそれだけ言い放つとさっさと女子二人の後に続いた。無情にもドアの閉まる音が響き、安形は呆然とする。だが次の瞬間、残っている人物の事を思い出して慌てて体裁を取り繕った。
「・・・・・・連休明けってのに、みんな連れねぇな」
 笑いを含んだ声を上げて鞄に手を伸ばすと、それを脇に抱えて立ち上がる。
「折角だし、今日は仕事も忘れて帰るか」
 自分ばかりが声を発している事に冷や汗が流れた。この場にこの態度が正解なのか答を出してくれる人間は誰も居ない。
――流石にこのタイミングで二人とか、キツい・・・
 不自然に成らない様にだけ気を配りながら安形はドアへと向かった。後方で椿がイスから立ち上がる音がする。
「待って下さい」
 引き留められた言葉に安形の心臓が鳴った。ドアを開けようと掛けられていた手が汗で濡れ、かちりと小さな音を立てて滑る。情けない程震える自分の指に安形はきつく目を閉じた。
「お話ししたい事があるんです」
 足音で椿が自分の近くに来た事だけが分かる。振り返る事もドアを開けて逃げ出す事も出来ずに安形はそこに立ち尽くしていた。
「この間、会長の話を聞いてしまってから、ボクも色々考えて・・・」
――・・・・・・もう、いっそ、
「・・・あの言葉の意味を真剣に考えたんです。それで出た答が、」
――はっきりと言われた方が楽かも・・・
 それでも震えが止まらない事に嫌気が差した。脚が震えて崩れ落ちたらどうしようか、そんな事をぼんやりと考える。
「ボクにとって、会長が隣に居ない事が考えられないんです」
 安形の腕から力が抜けて支えを失った鞄が床へと滑り落ちた。その音すら耳に入らず、安形は泣き笑いの様な表情で椿を振り返る。思っていたより近くにあった椿の顔。それは少しだけ不安を覗かせながらも、刺すほど真剣に安形を見詰めている。
「お前・・・何言ってんだ・・・」
「貴方の隣に居たいんです。それは、きっと・・・」
「やめろっ!」
 言い掛けた椿の言葉を遮って安形は叫んでいた。驚いて身体をびくりと震わせた椿を見て、ほらなと呟やく。
「お前は解ってないだけだよ・・・そんな、簡単な事じゃ・・・」
「・・・・・・会長の仰る事も解っているつもりです。その覚悟も、してきました」
 椿の言葉に一瞬にして安形の頭に血が昇った。苛立ちに似たその感情のまま椿の肩を掴むと、その身体の強張りが手のひらから伝わる。それでも勢いのままに安形は椿に乱暴に口づけた。目を開いたまま唇を押し当てれば、目の前の琥珀の瞳が瞬間驚愕の色を帯びる。それも刹那の事で、その瞳はすぐに瞼が降りて現状を享受した。
 それならと安形も瞳を閉じて少しだけ唇を離す。息を吐く為に少し開いた椿の唇の間から舌を差し込んだ。驚いて逃げる椿の舌を無理矢理に捕まえて自分の舌でその側面をなぞる。震えて固くなるそれに対して、それでも身体は微動だにしなかった。その様子に安形は諦めて椿の唇を解放する。目を開けば、まだ近くにあった椿の瞼もゆっくりと持ち上がった。
「・・・覚悟をしてきた、と言ったでしょう?」
 始まった時と同様に唐突に終わった口づけに、椿は少し頬を染めながらそう言った。安形の意図を察してなお、そう言い放つ椿に安形は下唇を噛む。
「そうか・・・・・・」
 ぼそりと言ったその声は酷く暗かった。それにたじろぎ掛けた椿の身体が、安形の手によって来客用のソファーに投げ飛ばされる。背中からソファーに叩き付けられ小さな声を上げた椿の上に安形は馬乗りになった。その手が椿のネクタイに触れて解き始めると、そこに押し倒された意味を知って椿の身体が硬直する。
「・・・止めとけ。覚悟なんて言っても、その程度なんだよ」
 微かな拒絶を感じ取った安形が安堵してそう言った瞬間、椿の左手が安形の頬を張っていた。バンッと音が響いて安形の瞳が見開かれる。意図せず変えられた視線を戻せば怒りに涙ぐむ椿の顔が映った。
「勝手に・・・人の覚悟を軽く見ないで下さい。ボクだって知ってるんです。踏み出してしまえば止まれない事位」
――きっと、何かを選ぶ事は何かを捨てる事に他ならない。
「今までの物は切り捨てました。戻ろうとは思ってません。貴方の隣に居る事を、ボクが選んだんです」
 叩かれた頬に触れると安形は歯を食い縛った。ならと呟いて椿を見据える。
「逃げるなよ」
――逃げてくれ。
 心とは逆の言葉を口にして、安形は椿の首筋に唇を落とした。びくりと震える身体に気づかない振りをして、右手でシャツのボタンを外していく。露わになった肌に手を這わせれば、それが汗ばんでいる事に気が付いた。脇腹から手を動かしながら上へと這わせ、胸の一点で指を止める。
「・・・・・・っ」
 そこにある小さな突起を指の腹で押し潰すと、椿の唇から小さな声が漏れた。そのまま安形が首筋を吸い上げると更に声が上がる。それでも椿はソファーに爪を立てるだけで、そこから動こうとはしなかった。
――まだかよ・・・
 これでも足りないならと安形は左手を椿のベルトへ伸ばす。外す金具の音をわざと響かせ椿を煽るが、その身体は少しも逃げようとはしなかった。
「このっ・・・」
