▽夢主不在




「女性への贈り物は何を贈ればいいものだろうか」

祐介の一言に、思わず手を止めた。
喫茶ルブランには祐介と自分の2人だけ。佐倉さんは早々に店を閉め自宅へと帰ってしまっている。
洗い物を済ませていたところに、カウンター席から冒頭の一言が聞こえた。聞き間違いかと思った。
揶揄っているのかとも思ったが、彼はそんな冗談を言う男ではないし、表情が彼の真剣さを物語っている。
水道を止める。ルブランに夜の静寂が訪れる。
返答を求める眼差しだけがジリジリと迫ってくる。

「いきなり何だよ」
「こういうことは、おまえのほうが長けているだろう」
「長けてはないけど」
「参考までに聞かせてほしい。暁ならどうするんだ」

ことさらまっすぐ見つめる祐介を邪険に扱う道理はない。
何より、面白そうな気配がする。彼は、わざわざモルガナが散歩に出てったタイミングを見計らったのだ。

「まずはその人のことを教えてもらわないと」

祐介の隣に座りながら伝えた。
一般的に女性の喜ぶものを挙げることは容易いが、それで済む話とは思えない。その人のことを思うのならなおさらだ。
年齢、生い立ち、人となり──人によって嬉しいものは違うし、どうして贈りたいのかにも変わってくる。まずはリサーチが鉄則だ。
祐介は口元に指を当て考え、すぐに話し始めた。

「隣のクラスなんだが」
「えっ」
「なんだ。何かおかしいか」
「いや……女性っていうから、てっきり年上なんだと」
「女性は女性だろう」
「ああうん。ごめん、続けて」

女性は女性だが、そういう時って女の子って言わない?同級生とか。女子とか。こっちにも言い分はあったが、重要なところはそこではないので、彼の話題に戻す。
祐介はぽつぽつと語り始めた。
隣のクラスの女の子で、空腹で動けなくなっていた祐介を見かねておやつを恵んでもらったのが知り合ったきっかけ。その後たびたび話すようになったこと。よく話すタイプだが、うるさいという感じではなく、話し声が聞いていて心地よいということ。読書が好きで、よく図書館にいるということ。3日に1回は飢えの心配をされているということ。最近頼み込んで絵のモデルになってもらっていること。

「ちょっと待って。まさかヌードを頼んだりしていないよな?」

思わず彼の話を止めた。
祐介は眉間に皺を寄せて言う。

「見損なうな。それはまだしていない」

少し引っかかる言いようだが、人として最低限のモラルは守っているようで安心する。彼の言動は一般的にだいぶ危ういことが多い。全くもって純粋な、極めて真剣な、芸術家としての振る舞いだということはわかっている。しかしそれは、付き合いの深い怪盗団だからわかることで、他人からするとちょっと引いてしまうのは否めない。

「隣のクラスってことは美術コース?」
「いや、彼女は普通科だ。モデルをやるのも初めてだというが、姿勢が良く、文字通り絵になる。本を読んでいる時の彼女は特に素晴らしいが、一番はやはり話しているときだろうか。インスピレーションを刺激されるんだ」
「それって……」

それって、つまり?
様々な可能性を孕んだ言葉を深く追求しようとしてやめる。
芸術を愛している彼は、純粋にそう言っているだけなのかもしれない。そもそも俺に芸術のことはわからない。
祐介は俺に構わず続けた。

「可憐だと思う。ふとした表情がとても良い。……良いというのは……そうだな、健康的で朗らかなのに、たまに見せる儚げな雰囲気が俺の想像力を掻き立てるんだ。何かを内に秘めているような……俺はそれを暴きたいと思う」

言葉を尽くす様子に真摯さを感じる。同時に変態的でもある。全く祐介らしい。

「……つまり、可愛くて魅力的ってことでいい?」
「そうだ。造形的に美人というわけではないのだが……」
「それ絶対に本人の前で言うなよ」

なぜだ、とも言いたげに目を見開く祐介。
悪気がないのはわかっている。ないからこそ厄介なのだ。
もう一度「絶対言うなよ」と念を押して、話を本題に戻した。

「それで、その子とはどうなりたいわけ?」

祐介の眉間にまた皺ができる。

「……どうって、ただ日頃の感謝を伝えたいだけだ。それ以外に何がある」
「理想の形ってあるだろ。ただお友達でいたいのか、今後も画家とモデルとして付き合っていたいのか……そういうのによって贈るものも変わってくるよ」
「成程……考えたこともなかった」

祐介は渋い表情でコーヒーカップを手に取る。
しかし中身はすでに空だ。スカスカのカップに口をつけて、また苦い顔をする。

「……俺はただ、いつも世話になっているから、せめて余裕のあるときに感謝の気持ちを伝えられればと思ったんだ。モデルだってそうだ。無理を言って頼んで、本を読んでいる姿を描けるだけでいいということで同意を得て、そのまま彼女をずっと描いていられると思っていた。そんなわけはなかったのか……俺は、俺はなんという大馬鹿者なんだ。大馬鹿で傲慢で……なあ暁、俺は、俺はどうすればいい……!」

まずい、スイッチが入ってしまった。
こうなってしまうと落ち着かせるのも一苦労だ。どうすればと聞かれても、どうしたいと聞いたのはこちらなのだが。
頭を抱え苦悶の表情を浮かべる祐介。
半ばでまかせで言ったような言葉に、こうも悩まれるのは本意ではない。なんとか、彼の気を落ち着かせることを言わなければ。

「まあ、ちょっと落ち着いて考えてみなよ」
「ああ……」

またティーカップに手を添える。中身は相変わらずスカスカだが、口につける仕草をする。
不思議なのは、彼が自分の気持ちに気づいていないということだ。

「ようはこれからも、変わらずその子と付き合っていきたいってことだろ」
「ああ、俺の手で彼女の美しさを表現できるまでは……いや、それが可能なのかはわからないが、彼女を描き続けていきたい……それが俺の求める美に近づく一歩になる気がしているんだ」

恍惚とした表情で、身振りを加えて高らかに語る祐介。くどくどと言葉を並べ立てているが、ようは彼女に惚れてしまっているわけだ。絵描きとしてなのか、それだけじゃないのか、そこが1番の問題。
祐介にここまで言わせる、その女の子に自然と興味が湧く。彼女は絵描きでも、怪盗団でもないのに。

「会ってみたいな」
「え?」
「その子に。祐介がそこまで言うんだからさ」
「ああ!きっとお前も彼女を気にいるだろう!……」

パッと華やかな笑顔を見せたかと思えば、次第に陰る顔。今日はやたら表情の変化が激しい。

「……まて。暁、お前は人を惹きつけるものを持っている──無論、俺もその一人だが──女性においてはなおのことだろう。彼女だって、お前という男を気にするに違いない……」
「いや、祐介、それは──」

確信をつく言葉を言う前に口を紡いだ。
カタカタと鳴るドアが同居人の帰宅を告げる。
話はここで終わりだ。彼はずっと前からモルガナの存在を気にしていたのだから。
ドアを開けてやると、夜の冷たい空気と共に黒猫がするりと通り抜けた。

「ふー、帰ったぜ。暁、暖かいミルクを淹れてくれ」
「ああ、俺ももう一杯いただこう」

さりげなくおかわりを所望する祐介だが、心なしか表情が暗い。

「話はまたあとで聞くよ」

モルガナに聞こえないようこっそり告げると、祐介は「恩に着る」と静かに呟いた。
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