安椿 ほんのり

 鞄を二つ手に、安形がふらふらと裏庭を歩いていると、探し人が途方に暮れた顔で座り込んでいるのを見付けた。怪訝に思いながら近付けば、探し人――椿が差した影に気付き、安形を見上げる。困ってますと顔に書いてあるその様と、そしてその原因を膝の上に見出して、安形は苦笑した。
「どした、その犬」
「その・・・迷い犬みたいなのですが」
 椿の膝ですやすやと眠る白い子犬。訊けば迷い込んできたこの子犬を見付けた女生徒に押し付けられ、困っている間に犬が寝てしまったと言う。動けない状態で一体、どれだけの時間をこうしていたのか、考えると可笑しくなって安形は笑った。
「笑わないで下さいよ!」
「悪ぃ悪ぃ・・・迷子かも知れないし、今日は家に連れて帰れば?」
「そう出来れば、いいんですが・・・・・・」
 安形の言葉に、酷く浮かない顔になって椿は俯く。更に側に寄り、安形も膝を折ってその顔を覗き込んだ。見詰めるのは犬。けれど、本当に見詰めている場所は、とても遠くに思えた。
「問題、有りか?」
 促すと、椿は困った顔で笑う。つまらない事ですが、とぽつりと漏らした。
「ボクの家は病院と同じ敷地内にあるので」
「あー、ああ言う所は動物ご法度か」
 思い至り、安形も呟く。しかし、そこで納得せず、んで?、と更に促した。
「え?」
「それだけじゃねぇだろ? 違う?」
 驚く椿に問い掛ける。思い違いかも知れないと思いつつ、安形は小さな違和感を放って置く気にはなれなかった。会長には適いませんね、と微かに微笑んで、椿はぽつりぽつりと語り始める。
「子供の頃、やはり犬を拾ったんです。この子と同じような、白い子犬を。その時は家が病院だとか考えずに連れて帰ってしまって・・・」
「・・・咎められた?」
 言葉が止まってしまった椿に、安形は尋ねた。椿は、いいえ、と小さく首を振ると、続きを語る。
「・・・両親は普通の家がそうするように、自分で面倒を見るなら飼ってもいいと言ってくれたんです。嬉しくて、一生懸命世話をしたのですが・・・・・・やっぱり、家は病院なんです。お見舞いの人や患者さんには、良く思わない人も居て」
 結局は余所に貰われていきました、と言った椿は、膝の子犬を酷く悲しい目で見詰めた。その様子を見れば、椿がどれだけその時の子犬を可愛がっていたか、想像に難くない。
「今はアレだ、アニマルセラピーとか動物入れる所も少なくないだろ?」
「ええ・・・生き物が不衛生と言うイメージは昔に比べれば減りましたが・・・・・・やっぱり、」
 怖いんです、と、椿の唇が震えた。
「ボクの行動で、両親が傷付くのは」
――ああ、そうか・・・
 唇を噛み締める椿に、安形は我知らず嘆息する。無知は偏見を生む。偏見は人を傷付ける。そんな程度の傷は、椿は怖がらない。けれど傷付けられるのが自分の大切な人なら、彼に取っては十分過ぎる恐怖だろう。そうして、目の前で傷付いている椿に、傷付く自分に呆れに似た想いを抱きながら、安形は慰めるようにその頭をぐりぐりと撫でた。
「だからって明日までそうしてっ気か?」
「・・・・・・・・・・・・」
――今のコイツの選択肢って、犬見捨てるか両親見捨てるかって位ぇ、切羽詰まってんだろうな。
 真面目過ぎて考え込むと一所に留まってしまう。悪い癖だと、安形は思った。
「帰っぞ」
「え・・・ええっ!」
 あっさりと椿の膝から犬を抱え上げ、自分の肩に乗せて安形は立ち上がる。犬の代わりに手にしていた鞄を二つ、椿の膝に投げた。
「見回りから中々帰って来ねぇで何してっかと思ったら・・・心配させたから、オレの鞄も持てよ」
 そのまま犬を抱え、安形はさっさと歩き始める。椿は慌てて鞄を腕に抱えると、その後を追った。
「あ、あのっ」
「ま、コイツに飼い主が居るか探すし、居なけりゃ居ないで、うちは一戸建てだし」
 横に並んで歩く椿に、安形はにっと満面の笑みを向ける。まだ驚いた顔をしている椿に、肩に乗せた犬を撫でながら安形は言った。
「先輩なんだよ。ちったぁ、頼れ」
「・・・・・・ありがとう、ございます」
――泣きそうな顔で礼言うような事でもねぇんだけどな。
 苦笑して安形はその空気を壊すべく、口を開く。
「じゃ、椿が拾ったから、コイツの名前は椿な」
「え?! な、何でですか! 止めてください!!」
 案の定、食って掛かってきた椿を、更に揶揄いながら道を進んだ。いつもの冗談の混じった空気の中で、今日は過去の分もコイツの頭を撫でれたんだろうか、と安形は詰まらない事を思う。そうであればいい、と、そっと考えた。

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