 焦りと苛立ちとで乱暴にズボンを下着ごと剥ぎ取ると椿の脚に紅い線が幾つか走る。その脚を掴んで大きく開き、安形は視線を椿の顔に向けたままでその紅に舌を這わせた。耐える様に瞳を閉じて羞恥を受け入れている椿の顔に安形の胸に罪悪感から痛みが走った。
――いいからっ・・・逃げて、さっさと終わらせてくれ・・・・・・
 耐え切れずに瞳を閉じて安形はゆっくりと舌を内側へと動かした。中心へと動くそれに触れている肌が震え熱を帯びていく。時間を掛けてみてもやはり椿は動かず、苛立った安形は舌を脚から離した。代わりにその中心に手を添える。
「!!」
 そこに舌を這わせるとびくりと椿の身体が跳ねた。自分以外が触れた事の無い場所に感じた事の無い感覚を受けて、一瞬椿の手が安形の頭に伸び掛ける。だが、それは触れる事なく終わり、代わりに椿は自分の顔を両腕で覆った。
「ふっ・・・ぅ・・・・・・」
 自分の耳に響いた声に椿はシャツの袖口を噛み締める。安形の舌の刺激にそこが反応するのを感じ、椿の瞳に涙が滲んだ。震える椿の身体を感じ取りながらも、安形は手と舌で椿を追い込んでいく。
「ん、ぅん・・・っ・・・」
 響く声が熱を帯び、安形を追い詰めた。まだなのかと思いながら安形は十分に大きくなった椿自身を口に含む。
「・・・あっ、ああっ!」
 先端に軽く歯を立てて吸い上げてやると、あっさりと椿は安形の口に精を吐き出した。音を立ててそれを飲み下せば椿の身体が小さく震えるのが伝わってくる。仕上げに軽く先端を嘗め取って、視線を椿に向けた。
「どうする? まだ先もあるんだぜ」
 そう呟いてみれば、椿は羞恥に顔を赤くし息を荒げながらも安形に視線を返す。その視線は少しも逃げる事を感じさせない強さが在った。
「これで・・・ボクの覚悟が伝わるなら、全然、平気です」
 椿は喘ぎながらもはっきりとそう告げる。殉教者の様なその姿に、安形の中で何かが崩れた。
「何で逃げねぇんだよ」
 敗北感にも似た絶望が胸を苛んでいく。
「もう、勘弁してくれ・・・」
 両手で顔を覆い、その想い全てを吐き出した。
「・・・もうオレの事、これ以上追い詰めないでくれよ」
「ボクは逃げたりしません」
 はっきりとそう告げて、椿は身を起こすと安形の腕に触れる。手首に指を絡めその手を剥がすと、そこに涙に濡れた安形の無防備な顔があった。
「貴方は、何から逃げてるんですか?」
 ただ知りたくて声にして、椿は指先で安形の涙に触れる。それが心地良くて安形はそのまま瞳を閉じた。
「・・・・・・オレはお前の事、きっと傷つける」
 指先の熱に負けを認め、安形は心の内を椿に告げる。
「オレはお前が思ってる様な人間じゃない。受け入れられた後に幻滅なんてされたら・・・オレ、お前の事滅茶苦茶にする、きっと・・・」
――立ち直れないほど傷つける方法は嫌になる位、考えられるんだよ・・・
「それが、怖い・・・そん位、お前の事が好きなんだよ・・・・・・」
 誰かを傷つける事は安形には恐怖だった。そしてそれの最たる存在が、今目の前に居る人間――椿に他ならない。傷付ければ傷付くのが解っていて、そうしないでいられる自信もなかった。
「・・・・・・あの、先に謝っておきます。申し訳ありませんが・・・あまり馬鹿な事を仰るので」
 静かに安形の言葉を聞いていた椿がはっきりとした口調でそう言う。その言葉の意味を計りかねた安形の頬から手が離れ、代わりに拳が飛んだ。
「たっ・・・」
 殴られたと気付いたのは頬に痛みを感じた後だった。訳が分からず安形が椿を見れば、その顔はぐっと唇を噛んで怒りの表情を浮かべている。
「貴方に傷付けられたらボクは傷付けられたと言います」
 まだ赤く頬を染めたままで、椿は怒りを収めようと小さく息を吐いた。
「その時は・・・謝って下さい」
「謝ってって・・・」
「それで、許しますから」
 驚く安形の顔に自分のそれを近づけて、椿はきっぱりと言い切った。
「貴方の事を、それで全部許しますから。貴方はボクを傷付けていいんです」
 目が覚める様な衝撃に安形の目が見開かれる。それは思いも寄らない快い裏切りだった。愕然としている安形の身体に椿の腕が廻される。その胸に顔を埋め椿は言葉を続けた。
「覚悟は出来ていると言ったでしょう? 貴方に傷付く覚悟も含めてなんです」
――ああ、
 触れる椿の身体から体温が染み込んでくる。
――こう言う奴だから、オレは好きになったんだ・・・
 椿の持つ視点は安形の持っている物とは真逆の物で。純粋な強さを持って安形の思考の枠を取り壊す。自分が予測していた未来を心地良く裏切って。だからこそ、強く惹かれた。
「知らねぇぞ」
 呟く声音は優しくて、そして掠れ気味でもあった。完全に白旗を上げて安形自身も椿の覚悟を受け入れる。
「オレは結構、酷い男だから」
「よく解ってます」
 宣告をした安形に椿は半ば自分に呆れながらもそう返した。安形はそんな椿の頭を撫でると軽く髪を引いて上を向かせる。改めて安形に見詰められて赤くなる椿の目頭に安形の唇が軽く触れた。
「好きになったのが、お前で良かった・・・」
 自然と目を閉じた椿の唇に、安形の唇が重なる。そして漸く初めて、二人は本当のキスを交わした。

おまけ⇒

2011/04/25 UP
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