黄昏時のエントランスは、照明を最小限に抑えており、友を待つには丁度いい按配の薄暗がりだった。
インターン一日目が終わる時、ホークスがより子を呼び止めた。「面談」と称して追い出されたことに不満はないが、俺の時にはなかったので、それだけは些か不服だった。
「すぐ終わるから」という師の言葉を信じて待つことに如何程の意味もない。強いて言えば、昼時に「どうせだから夜ご飯いっしょに食べようよ」というより子を置いて帰るのは気が引けたのだった。


☆☆☆☆☆


外套を纏いながらやってきたより子が俺の姿を認めると、まさか待っているとは思わなかったのか、大きな目を丸くさせる。

「あれ、帰ってなかったんだ」
「そんなにかからないと言っていたし、それに夕飯を共にしようと言ったのはお前だろう」

そうだった〜、と呑気に笑う。

「待っててくれてたんだ。ありがとう」
「大した事ではない」
「お腹減ったねえ」
「そうだな」
「何食べる?」
「好きに決めていい」
「ホークスがねえ、おいしいラーメン屋さんを教えてくれたよ。踏陰もまだ行ってないはずって」

一体どんな面談をしてきたのか。
俺には知る由もないが、我が師に全てを見透かされているようで、むず痒さがある。彼は夕飯の約束など知らない筈だ。
俺から返答のないのを訝しく思ったのか、より子は僅かに首を傾げて拗ねるように言う。

「一生に一度は博多ラーメン食べたい」
「……分かった、分かった。そこへ行こう」

行きたくないわけでも、好き嫌いをしているわけでもない。場所など何処でも良いとすら思っているが、何となく良いように動かされているような気がして釈然としなかった。
その様な俺の気も知らず、意気揚々とスマホを取り出すと、短いスカートを翻してさっさと行ってしまった。自由奔放なところは相変わらずだ。
袂別の日からおよそ四年である。長い歴史の中では取るに足らない期間だが、幼い俺とより子にとっては変化を経るのに十分な歳月だった。
俺も僅かだが背が伸び、より子はそれ以上に伸びていた。顔立ちも大人びていたが、幼い頃の面影はしっかりと残っており、無邪気に笑う姿は小学時のままである。
何より、契りを交わしたあの頃と変わらぬ志を抱いていることが嬉しかった。

「さっきは何を話していたんだ」

前を歩くより子に追いつくなり訊ねると、目を細めて意地の悪い笑い方をする。俺を揶揄いたい時の癖だった。

「ナイショ〜」
「……そうか」

守秘義務というものがある。旧友とはいえ、ヒーローとの面談に俺が首を突っ込むことなどできない。より子もそれを理解して口外せず、同時に俺を揶揄っているのだ。
何にせよ、話題はごまんとある。離れてからの生活や、中学校のこと。“個性”の変化や成長。好きなヒーローの話。士傑高校の授業や学校生活、云々。
四年もの間、どう生き、ヒーローを目指してきたのか。単純に興味があった。
どう話題を振るべきか。思案を巡らせていると、より子は意味深な笑みを浮かべ沈黙を破った。

「でもね……」

そう言うなり、口を閉ざす。
より子の顔を窺うが、含み笑いをしたまま口を開こうとしない。耐え難くなり「どうした」と問うものの、判然としない態度をする。より子は、言いたいことをすぐに口にする子どもだったはずだ。
何度かまごつく様子を見せながら、おもむろに口を開いた。

「……やっぱり、その、ホークスは格好いいねえ」

耳を疑った。
その言葉の意味が聞こえた通りにしか理解できず、思わず聞き返す。

「えっ、踏陰もそう思わない?」
「……いや……ああ、そう思うが……」

我ながら歯切れの悪い答えだったと思う。しかし、どう返すのが正解だったろうか。
思えば、ホークスは俺たちが中学生に上がる頃にデビューした若手ヒーローである。古今東西、老若男女のファンを獲得していたが、中でも若い女性人気が飛び抜けていた。より子もその一人だったのだ。
彼に惹かれたところを挙げるとすれば、それは単純な“格好良さ”ではなく、“強さ”や“疾さ”や“判断力”──ヒーローの本質に迫るところのはずだ。
しかし、目の前の旧友──志を同じくした友である──は、様子が異なるようである。

「より子、お前、そんな邪な理由で……?」
「ヨコシマだなんて!憧れのヒーローのそばで活動したいって思って、何がおかしいの!」

何ら可笑しくはない。
憧れたヒーローに師事を仰ぐ。考えれば、これほど自然で、名誉なことはなかった。
例えば、緑谷がそうである。彼自身が重度のオールマイトファンであり、所謂“オタク”と呼ぶに値する熱愛ぶりなのだった。その彼が雄英に進学し、教鞭をとるオールマイトの指導を受けるのが、彼にとってどれほど有意義で幸福なことか。
同じである。
可笑しいことなど何一つない。
可笑しいことなどないが。

「お父さんが福岡に転勤だったらさあ、デビューしたてのホークスを生で拝めたのになあー」

なんとなく、釈然としないのは何故だ。
俺は何も言えず、時おりスキップをまじえながら歩くより子の姿を、黙って見つめることしかできなかった。

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