安→椿+榛 椿のお宅訪問

「・・・・・・どうぞ」
 不承不承と言った顔で、椿は自室のドアを開け、安形と榛葉を招き入れた。お邪魔します、とまずは榛葉が部屋に足を踏み入れる。
「へぇー、きれいに片付けてるね」
 部屋に入った榛葉の第一声はそれだった。続いて入った安形も、同意するような驚きの表情を浮かべる。
「高校生の男子の部屋なんだから、もっとぐしゃっとしてりゃいいのに」
「ボクは整理整頓された部屋じゃないと落ち着かないんですよ」
 そーかぁ?、と言いながら、安形は詰まらなそうに頭を掻いた。生徒会に入って随分時間が経ったが、まだまだ遠慮がある椿との距離を縮めるために、突然訪ねて普段の部屋を見てやろう、と安形が言い出し、榛葉が面白そうだね、とそれに乗っかったのが数時間前。その後、二人が椿の家に押し掛け、困ります!、と何度も拒否した椿を、主に安形が押し切って玄関を上がったのが、数分前。そして現在、二人は椿の部屋に侵入する事に成功していた。
「たくっ、見た感じ通りの部屋って事かよ。さてと・・・」
 そう言いながら、安形はいきなり部屋の隅に配置されていた箪笥の引出に手を掛ける。
「何してるんですかーっ!!」
「痛ぇーーーっ!」
 それを目敏く見付けた椿が、勢い良く安形の後頭部を叩いた。そのまま額をも箪笥にぶつけた安形が叫ぶ。
「てめっ、痛ぇだろーが! 何しやがるっ」
「来て早々、人の箪笥開けるとか、こちらが何するんですかですよ!」
「そーだよ、安形。まずはソフトにこうパソコンの中身から・・・」
「榛葉さんっ?!」
 笑いながら榛葉は、いつの間にか椿の机に座ってパソコンを起動させていた。慌てた椿が榛葉に駆け寄り、その手からマウスを取り上げる。
「ややややめて下さいよ!」
「何だー、やっぱり椿ちゃんも男の子なんだねー。見られたら困る画像とか、あるんだ」
「そんな物はありません! ここには日記が・・・」
「じゃー、後でオレが見とくわ。えーと、下着とかはこの辺か?」
「会長っ?! って、また箪笥をーっ!!」
 榛葉と椿が言い合っている間に、安形がまた引出を明けていた。のみならず、中身をごそごそと探っている。顔を真っ赤に染め上げて、椿は安形の襟を掴んで引っ張った。ぐぇっ、と蛙の潰れたような声を上げ、安形は床へと叩き付けられる。
「二人とも、そんな事するなら帰ってくださいよーっ!」
「冗談だよ、椿ちゃん」
「ちょっとしたジョークだろーが」
 尤もな意見を叫ぶ椿に、榛葉は笑いながら、安形は首を摩りながら、そう言った。猶も疑わしそうに二人を睨み付ける椿に、二人して顔を見合わせて笑いながら床に腰を下ろす。
「ほらー、もう何もしないから」
「そうそう」
「・・・・・・お茶を入れてきます」
 二人の態度に一応の納得を見せ、椿はため息交じりにそう言って部屋を出て行った。数秒して、安形、と榛葉が声を上げる。
「お前・・・本気で椿ちゃんの下着探してなかった?」
 長い付き合いである榛葉の目には、安形がかなり真剣に箪笥を漁っているように見えた。勘違いであって欲しい、と思いながらも尋ねてみると、安形の口から期待を裏切る答が飛び出る。
「本気って程じゃねーよ。見れたらラッキーかな、くらいで」
「・・・・・・同性の後輩の下着とか見て、楽しい?」
「流石に楽しくは・・・椿限定だよ」
「そっか・・・・・・」
 安形の答に、榛葉は遠くを見詰める目になった。本人は何もおかしい事を言っていないつもりな事に、どう対応していいのか分からなくなる。
――これって、安形は・・・いや、その、ちょぉーと常軌を逸しただけの執着であって、恋愛感情とは別の物かもしれないし・・・・・・
