狼少年 -SIDE A-

 羊飼いの少年がある日「狼が出た」と嘘をつく。
 それに騙されて駆けつけてきた村人の様子が可笑しくて、少年は何度も「狼が出た」と嘘をついた。
 村人が誰も少年を信じなくなるまで。
* * * * * * * * *

 薄汚れた空倉庫から影が出てくる。先頭を切っているのは腕を負傷した椿とその両脇に並ぶ丹生と浅雛。
「血は止まりましたか?」
 絆創膏使います?とポケットからそれを取り出す丹生に椿は軽く首を振った。
「大丈夫だ。思った程深くなかった」
「それでも、利き腕だから何かと不便だろう」
 無表情ではあるが見る者が見れば解る心配顔で浅雛が言う。蜘蛛の会の主犯、草部に怪我を負わされた椿を心配し、兎に角保健室へ行こうと言う事になり三人は校舎へと向かって行った。
 それを見送る様に安形と榛葉が空倉庫から顔を出す。まだ色々とあるから、と二人はその場に残っていた。
「・・・・・・別に何の用がある訳でもないだろ」
 まだ三人の後ろ姿を見詰めている安形に榛葉は呆れた様にも取れる呟きを漏らした。草部に関しては後は証拠の提出を校長にすればいいだけだ。少なくともここに残る意味は無い。当の草部自身、呆然の態で既に帰宅した後だった。
「別に・・・連れ立ってぞろぞろ行くもんでもねぇだろ」
 その台詞が言い訳染みて聞こえ、榛葉は悲しげに眉を顰めた。
「怒れば良かったのに」
――椿ちゃんが刺された時。
 そう思いながら目を閉じれば、あの瞬間の安形の顔が闇の中に映し出される。多分、位置的に見ていたのは榛葉だけだったかも知れない。本当に怒りを覚えている時の顔だった、と榛葉は感じていた。
 なのに、次の瞬間には幕が下りた様にそれが消え、代わりに暢気な生徒会長の顔になる。声を掛けつつも今の様に距離を置いて、余り近寄らない様は必死に『いつもの』安形であろうとしているのが手に取る様に解り痛々しくすら感じられた。
「何の事やら」
 惚けてひらひらと右手を上げて振る。けれど榛葉に顔を向ける事はしない。見抜かれそうな嘘をつく時、安形はいつだってそうしている事を榛葉は知っていた。
「大事だと思うなら、大事にすればいいだろう?」
「だから、何の事だよ」
「好きなんだろ、椿ちゃんの事」
 榛葉に背中を向けたままの安形の手の動きが止まった。しかし直ぐにそれは左右に振られ否定の意を示す。
「まさか、男だろ、椿は」
「じゃあ、こっち向けば? 見極めてあげるから」
 ほんの少し安形の肩が揺れた。きっと安形は自分にも嘘をつこうとしているんだと、榛葉は知っていた。だから、それを見抜ける自分を決して見ようとはしない事も。
「戯言だな」
 振り向かず安形は歩き出した。最早、悲痛な面持ちになった榛葉はその後姿に言葉を投げ付けた。
「何処までそうやって嘘つき続けるんだっ」
「・・・・・・嘘なんて、ついてねぇよ」
 手を振る事を止め、代わりにズボンのポケットに手を差し込んで遠ざかっていく後ろ姿は、何かを諦めた様に見えて酷く切なくなった。
――なぁ、安形。
 自分で決めてしまえばきっと他人の言葉では動かない意固地な友人に、心の中で声を掛ける。
――狼少年は最初独り切りで寂しかったから、嘘をついたって知ってるか?
 挙句、誰にも信じられず独り切りで狼に食われた。そんな寓話の結末を。
――お前は独り切り何に食われる気だよ・・・・・・
 思った所できっと届かないのだろうけれど。それでも榛葉は独り歩き続ける安形の背中を見詰めていた。

2011/03/03 UP
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