大成功だった!
誰かが言って、周りが続いて喜びを口にした。
「観客の顔見たか」「めちゃくちゃアツかった」「すごく楽しかった!」──言葉にこそしなかったが、俺も頷いて応える。上鳴の言葉を借りるなら、「超やばい」というに相応しい舞台だったと思う。

「観客みんなはしゃいでて気持ちよかったよなー!」
「俺が叩いてンだ。クソ当たりめーだろが」
「言葉遣い悪!」
「素晴らしいステージでしたわ」

楽器を寮に運ぶ最中、ポケットに忍ばせていたスマホが震えた。一通りの片付けを終えた後に確認する。見知った名前が画面に表示されていた。

『A組すごいじゃん!常闇もかっこよかったよ』

思いがけない文言に我が目を疑う。そこそこ旧知の仲ではあるが、巫山戯て冷やかすような女子ではなかった。
“個性”ではなく俺自身宛てだとすれば初めて目にする言葉に、戸惑いがなかったといえば嘘になる。

「常闇さん、どうされました?」

どう返信すべきか──或いは返信自体するべきなのか──悩んでいると、八百万が不思議そうに問う。表情に表れていただろうか。

「……いや、何でもない」

安易な行動は避けるべきである。
俺は問題を先送りにし、スマホを元のポケットにしまった。

「おいおいおい分かってんな普通科〜〜!」

皆のところへ戻ると峰田が下卑た笑みを浮かべながら騒いでいる。概ね女体絡みのことだろうと思えばいつものことだが、今日ばかりは幾分訳が違った。

「上鳴ィ!メイド喫茶だってよメ・イ・ド喫茶!」
「マジで!どこ!行こうぜ行こうぜ!」
「ミスコンの後に直行すっぞ!」

つい先日耳にしたばかりの言葉に思考が止まる。
「好きだねえ君ら」という瀬呂の傍ら「他クラスで変なことしないでよ!」と言う耳郎。普段通りの峰田の姿に普段通りの反応をするクラスメイトのやりとりを見ていると、隣にいた蛙吹が「常闇ちゃん、どうかした?」と不思議そうに言う。
いや、特に何も……と我ながら歯切れの悪い返事をする。
背後から葉隠が「もしかして常闇くんもメイド喫茶に興味あり!?」と余計なことを言い、学友の視線が集中する。全くもって遺憾だ。

「くだらん催しだが──ただ、知り合いがいるだけだ」

「知り合い!?まさか女子!?メイドの!?彼女!?」と芦戸。色々と勘違いをしている。
「おおおおおおおま常闇ィ!お前はコッチ側だと思ってたのに!」と上鳴。妙な徒党に巻き込むな。
「ハァーーー!?チッキショー!これは寝取ルグァッ!?」と、峰田のこめかみに蛙吹の音速の舌が刺さる。
──奴らが向かう以上、獣物を野放しにするわけにはいかない。スマホを取り出し、宮下宛にメッセージを打つ。

『すまない。約束を破る』

送信完了するのを見て、再びポケットに押し込む。何と返信が来ても動じないよう、通知は切っておいた。


****


「来ないって言ったじゃん!」

そう言って凄む宮下は、表情よりもその風貌に凄みがあった。
皆が期待したエプロン姿は、フリフリではなくボロボロである。黒いワンピースはミニスカートであるものの、裾が破られていて短くなっているだけだ。剥き出しの素足の瑞々しく艶やかな白肌は見る影もなく、数多の傷が痛々しい。
どういうことだ、と訊ねる前に教室内に堂々と掲げられる文字列が目に入る──「冥土喫茶」と銘打たれたそこは、文字通り地獄の様相を呈していた。

「こんな格好、恥ずかしいに決まってるじゃん……」

違う。俺──もとい、皆が求めていたのは別の羞らいである。

「残念だったなぁぁぁぁあああああ常闇ぃぃぃいいいいいいい!!!!!!!!」

背後から般若の形相で峰田が血涙を流している。その横で「いや残念がってんの完全にお前だろ」と上鳴。
──残念。残念か。ある視点から見ればそうなのかもしれないが、どこか安堵している自分もいるのは確かだ。

「……なんでこんなものやろうとしたんだ」
「そんな言い方しないでよ。ヒーロー科に負けないようにって、みんな躍起になってたっていうかさ」
「すまない……」
「やだな、謝んないでよ。常闇のせいじゃないし。ま、インパクトあるでしょ」

傷と煤だらけの顔で宮下はけらけらと笑う。
成る程、確かにインパクトは十分だ。このような旧友の姿はこの先見ることはないかもしれない──などと、間違っても本人の前で言えるはずもないが。

「どうせなら楽しんでってよ。ほらほら!まもなく三途の石積みゲームが始まりますよ〜」
「なんだそれは」
「もたもたしてたら石倒しちゃうからね〜。ほら、エントリーエントリー!」

宮下に背中を押されるがままに、よくわからないゲームに参加させられる。楽しめたかと言うと微妙なところだが、積み上げた石を無情に崩す宮下が楽しそうなので何も言わないことにする。

「冥土の土産コーナーもあるから見てってね」
「冥土の土産とはそういう意味ではないのでは」

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