 ぼんやりと考えていた榛葉の横で、安形は何やらごそごそと荷物を探っていた。何をしているのかと思ったら、荷物の中からやけに長い物差しを出す。
「・・・・・・安形、それ、何?」
「物差し。知らね?」
「いや、知ってるけどさ・・・長いし、竹で出来てるのなんて、初めて見るし」
「うちのばーさんが着物とか縫う人でさ。その時に使う奴だから、珍しいかもな。目盛も寸だし」
「それが・・・どうして、ここに?」
「長い物差しが必要だったんだけど、家には無かったからばーさん家に寄って借りてきた。ばーさん家の方が、椿ん家に近いってのもあったけど」
 鼻歌混じりに物差しで肩を叩く安形に、榛葉は首を傾げた。何に使うつもりなのか。その無言の問い掛けに、安形はにやっと笑った。
「これでベッドの下をだな、こう」
 言うや否や、安形は椿のベッドの下の隙間に物差しを入れる。その行動に榛葉はぎょっとした。
「ちょっ・・・本人の居ない時にやったら、洒落にならないだろっ!」
 突然の安形の行動を、榛葉は安形の腕を掴んで必死に止めようとする。
「いや、どうしてもオレ、アイツがどんなヤラしい本隠してるか見たくて」
「その為にわざわざ、おばあさんの家に物差し借りに行ったの?! おばあさん泣くよ、安形っ!」
 真顔で言い切った安形に、榛葉は悲鳴の様な叫び声を上げた。それと同時に、部屋のドアが開く。
「あの・・・何をして・・・・・・」
「うわっ、椿ちゃん・・・」
「ちっ、早過ぎんだよ」
 青くなった榛葉と舌打ちをする安形。安形が猶も榛葉に掴まれていた腕を動かそうとしているのを見て、椿はそっと床へとお茶を乗せたトレイを置く。
「会長・・・・・・」
「何だ」
 返事をした安形につかつかと詰め寄り、椿はその手から物差しを奪った。
「ってめ、返・・・」
「帰って頂けますか?」
 笑いながら、椿は手にしていた物差しを構える。その笑顔の恐ろしさに、榛葉は思わず鞄を手にして立ち上がった。
「オレはお暇するよ! 椿ちゃん、お茶飲めなくてごめんねっ!」
 慌てながらも榛葉は椿に挨拶をして、部屋を飛び出す。続いて安形の悲鳴と竹で人間を叩く、非常に気持ちの良い音が響いた。
 そのまま安形を見捨てて家の前まで駆け出した榛葉が待っていると、数分して安形が家から放り出されるように逃げてくる。
「痛ぁーっ! 何、アレ? オレ、思いっ切り、額割られたぞ?!」
 額が痛むのか、そこを押さえながら安形は涙目で榛葉に訴えた。
「そりゃ・・・椿ちゃん、剣道も有段者だからね」
「本当かよ・・・じゃあ、次は失敗しないようにしないと・・・」
 呆れながら言った榛葉に、安形はぶつぶつとそんな言葉を漏らす。何処まで本気だろうか、と榛葉は半笑いで引きながら思った。
「あっ、オレ、物差し返してもらってな・・・たぁっ!!」
 叫んだ安形の頭に、当の物差しが降ってくる。榛葉が顔を上げると、二階の窓から椿が怒りに強張った顔を覗かせていた。
「もう二度と来ないで下さいね!」
 それだけ叫ぶと、叩き付けるように窓が閉められ、勢い良くカーテンが引かれる。榛葉はあーあ、と呟くと、頭を押さえて座り込んでいる安形に視線を向けた。
「・・・・・・安形、お前は取り敢えず、明日椿ちゃんに謝れ。後、おばあさんにも」
「え? 何で??」
「いいから、絶対に謝れよなっ!!」
 さも不思議そうに榛葉を見上げた安形に、怒鳴り付けながら考える。恋愛感情だとしても、違っていても、椿が被害者である事に変わりはない、と。そう考える彼もまた被害者である事を、本人は全く気付いてはいなかった。

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