安椿+榛

「はい、しゅーりょー。で、一番負けって結局どっち?」
 最後の一枚のカードを椿が置いたのを見て、安形は声を上げた。その声に、椿は気不味そうに榛葉を見る。榛葉はカードを二枚手にしたまま、頭を抱えていた。
「オレだよ・・・」
 頭を抱えたままで、榛葉は軽く空いていた手を上げる。女子連が用があると抜けてしまった後、ちょっとした雑談からゲームをしようと言う話になった。会話が盛り上がるうちに、折角なら罰ゲームを、となり、気が付けば一番勝った人間の言う事を一番負けた人間が何でも一つ言う事を聞くと言う所まで来ていた。
「得意なゲームなのに、何で負けてんの?」
「お前が椿ちゃんに変な罰ゲームさせようってのが丸分かりで、何とかしようとしてたからだよっ!」
 カードを放り出し、榛葉は涙目で安形に怒鳴り散らす。ゲームが始まるや否や、安形は一方的に椿にだけ攻撃を仕掛けたり、つまらない言葉で椿を動揺させたり、とあからさまな行動に出た。セクハラ染みた下ネタに榛葉が切れて安形に一発入れた辺りで、ガタガタになっていた椿の点数がかなり低い事に気付き、慌ててフォローをし始めた所、榛葉の負けが込み・・・現在に至る。当然、一番勝ちは当然安形だ。
「ミチルにあんな事やこんな事した所で、楽しくとも何ともないしなぁ・・・」
「ははははっ、ザマーミロ! 試合に負けて勝負に勝っただけだよ!!」
 半ば自棄になりながら、榛葉は安形にそう言い放つ。正直、顔は泣き笑いだった。
「すみません、榛葉さん・・・助けて貰ったばっかりに」
「いいよ、いいよ。安形の阻止が出来ただけで十分だから」
 申し訳なさそうに自分を見る椿に、榛葉は笑いながら応える。事実、幾ら得意なゲームとは言え、安形に勝てるとは思えない。つまりは現在の策が一番だったと榛葉は思っていた。
「んー・・・罰ゲーム無しってのも、つまんねぇし・・・・・あ、そうだ」
 既に罰ゲーム自体に興味を失った様子で、ぼんやりと窓の外を見ながら呟いていた安形が、そこに何かを見付けて声を上げる。外を指差し、榛葉に向かって安形はにやっと笑いながら罰ゲームの内容を告げた。
「今、そこで古くなった部室の補強してる工事の人達が居るだろ」
 指の先を榛葉と椿が追う。確かにそこでは工事が行われている。数人の作業員が行き交う中、安形は適当に一人を改めて指で示した。
「あの長袖来てるおっちゃんに、『何で夏なのに長袖なんですか?』って聞いてこいよ」
「待て待て待て待てーーーっ!」
 安形の言葉に、流石に榛葉は顔色を変える。
「おまっ・・・夏なのに長袖って絶対事情があるよね? それ、ホイホイと聞いていい訳ないよね?!」
「大丈夫だって! こないだ話したけど、結構気さくな人らだったし。最悪、罰ゲームって言えば許して貰えるだろ」
「いや、ちょっと待て! ホント、待てよ! 思いっ切り事情があるの分かってて行かそうとしてない?!」
 榛葉の鋭い突っ込みに、安形は小さく笑った。なら、と榛葉の台詞を待っていたかのように口を開く。
「二番目の敗者に別のお願いをき・・・」
「行けばいいんだよねっ!」
 安形が言い終わらないうちに、榛葉が言葉を被せた。ほぼ人質となっている椿は、ひたすらおろおろと二人を交互に見る。そんな椿に榛葉は、大丈夫だから、と多少引き攣りながらも言い、安形の指示通りに外へと向かって行った。
「本当に、大丈夫でしょうか・・・?」
 心配げな椿に、安形は大丈夫とひらひらと手を振る。
「実は前に話した時、罰ゲームで誰かにそう言わすかもって言ってあんだ。そん時、げらげら笑ってたから、問題無ぇだろ。今、メールも送ったし」
 いつの間に打ったのか、安形は送信中のメール画面を椿に示した。それで安心したのか、椿は安堵の笑顔を見せる。
「そう言う事だったんですね・・・て、それって今日の事、随分と前から予想していたみたいですが?」
 ふとした疑問を覚え、椿は小首を傾げた。そんな椿の様子に、にやっと安形が笑みを見せながら指先を椿に伸ばす。
「予想してたってほどでもねぇけど、こんな事もあっかもなーって。ほら、」
 目の前に現れた指に、椿の身体が反射的に軽く後ろへと傾いた。それを追って、安形の指が前髪に触れる。緩く髪を指先に絡め、今度は安形の顔が近付いた。間近に迫る顔の、唇が小さく動く。
「二人きりだ」
「かい・・・・・」
 安形に呼び掛けようと動いた唇に、更に安形の顔が近付いた。軽く傾いて目を閉じるそれに、椿の体温が上がる。拳を突きだして拒絶を示すか、瞳を閉じて受け入れるか、決断を下す時間は、一瞬。椿は一度拳を固めたものの、キツく瞳を閉じて自身も僅かに顔を傾けた。椿の唇に、ため息のような僅かな吐息が触れる。
 安形は薄く目を開けて、勝利の笑みを漏らした自分に気付かない椿の姿を眺めた。淡く色付いた頬が、緊張に震えている。堪能して再び目を閉じると、この為なら多少痛い目に遇っても構わないと感じながら、唇を触れ合わせた。

 その後、予定調和で戻ってきた榛葉に安形が良い感じに殴られのは、言うまでもない。

「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -