安(椿←希) ヌスット

 書きたくもない書面に筆を走らせながら、安形はため息を吐き出した。どうしても、こんな紙の上だけの仕事は窮屈に思えてしまう。だが、終わらせなければ煩い人間が居るのだから、仕方が無かった。
――当の本人はどっか行ってるしよ・・・
 先刻まで安形を見張っていたのだが、用が有ると席を外した椿に、ぶつくさと心の中で文句を言う。中々進まない筆に余計に鬱憤が溜ってきて、安形は不貞腐れて筆管の端で頭を掻いた。
――もう、オレも出かけっか?
 そんな事を考えていた矢先、丸窓の向こうで人影が動く。視線を動かせば、正に今、考えていた人物がそこに居た。向き合っているのは、今日は町人に扮している希里。椿は二、三、言葉を交わし、希里から何かを受け取っていた。
――用って、それかよ・・・
 自分以外の人間と会う為に、自分の隣から消えたかと思うと更に面白くなくなり、安形は希里を睨み付ける。希里が椿に対してどう言う感情を持っているか、推測出来るだけに、猶の事。小さく舌打ちした瞬間、希里の目が一瞬、安形を見た。
――・・・・・・聞こえてんのか?
 結構な距離があるのに、と思いつつも、忍だし有り得るのかも、とも思う。考えながら、何とは無しに安形は希里を観察した。
――結構、見目は悪くねぇんだよな。
 珍しい銀の髪に切れ長の目。男ながらに美人の部類に入れてもいい、女好きのする顔。体格もしっかりしていて、その癖に筋肉が目立つ程でない。着痩せする性質なんだろうな、と安形は推測する。
――一番、女に好かれる感じだな。ま、可愛げは無ぇけど。
 安形がじろじろと見ている視線を感じているのか、希里の顔には薄らと汗が滲んでいた。椿は全く気付いていない様子で、希里に話し掛けている。
――椿と並ぶと、それはそれで良い絵になんな。
 向かいに居る椿も、女性に好かれる顔だ。どちらかと言えば、良く妙齢の女性に揶揄われているが。その二人が丸窓の切り取られた風景の中に居るのは、確かに一枚の良く出来た絵に見えた。
――呉れてやるつもりは、一切無ぇけど、
 折角の出来の良い絵を堪能していた安形の口元が緩む。どんな形であれ、椿を眺めるのは楽しいし、隣に添えられた華も、気に食わなくとも悪くは無いのだ。
「・・・・・・三人でとかも、いいよな」
「聞こえてんだよっ、この下半身暴走男ぉ!!」
 堪え兼ねた希里が安形に顔を向けて怒鳴ったのと殆ど同時に、クナイが安形の頬を掠めた。非常に切れ味の鋭いそれは、きれいに背後の柱に突き刺さる
「ほんっと、耳良いよな、お前ぇ・・・」
 これではうっかり冗談も言えないと、安形は頬を流れる血を拭いながら思ったのだった。

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