絶好の運動会日和である。
春闌の雄英高校では例年どおり大規模な体育祭が開催され、張り切る学生たちの姿で賑わっていた。
三年生の会場は高校最後の年ということもあり、一層の盛り上がりを見せている。紺青色の群集と湧き立つ声援が、晴天下のグラウンドを彩った。
そんな中、A組観覧席では常闇踏陰が腕を組んでじっと黙していた。
元より口数の少ない彼だが、この後に控える個人競技に備え、より精神を研ぎ澄ませているのである。
彼にとっても最後の体育祭。学友でもあり、好敵手でもある同胞たちと同条件で存分に戦える最後の機会。過去二年、健闘の末涙を飲む思いをしてきた彼である。無論顔には出さないが、その実闘志に打ち震えるのも無理からぬことだった。
万全の状態で臨むため、彼は静かに闘いの時を待つ──

「とこやみー!」

──はずだったのだが。
太陽を照り返し、眩いばかりのグラウンドでは、個人競技のない生徒たちによる借り物競走が催されていた。
無茶ぶり満載、切り捨て御免の借り物競走は昨年の体育祭で人気を博し、今年も満を持しての開催となった。他学科の生徒、教師、観客席を巻き込み、かぐや姫の献上品もかくやという難題を課されるのである。あまりの内容に、借りることが叶わずに棄権する生徒続出という奔放さがお茶の間を賑わせた。
昨年「エンデヴァーの火」を引き当てた普通科の少年は、険しい顔で特別審査員席に座る強面のプロヒーローに涙ながらに交渉。少年とエンデヴァーが手を繋いでゴールするシーンは観衆の胸を打ったのだった。
パワーアップして帰ってきた!と銘打つ雄英借り物競争が盛り上がる中、常闇は自身を呼ぶ声を確かに聞いた。
しかし、歓声と叫声の入り混じる会場で、彼はきょろきょろと視線を惑わせるばかりだった。

「常闇、お前を呼んでいるんじゃないのか」

隣に座る障子目蔵が自慢の複製腕で文字通り聞き耳を立てている。
彼の指差すほうを追って下を見ると、たしかに常闇に向かって叫ぶ少女がいた。宮下である。

「とこやみ!とーこーやーみー!」

降りてこい、というジェスチャーを混えながら手を振る。
競技中に入り込むのは憚られたが、必死に呼ぶ友を無視することもできず彼は立ち上がる。

「“黒影”!」
「アイヨ!」

半身の返事とともに、彼は黒い翼をまとい悠々と跳躍する。不揃いだった客席から一斉に歓声が上がった。
過去二年の輝かしい活躍と、その特異な“個性”から、彼の名は広く知れ渡っていた。何より、“あの”ホークスに師事するヒーローの卵である。
この後の個人競技を控えていることもあり、突然の“パフォーマンス”に湧き立つのは至極当然のことだった。
静かにグラウンドの土を踏み、宮下と向き合う。

「何の用だ?」
「うん!詳しくは後で言うから、とりあえず一緒にゴールまで走って!」
「何故……」

問いかけて彼は口を噤む。
理由など決まっている。握りしめている白い紙が物語っている。彼女は競技の参加者なのだった。
きっと「友人」や「腐れ縁」と書かれているのだろうと、想像は容易かった。もしかしたら「鳥類」などかもしれない。
何にせよ「クラスの命運がかかっているの!」と強く手をつかむ宮下を前にして、考える暇などない。
ゴールの方を見やると、間近に迫っている生徒が見えた。

「ゴールまで行けばいいんだな」
「うん!」
「速く?」
「速く!」

はつらつと応える宮下に、常闇はふっと笑みをこぼす。
「なら捕まれ」と宮下を正面から抱き抱え、再び黒い半身を呼び出した。

「口を塞いでおけ。──“黒影”!」
「えっ、お、うおあああっ!?」

彼の相棒の小気味良い返事は聞こえなかった。
正面を向くこともできず、風を切る音だけが宮下の耳に響いた。
黒い疾風となった二人は前を行く選手たちを追い上げていく。一人、また一人と追い越すごとに会場は湧き上がった。無茶ぶり満載、切り捨て御免、そしてこの逆転劇こそ雄英体育祭の花なのだった。
あっという間に先頭に立った二人は、歓声を浴びながらゴールインを果たした。

「ヒェアアア……」

常闇の腕から離れた宮下は、経験したことのない速さに目を回しその場に座り込む。

「……宮下、大丈夫か」
「えへ、へへ……大丈夫。ありがとう」

いくらなんでも飛ばしすぎたかと常闇は不安げに訊ねると、宮下は何でもないようにへらへらと笑い返す。その変わらない様子に、ふ、と安堵のため息を溢した。
対して会場からは、歓声とは異なる響めきが沸き起こる。

──あれ反則じゃね?
──うちら一位だったのに〜!
──審議!審議!

対抗するクラスに飛び交う不平不満をプレゼントマイクが嗜める。
収まる気配がないのを見て、常闇はばつの悪そうに眉を顰めた。

「すまん。この事態は想定外だった。万一にも失格になってしまったら……」
「ふふふ……それは大丈夫……」

常闇の不安をよそに、宮下は呑気に笑みを浮かべている。手にはくしゃくしゃになった課題用紙。両手で丁寧にシワを伸ばすものの、さほどきれいになっていないまま司会進行のミッドナイトに手渡した。

「ふふ、期待通りに助けてくれるんだもの。失格なわけないよねえ」

ミッドナイトがマイク越しに読み上げる用紙には、「ヒーロー」とだけあった。



同刻、所変わって博多はホークス事務所。

「ツクヨミくん、すごかね。かっこよか〜」
「ばり注目しゃれとーばい。うれしかねぇ、ホークス!」
「うん。ていうかあの子たち、これ全国放送だって忘れてますよね〜」

のほほんとテレビを囲うプロヒーローの姿があったという。

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予想通りな展開です。博多弁は翻訳サービスを使いました。
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