安+榛 安椿前提VD

 二月に入って最初の土曜日。家でのんびりしていた榛葉に突然の来客が訪れた。
「よぉ! 今日、暇か?」
 玄関に居たのは、買い物袋を手にした安形。何だか嫌な予感を覚えながら、榛葉は安形を部屋に上げる。
「今日は、何?」
「いや、もうすぐバレンタインだろ?」
 もうその言葉を聞いた時点で、榛葉は安形を窓から放り出したくなった。しかし、安形は気付かず、手にしていた買い物袋からごそごそと大量のチョコの出す。
「何か、料理用のチョコ安売りしてたから、大量買いしたんだけど」
「うん、かなりの量だよね。安形、絶対レジでモテいないから、自分でチョコ大量購入してる人だと思われてると思うよ。で、聞きたくないけど、続きは?」
 袋一杯のチョコに眩暈を覚えながら、榛葉は続きを促した。調理するのを手伝ってくれ、なら良いけれど、どうもそんな雰囲気で無いと、対安形の野生のセンサーが言っている。
「いや、チョコって溶かしゃいいって思ってたんけど、調べたら色々温度によって柔らかさが違ってくるってあってさ。手で溶けなくて口で溶ける、とか」
「ああ、温度の管理で変わるね。口で溶ける奴作ろうと思ったら、三段階で温度管理しないといけないから、ちょっと素人には難しいかも」
 普通にチョコを作るらしい口調に、榛葉はさっきまでの考えが自分の思い違いだったとホッと胸を撫で下ろした。しかし、それなら喜んで手伝おうと思っていた榛葉の耳に、とんでもない台詞が飛び込んでくる。
「いや、もっと柔らかい奴がいいんだよ。人肌で溶ける奴」
 安堵した笑顔のままで、榛葉は凍り付いた。それには全く気付かず、安形は手にしていたチョコを眺めながら、言葉を続けた。
「色々と本もネットも調べたんだけど、常温で溶けずに人肌で溶けるチョコの作り方ってなくてさ。お前なら知ってるかなー、と思って。ついでに作るの手伝ってくれ」
「・・・・・・・色々と言いたい事あるけどさ、何に使うの?」
 答は何となく分かっていても、一縷の望みを掛けて榛葉は問い掛ける。念の為、安形の買い物袋の中から、業務用チョコを一本取り出しながら。
「んなの、椿に乗っけて、溶か・・・・がっ!!」
 予想通りの回答に、榛葉は笑顔のままで安形の頭をチョコで殴り付ける。因みにそのチョコは、加工し易いように固い棒状の物だった。
「予想を裏切らない男だよね、安形はっ!」
「褒めてくれて、ありがとう! でも、凄ぇ痛ぇぞ、それ!!」
「褒めてないし、痛くしたんだよ! 受験生が何やってんだっ!!」
「受験で勉強ばっかしてっから、ここ一番にこう言う息抜きするんだろ?! 偶にはこう、変わった事したいじゃねーかっ! オレのホワイトチョコは、いっつもぶっかけてんだからっ!!」
もう黙れよ、お前ぇーーーっ!!
 最後に飛び出た安形の台詞に怒りが爆発し、榛葉は袋ごとチョコを奪い取ってフルスイングで安形の身体に叩き付けた。それは見事に鳩尾にヒットし、安形は身体をくの字に曲げて、そのまま崩れ落ちていく。それを冷たく見下ろしながら、榛葉はぼそりと言った。
「・・・・・・・・・・・・普通のチョコなら、作り方教えるし、手伝いもするから」
「分かった・・・・・・・自分で、研究してみる」
 取り敢えず、榛葉は安形を踏んでおく。足の下から響く呻き声を聞きながら、榛葉は苦笑いに近い表情を浮かべた。そうしながら心の中で、ここには居ない椿に語り掛ける。
――椿ちゃん、ある意味ここまで本気の安形、オレにも止められない。ごめんね、覚悟しといて・・・
 十四日に椿に降り掛かる災難を思って、榛葉はもう一度、安形を蹴っておいた。

第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -