▽未来捏造。タイムトラベル。祈りのようなものです。











名前を呼ぶ声がする。聞き覚えのある声だ。
「今日は雨が降るから傘を持って行くのよ」と、母親が言った。その朝は雲一つない晴天で、これから雨が降ると言われてもにわかには信じられない。しかし天気予報ではそうだと言うので、わたしは渋々傘を持っていくことにした。

──より子。

また声が聞こえる。低くて聞き覚えのある声。
今日の授業は体育があって、ヒーロー科の教室の前を通った。
体育祭を見てからと言うもの、クラスメイトは好奇の目で彼らを見る。否定的な立場の人もいたが、友人たちは概ね好意的だ。
誰が強くて、誰がかっこいい。誰々は頑張ってる。将来有望。わたしには関係のない話。
「ヒーロー科に友だちいるんでしょ。どうなの」なんて冷やかされるけど、どうもこうも、ただの幼なじみっていうだけだし。

──より子。

低い声。同年代にしてはとても低い声だった。
果たして声変わりはいつだったか。小柄なくせに、周りよりずっと早かったような気がする。
その頃にはもうヒーローを目指していたんだっけ。
しばらく見ないと思ったら、職場体験に行っていたらしい。体育祭で目立ったから声がかかったのだという。すごいことなのに、なんとなく悲しそうな気がした。
薄く瞼を開けると、眩しい光の先に雲ひとつない青空が見えた。なんだ、やっぱり雨なんか降らないじゃない。

「より子……!」

声は目の前から聞こえていたのだ。
見覚えのある瞳。嘴。黒々と艶のある冠羽。しかしどこか違う。さっきまで見ていた姿と、何かが違うような。
──いや、ていうかなんで名前?

「より子、大丈夫か?意識はあるか?」
「え、うん。あるけど……」

全身黒ずくめの──これはヒーロースーツというやつか──常闇が、妙に真剣な眼差しで言うので、頷くしかなかった。もちろん意識ははっきりとしている。
しかし、わたしの左手をしっかりと握りしめているのは果たしてどういうことだろう。ちょっとやそっとじゃ振り解けそうにないほど頑なにだ。
左手をぎゅうとつかみながら、問いかける。心なしか顔も近い。自分の嘴のリーチを忘れたのだろうか。

「落ち着いて、名前と、生年月日と……年齢を言ってくれ」

落ち着くのはきみの方じゃないの。
そうは思うものの、あまりにも真面目な面持ちなので大人しくフルネームと、生年月日、そして──

「15歳」

と、言うと赤い瞳が揺れ、少し困ったように振り返る。
ホークスがいた。
そういえば、ホークス事務所に職場体験に行ったと言っていた。本当だったんだ。
ゴーグルを上げたホークスも困った表情をしている。テレビで見るのとなんか雰囲気が違う。イメチェンしたのだろうか。
二人で二三交わし合ってから、わたしに向き直り落ち着いた口調で言った。

「とりあえず、座れるところへ」

そう言われてはじめてアスファルトに寝そべっていることを知った。






つまりはこういうことらしい。
ここは高校一年生のわたしが現存する時代より8年後の未来で、「過去と入れ替わる“個性”」事故に巻き込まれた未来のわたしが、過去の──つまり、このわたしと入れ替わりタイムトラベルしてしまったというのだ。
15歳のわたしが8年後にきて、過去に行ってしまったわたしは23歳。
すぐそこにいるホークスは30歳。
目の前にいる常闇も23歳、ということになる。

「その通り。理解が早くて助かるよ」

事務所の一番えらいところに座るホークスが爽やかな笑顔で言う。いや全然笑いごとじゃないです。

「ていうか、未来のわたし何やってるんですか……」
「あー、それはより子ちゃんのせいじゃなく、ヒーロー側の過失だから。本当すいません」

突然真面目な表情をするものだから、何も言えなくなってしまった。
ホークスによると、事故を起こしてしまった人はすでに保護済みで事情聴取やら“個性”の検査やらを行なっている最中だという。わたしの他にも被害者はいて、全員無事に保護されたようだが、何をどうしたら元どおりになるのか肝心なところがわかっていないらしい。
着の身着のままとは言わないまでも、学校帰りの所持品は教科書が入った鞄にスマホ、わずかなお金と傘だけだった。先行きは不透明なものの、野垂れ死ぬ心配はないことが不幸中の幸いだろうか。
ヒーローのそばにいたのが幸運だったのか、ヒーローがそばにいたから巻き込まれたのか。どちらにしろ、そばにいたのが常闇で良かった。話が早い。

「まあ、生活と安全は補償するから、戻れるまで気楽に待っていてよ」
「ええ、まあ、はい……」
「でもアレだな。未来のこと知っちゃうのよくない気がするから、ネットとか新聞とか本とかには触れない方がいいかもね。外を出歩くのも控えたほうがいい。ホテルとっておくからそこでじっとしててもらおう」
「それ監禁って言いません?」

ホークスは「ジョーダンジョーダン」と朗らかに笑う。だから笑いごとじゃない。
「常闇くん、あとはよろしく〜」の一言で、ずっと静観していた常闇が静かに立ち上がる。つられて立って並ぶと、8年という歳月をありありと感じさせられた。
でかいのである。
わたしよりちょっと低かった身長がわたしを越えてしまっている。目線がちょっと違うだけで印象がだいぶ変わるものだ。そういえば、顔つきも変わっている。もとから鋭い目つきがより鋭く、対峙すると目線が突き刺さるみたいでそわそわする。よく見たら嘴の色も違うような──

「より子」
「ん?え?あ、はい」

目の前からじろじろ見ていたのを怪訝に思うでもなく、静かに名前を呼ぶ。
思わず気の抜けた返事をしてしまった。

「師はああ言うが、こうなってしまったのは俺の責任だ。本当にすまない……」

ホークスとの温度差。
真面目なやつだとは常々思っていたけど、拍車がかかっている。ホークスを師と仰ぐのに、8年かけても似ないものだ。似てもらっても困るけど。
そして、責任とか言われても、実際その場にいたわけではないのでまったくピンとこないのだ。

「全然気にしてないって言ったら嘘になるけど、あまり実害はないわけだし。……ま、未来のわたしが戻ってきたら謝ってよ」
「ふ……ああ、そうしよう」

頷く常闇は、一瞬表情を緩めていた。
考えこむように俯いたあと、まっすぐにわたしを見る。射抜くような赤い瞳。

「しかしより子、未来といえど諸々不便もあるはずだ。心細さもあるだろう。何かあったらすぐに言ってくれ。俺は最後まで、必ずお前を守る」
「は?え?うん?」

歯の浮くような台詞とまでは言わないが、真正面に見据えてこんなことを言われたら誰だって驚いてしまう。
相手が常闇だろうと関係ない。
ていうか、年上なのだから仕方ない。
不覚にもかっこいいとちょっとだけ思ってしまったのも気の迷い。

「では、まず仮住まいへと案内しよう」

こちらの気など御構い無しに常闇は部屋を出ようとする。なんか悔しい。
8年前の常闇は、今頃8年後のわたしと出会っているのだろうか。たしか来る直前に会っていたはずだから、きっと真逆の状況になっているのだろう。合掌。
8年後の自分なんて想像もできないが、きっとずっとイケイケ美女になっているに違いない。そう思いたい。

「……そういえば、未来のわたしって傘持ってます?」

そう聞くと、二人揃ってぽかんと間抜けな表情を浮かべたが、これはたいへんに重要なことだ。
イケイケ美女が雨になんて濡れてはいけないし、男子高校生と相合傘なんてしてはいけないのだから。

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