物は大切に

 その日のそれは、いつもの光景だった。
「会長、そろそろ定例会議の時間なので起きてください」
 来客用のソファーで眠りこけている安形を起こすべく、椿がその肩を揺らす。
「んー・・・あと五分ー・・・」
 寝ぼけたままお決まりの台詞を吐く安形に、椿は一つ嘆息してその手を更に激しく動かした。ついでに声も荒げて耳元で怒鳴ってみるが全く効果は無い。
「あと、じゅっぷんー・・・」
「延びてますよっ!」
 段々とイライラしてきたらしく、椿は安形のネクタイに手を掛けると、
「お・き・て・く・だ・さ・い・!」
 力一杯、締めた。まだ夢の中に居た安形の顔色が一気に赤くなり、次第に紫になっていく。
「っっっっっうぁっ!!」
 流石に死の危険を感じたのかばっちりと安形の目が開いた。それを確認して漸く椿はその手を離す。
「目が覚めましたか?」
「逆に永遠に眠る所だったわっ!」
 首を擦りながらネクタイを緩める安形を見て、椿は一言「そうですか」とだけ淡々と言って自分の席へと着く。そして追い打ちの様にまだソファーに座っている安形へ、早く席に着いて下さいとばかりに視線を送った。
「へーへー」
 生返事をしながら、安形は促されるままに生徒会長のイスへと向かう。
――二人の時はもっと可愛いのに。
 言えば報復が待っているのでこれは言葉にはしない。ついでに「そこのギャップがいいんだけど」と心で呟いてみた。それで大分気分が良くなった安形は自分のイスへといつも通りに腰を下ろした。
「って、ぅああああっ!」
 いつも通りにイスへと全体重を掛けたはずの安形の身体が、止まるべき所で止まらずに重力に負けて地面へと引き寄せられる。そのまま安形は背中から床へと激しく叩き付けられた。
「会長っ!」「えっ、安形!」「きゃっ」「!」
 最初、何が起こったのか全員分からなかった。当の安形すら暫くは呆然としたままで。自分の周辺に散らばったイスの成れの果てを目にした事で、やっと状況を把握する。
「・・・・・・悪ぃ、イスがぶっ壊れた」
 そう言いながら強かに腰を打ち付けた安形はそこを擦りながら起き上った。改めて見ればイスは脚の部分と本体との連結部分が外れ、落ちた衝撃でパーツ毎に分かれている。
「コレ、直んのかなぁ」
「無理だろ。ネジ穴バカになってるよ」
 傍に来ていた榛葉が解体されたイスのパーツを見ながら言った。買い直しだねと続ける秦葉に、安形が気に入っていたのにと溜息をつく。
「しゃーねぇな。ミチル、消耗品の申請書って何処だっけ?」
 何気ない一言だったはずが一瞬にして場の温度が低下した。あれ?と呟きながら安形は冷気の発生源に視線を向ける。
「・・・すみません、今、耳を疑う様な言葉が聞こえた気がしたんですが」
「イスが壊れたから、申請書を・・・」
「何のでしょうか?」
「消耗品・・・・・・」
「イスは消耗品ではありませんからっ!!」
 それまで自分の聞き間違いかも知れないと必死に我慢していた椿の怒りゲージが一気に振り切れた。
「え? そうなのか? オレんちは一年に一回はイス買い換えるけど」
「イスは家具ですよっ! 普通はそんなスパンで買い換えません!!」
 イス一脚とは言え、それなりの金額はする。まして生徒会長のイスは特別なので普通のイスより値段が張る。生真面目な椿には安形が安易に学園の金銭を使っている様に感じられたのだろう。しかしその辺りは育った環境の違い。逆に安形は細かい事をぐちぐちと言われていると感じていた。
「言わせて頂ければ、大体会長はイスに座るのも乱暴なんですよ! もう少しゆっくり座ればいいものの、何で飛び込むみたいに座るんですか?! 学園の備品なんですから考えて下さい!!」
「じゃあ、こっちも言わせて貰うけどな・・・」
 かちんと言う音が聞こえてきそうな顔で、安形は口を開いた。
「オレの所為だけじゃねぇだろっ! お前こそ、このイスの上で何回暴れたと思ってんだ!!」
 頭に血が昇った安形から飛んでも無い事発言が飛び出し、真横にいた榛葉がぎょっとする。しかし榛葉が止める間も無く次々と安形の口からは言葉が続いた。
「最初は最初で嫌がってがんがんに抵抗するし、ノッってきたら腰振って散々暴れてんの誰だよ!」
「な、何言ってるんですかっ! 腰なんて振ってません!!」
「そりゃお前ぇが知らねぇだけだっての! 最後なんか足絡めて、すっげぇカッコに・・・・・・」
「安形ーーーーーーっ!!!!!」
 流石にこの先はヤバいと、榛葉が大声を上げてそれを制止した。
「今日は女性陣も居るのっ! ここ居るの、オレだけじゃないんだよっ?!」
 半ば泣きそうな顔で榛葉が言った。流石に真横から飛んできた怒声に、安形も冷静さを取り戻す。改めて見れば丹生は真っ赤になって俯いているし、浅雛は聞くまいと両耳を塞いで安形達に背を向けている。
「あ・・・オレ、今結構ヤバい事、口走った?」
「かなり、ヤバい事、だな」
 言いながら、榛葉は安形と距離を取る様に数歩後ろに下がった。大体の今後の展開が読めた為だ。
「やっぱ、椿・・・怒ってる、よな?」
「・・・・・・・・・・・・よく、ご存知で」
 背中に仁王でも背負っているかの形相で、椿は安形を見ていた。おもむろに立ち上がると、右手で自分の今座っていたイスを掴んで振り上げる。
「少しは物を考えて発言して下さいっ!!」
「て、それはかなりの物量だぞーっ!」
 見事に放られたイスは一直線に安形にぶつかり、バウンドして窓へと向かう。窓ガラスの割れる派手な音が響き、続いて地面にイスが落下する鈍い音が聞こえてきた。怒りと羞恥とで真っ赤な顔をした椿は、視線を下に向けたままくるりと身体を女子二人に向ける。
「不慮の事故により会長不在の為、今日の定例会議は中止します・・・」
 何とかそれだけ呟く様に言うと、鞄を引っ掴んで冷静を装いつつも生徒会室を後にした。もっとも装っただけなので色々な所にぶつかりながらなのだが。
「・・・・・・イスは、備品の申請書だから」
 生徒会庶務がぽつりと言ったが、当然安形には聞こえていなかった。

本日の備品申請書
「イス(生徒会長用) 一脚 イス(通常キャスター付) 一脚 窓ガラス(窓枠含) 2枚」
申請理由
「破損の為」


2011/03/13 UP
第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
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