榛+椿 安椿前提WD

 三月に入って最初の土曜日。受験も卒業式も終えて、そこそこに暇を持て余していた榛葉の携帯に突然の着信が入った。
「お、お久し振りです。椿です」
「わぁ、久し振りだね」
 久々に聞く後輩の声に、榛葉の声も弾む。そのまま他愛も無い話を続けながら、ふと榛葉はある事に気が付いて、会話を変えた。
「・・・椿ちゃん、もしかして何か相談とかある?」
 用も無しに何となく電話を、と考えられなくも無かったが、椿の声の様子からどうも何かある気がする。それは榛葉の気の所為ではなく、椿は少しの沈黙の後、口を開いた。
「あの・・・その、料理と言うか、お菓子作りを、教えて頂きたくて・・・・・・」
 口籠るように言われた台詞に、榛葉は、ああ、と笑みを零す。
「そっか、もうすぐホワイトデーだっけ。いいよ、いつでも。何なら今日これからでもね」
「・・・・・・時間が余り無いので、今日、お願いします」
「じゃあ、待ってるよ」
 そう言って電話を切った後、榛葉は一人小首を傾げた。時間が無いと言われれば確かにそうなのだが、なら何故ギリギリの今頃申し出てきたのか。安形とは違って突然の申し出を気にするにも関わらず、だ。
――こう言う時って大抵、椿ちゃん止むに止まれぬ事情があったりするけど・・・?
 今回に関しては、その事由が思い当たらない。榛葉が何度も首を傾げながら考えている中、早くも玄関でチャイムが鳴った。
「いらっしゃい」
「お邪魔します・・・」
 榛葉が椿を招き入れると、心成しか悄気ているように見える。手にしている袋から覗いているのは、ホワイトチョコレートとトッピングの袋。
「チョコのお返しに、チョコか。椿ちゃんらしいね。安形からはどんなチョコ貰っ・・・・・」
 そこまで言って、榛葉は言葉を止めた。二月初めの安形との遣り取りを思い出して。
「そ、その・・・てて、て手作り、のチョコを・・・・・・」
――あの馬鹿、本当にやりやがったぁーーーっ!
 何を思い出しているのか、真っ赤になって吃りながら答える椿の語尾は段々と小さく消えていった。それだけで十分、椿にどんな災難が降り掛かったのか見て取れる。
「・・・取り敢えず、どんなチョコ作る?」
「あの、型は買っているので、それで・・・」
 正直ホワイトデーにお返しをすべきは安形だと思いつつも、これ以上突き詰めると可哀想なのは椿に思え、榛葉はさっさと話を進めた。型も材料も椿が持参しているのなら、そんなに時間も掛からずに終わるだろう。その時の榛葉は、そう簡単に考えていた。

――――二時間後。

――まさか、
 榛葉はキッチンで椿を見ながら、心の中で一人呟く。
――椿ちゃんがここまで料理出来ないと思わなかった・・・
 何度目か分からない湯煎にチャレンジしている椿は、既に涙目になっていた。さっきから何度やっても、湯煎中にチョコレートの中にお湯が入る。そして、その度に椿は半泣きになりながらも、新たにまたチョコレートの袋を開けていた。
――正直、湯煎の段階で温度管理以外、アドバイスなんて出来ない・・・
「ぅわぁっ!」
 じっと椿を見守っていた榛葉の目の前で、また椿が盛大にお湯を零す。当然、溶かしていたチョコレートにも、お湯が大量に入った。
「あぅう・・・・・・」
 何とかお湯を掻き出そうとしたものの、それは逆にきれいにチョコレートにお湯を混ぜる結果になり・・・・・・椿は本気泣きの一歩手前の顔でボールを見詰め続ける。
「あの、さ、」
 じっと椿を見守っていた榛葉が、耐え切れなくなって口を開いた。
「もしかして、椿ちゃん、今日一人でチョコ作ろうとしてた?」
「・・・・・・はい。でも途中で一人では無理だと思って」
 何を思い出したのか、椿はじっとボールを見詰めながら涙を堪えている。
「ごめん・・・その時、どんな風に作ろうとした?」
「最初は温めればいいと思って・・・アルミホイルで包んでレンジに入れたら火花が・・・・・・」
――うん、アルミをレンジに入れたら、火花が飛ぶね! しかもそれ、温まらない!!
「・・・その後、フライパンで火に掛けてみたら、岩石みたいに塊に・・・・・・」
――それは良くあるパターンだけど、フライパンでやった子は初めて聞いた! 普通は鍋だから・・・っ!!
「よ、よく分からないなりに・・・お湯とか温めた牛乳とかに入れてみたんですが・・・ぜ、ぜんぜん、かたまら、な・・・・・・」
「うん、ごめん! 本当に聞いちゃって、ごめんねっ!! もういいから、泣かなくていいからっ!!」
 とうとう椿が堪え切れずに涙を流し始めたのを見て、慌てて榛葉は椿の肩を両手で掴んだ。
「椿ちゃんって、今まで家で料理した事は?」
「無いです。母が男子厨房に入るべからず、と言う人だったので」
「だよね! 料理が出来ない人って言うより、料理をやった事無い人っぽい失敗ばかりだもの! なら、いきなり今日出来るようになろうって言うのは無茶だよ!!」
 榛葉の言葉の勢いに、椿の涙が止まる。自分の言葉に椿が納得しかけているのを感じ、ここぞとばかりに榛葉は畳み掛けた。
「ほら、今日初めて空手する人が今日試合に出て勝てる?」
「・・・勝てません」
「料理も一緒だから! お菓子作り一つだって、簡単な事って無いんだ。だから、出来なくて当然なんだよ」
――うわぁ、オレ、無茶苦茶言ってるよ・・・納得してくれ、椿ちゃんっ!!
「・・・・・・・・・そうですよね。急に今日出来るようになんて、おこがましかったです」
――納得しちゃったーっ! 凄い素直な良い子だな、ホント!!
 複雑な気分になりながらも、榛葉は取り敢えずほっと安堵の息を漏らす。涙を拭いながら何とか笑顔を作る椿に、榛葉も微笑んでこう言った。
「安形には、ブラックサンダーに水飴でも塗って、チョコスプレー振り掛けたので十分だから」
――あんなバレンタインのお返しに、これだけ椿ちゃんが頑張ってるんだ。貰えるだけ奇跡と思え、安形ぁーっ!!
 榛葉は真剣に、心から安形にそう叫んだのだった。

注:失敗したホワイトチョコもどきは、榛葉さんが安形さんに美味しく食らわせました。

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