カチャリと小さな音を聞いて、「彼」を目線だけで盗み見る。

素朴だが上品な形のティーカップを口につける所作があまりに様になっていて、より子は思わず見惚れた。
言い表すなら、端正な横顔。まさか「ネズミ」に対して向ける言葉になるとは、ちょっと前までのより子には思いも寄らなかった。
彼女が住んでいた世界のネズミは、服も着なかったし宙には浮かなかった。人語を話すなんてもってのほかであり、自らを「大盗賊」と称するなんて人間でもありえない。

紅茶がお気に召したのか、鋭い目を僅かに細める。紅茶なんて淹れたこともなかったのに、わざわざ教えを乞うた甲斐があったというものだ。
こちらの視線に気がついて、彼は顔を向けた。
金色の眼光に浮かぶ縦長の瞳に射抜かれ、より子は訳もなく目を逸らす。今さら隠したところで大した意味なんてないのに、じっと見ていたことを悟られたくはなかった。
居た堪れなくなって、紅茶に口をつける。もうすでにスカスカになっているカップには気づかないふりをしたが、ドロッチェはそれを逃さなかった。

「次はオレが淹れよう」

そう言う彼をより子は慌てて静止する。どこへも行けない自分を持て成してくれている、せめてもの礼なのだ。数少ない「彼のためにできること」だというのに。
ドロッチェはカップを華麗に奪い取る。「大盗賊」を名乗るだけの手際の良さに、より子は舌を巻いた。

「オレが淹れたいんだ」

薄く目を細める。
そう言われては、より子からはなにも言うことはできない。
慣れた様子でポットを操るのを見て、彼女はなんとなく姿勢を正した。長い爪があるのに器用なものだと感心しながらじっと眺める。紅茶なんて興味などなかったのに、彼の手つきを見るのは好きだった。
ティーカップを静かに差し出すと、彼はハットの鍔を押さえた。それがただの手癖だとわかっていても、より子の目は奪われた。気取った仕草のひとつひとつが様になるネズミだと、妙な気持ちだった。

「飲まないのか?」

そう言う声は随分と調子が良い。自分の視線に気をよくしているのだと鈍感なより子にもわかった。
人目を偲んで闇に紛れる生業だというのに、注目されるのは吝かではないらしい。そうでなければ、いちいち格好をつけたふるまいなどしないし、真っ赤なマントを纏うはずがない。
これでいて「怪盗」と言うと気を悪くするので、彼の価値観はいまいち掴めないのだった。

いただきます、と呟いてカップに口をつける。同じ茶葉、同じ器具、何から何まで同じはずなのに、自分の淹れたものとどうしてこうも違うのか。
彼女の機微に聡いドロッチェは訝しげに眉を顰める。

「口に合わなかったか」
「いいえ。ドロッチェが淹れたのにはぜんぜん敵わないなと思って」

一瞬目を丸くして、すぐにキリッとした表情に戻す。

「そう簡単に盗まれては困るな」

そう言って、またハットに手を添える。

「銀河一の大盗賊から盗むなんて、夢のある話だね」

思わず軽口を叩くと、彼は大きな耳をパタパタと震わせ、小さく「キュウ」と鳴いた。
彼女の知るネズミとは何から何まで違うはずだったが、それでも「ネズミ」と表すほかないのだった。
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