今日は暇だった。
細々とした仕事はあるものの、大きな事件もなく、大きなお仕事もなく、再びやってきた常闇くんと生きのいいヒヨッコのお守り兼指導をするだけ。そのヒヨッコちゃんが、活発で溌剌としたアグレッシブガールなことを除けば、平和でとても良い日だ。
元気なのは決して悪いことじゃない。ヒーローになるなら、活発で身軽な方が何かと都合が良い。人気商売なとこもあるから、親しみやすく愛嬌があるのは強みだ。
ヒーロー志望の学生からインターンの申し出が来ることは度々あったが、俺だって暇じゃないのだし、基本的には断っていた。常闇くんだって、もともとは雄英の子から話を聞きたかったから指名したわけだし。
とは言え、あの士傑高校の有望な学生だし、“個性”も悪くない。“疾さ”には十分ついていけるだろう。見たところ、成績も悪くない──どころか、優秀だと思う。絵に描いたような優等生だ。士傑からわざわざ推薦状が届くほどのことはある。
ヒヨコちゃんを預かるなら一人も二人も同じだ。ダメだったら適当にあしらって、さっさと帰してやればいい。学生にも士傑にもプライドがあるだろうが、まあ、俺には関係ないし。

その上で、常闇くんの幼なじみだと言うのだから、奇妙な偶然ってあるものだと驚いた。だったら最初の面談で言ってくれればいいのに、と言ったら「ズルになるから嫌」だと。真面目か。
こっちだって、常闇くんのお友だちだからってほいほい招き入れたりはしないけど、学生にとってはそういう微々たる差に敏感なんだろう。若いねえ。
そんなこんなで、寡黙な常闇くんの友人にしてはやたらアグレッシブな女子高生を引き受けることに。初日は徒歩でパトロールをしていたけど、冒頭の通り事件があるでもなく暇で平和なお散歩といったところだ。まるで親鳥の気分。
想像通り集まってきた市民との交流を楽しんでいるところで、事務所から着信が入る。事件の予感だ。

『ホークス!西地区で強盗発生!直ちに急行してくれ!』

はいはいっと。
急行というからには急行なのであり、彼らは俺が誰よりも速く行けることを知っている。

「あ〜ちょっとゴメンねえ。事件だって。ゴメンゴメン、また今度。お二人さん行くよ」
「御意!」
「はい!」

事態を察したらしい二人の返事を背中越しに聞いて、翼を広げる。待つつもりはない。
たとえヒヨッコちゃんが追いつけなくても、その時はツクヨミに面倒を見てもらえればいい。ツクヨミだったら、俺の意図くらいすぐに察するだろう。
すると、すぐ後ろから俺を呼ぶ声が聞こえた。

「ホークス!」
「ねえっホークス!」
「どこに向かって!」
「いるの!」
「言われてもわかんないけど!」

テレポートを繰り返しながら飛び飛びに会話を続けるシーポーター。その近くでツクヨミが静かに飛んでいるので、なおのこと面白い。
だから言ったじゃん。話ができないって。

「はは、瞬間移動。すごいすごい」
「ほんとに話が!」

できないよ〜と悲痛に叫びながら、彼女は消えては現れてを繰り返す。話すのは大変そうだが、これくらいの速度は追いつけるらしい。偉い偉い。
現場に着くなり、犯人確保、市民の安全確保、警察への引き継ぎを手早く済まし、パトロールの続きに戻る。今日は平和なので、ふらふら歩いて囲まれるだけで難なく終えた。


▲▲▲▲▲


「宮下さんは、かるーく面談。すぐ終わるから」

夜。
帰り支度をする宮下さんを引き留めると、なぜか常闇くんが目を丸くさせた。
まだ上着の羽織りきれていない彼を部屋から追い出す。後ろから宮下さんが「先帰ってていいよ〜」と言うが、おそらく常闇くんは帰らないだろう。

「──で、インターン一日目が終わったわけだけど」
「はい!」

ソファに座らせて話し始めると、午前中と変わりない元気な返事が返ってくる。若い。
両手を膝に置き、背筋を伸ばして聞き入る姿は絵に描いたような優等生って感じ。間違いなく、教師に好かれるタイプだろうな。

「ホークス事務所、案外チョロ〜って思った?」
「へっ?」

今度は宮下さんが目を丸くさせて、不思議そうに俺を見た。頭にハテナマークが浮かんでいるという顔をしている。

「……どういうことですか?」
「そのまんま。今日だってちゃんと追いついて来てたし。俺もびっくりしたんだよ。常闇くんは最初無理だったからさ。俺も学生だからナメてたっていうか。だから思ってた感じと違ったんじゃない?もっとすごい感じ期待してなかった?宮下さんくらい優秀だと、これくらいじゃ物足りないでしょ」
「なんで、思ってないことを言うんですか」

怒ったような声色だった。
思いもよらない表情に少し言葉が詰まった。

「思ってない?」
「ホークス、そんなことちっとも思ってない。あたし、ホークスどころか踏陰……ツクヨミにも追いついてなかったもの」
「へえ。なんでそう思うの?」

わざと戯けるように言ってみせるが、彼女の表情は変わらず真剣だ。

「たしかに後を追うことはできたけど、ホークスは二手も三手も先を読んでたでしょう。踏……じゃない」
「今は踏陰でいいよ」
「……踏陰だって、周りを見てあんなに早く行動してたのに、あたしは追いかけることしかできなかった。ホークスが気づいてないはずない。違いますか」

そう言って、強く、透き通るような眼差しを向けた。
違わない。
気づいていたし、気づかないふりもした。
試したと言うと聞こえは悪いが、彼女の人となりが分からなかったというのが正直なところだ。
天真爛漫で純朴なヒーロー志望の優等生。それだけだったら、きっとこの先辛い。

「あー……、うん。ごめんね。気づいてた」

まっすぐ見据えた瞳が僅かに揺らいだ。
抑えられた声色で静かに零す。

「あたし、悔しいんです。踏……踏陰が、ホークスのところにいるなんて知らなかったから、出遅れてるって思って。あたしだって怠けてたわけじゃないけど、でも、今日見て、あたしよりずっと先を行ってるって思って、すごく悔しい。でも負けてなんかいられない。だって……」

ほんの一瞬、言葉が詰まる。
数秒にも永遠にも感じる間の後、恐々と口を開いた。

「なんで、そんなこと言うんですか……」

あまりに切なく、儚い声色だった。年相応──いや、もっと幼い、拗ねた子どものような印象さえ受けた。
今にも泣きそうな表情に少し焦ったが、この子はきっと泣かないのだろう。

「ごめんごめん。でも、思ってたよりは優秀っていうのは、本当。もちろん、もっと頑張ってもらうつもりだけど」

そう言うと、ぐっと顔に力を入れて、意志を固めなおすかのように、ゆっくりと頷いた。
これ以上、踏み込むのはよしておく。
後進育成をする気は元よりないわけだし、将来有望なヒヨコちゃんの一面を見れたところで、さっさと《本題》に入ることにしよう。

「ところで、この前の仮免試験で士傑の子が襲われたって話を聞いたんだけど──」

:::::::20190430
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -