となりを歩く。それだけで考えていることがわかればいいのにと、つねづね思う。
右どなりを歩いているのは、感情の起伏がなかなか表れない男の子。わたしの一挙一動に頷いてくれるけど、内心どう思っているかなんて分かったものじゃない。
ポーカーフェイスを魅力的に感じながらも、一方で不安を感じるのは、ただのエゴなのだろう。
きっと、彼のとなりを歩く限り付きまとう感情なのだと覚悟している。それは恐ろしいことだけど、喜ばしいことでもあるのだ。
そんなことを考えていると、彼は大きい目でわたしをジィッと見つめた。こちらは彼の頭の中が分からないというのに、その目はわたしの何もかもを見透かしているようだった。
いっそのこと全て伝わってしまえばいいのに。
思わず足を止める。ほぼ同時にとなりの足音も止まる。つかの間の静寂に、自分の鼓動だけが響く。
「どうしたの」とも「行こうよ」とも言わずに、わたしを見つめる彼の頬にそっと右手で触れた。暖かくはなってきたが、まだまだ春には遠い気候。冷たい空気にさらされた頬は案の定ひんやりとした。
ぴくり、とわたしにだけ感じられる反応が嬉しかった。それが恥じらいなのか喜びなのか、はたまた嫌悪なのかは分からない。けれど、振り払うようすのない彼を見て「嫌」ではないのだろうと思うのは、うぬぼれだろうか。
「つめたいね」とだけ言うと彼はただ頷いた。それを合図に手をそっと離す。広がる距離がただただ切なかった。
こんな気持ちになるのなら触れなければいいのにと我ながら思う。しかし、僅かな反応と熱の伝達がどうにもいとおしい。
ふと思い出したように、彼は鞄をあさり一冊のノートを取り出した。見慣れた大学ノートは一昨日わたしが手渡したばかりのものだ。渡したときより文字数が多くなって返ってきたのだと思うと、顔がほころんでしまう。
交換日記をしてほしい。そう言ったとき、彼は何を思ったのだろう。「ダサい」とも「幼稚」とも言わず静かに了承してくれたが、嫌嫌書いているのなら止めてしまったほうが彼のためにもわたしためにも良い。
そんな不安などお構いなしに、彼は毎回きっちりと半ページを埋めてくれる。今日あったこと。部活の様子。お弁当のおかず。山本くんが先輩に怒られたこと。弧爪くんが何もないところで転んだこと。夕飯のメニューと自主練のメニュー。何気ない日のことを何気なく書いているだけなのに、それだけでわたしの心と欲求は満たされた。
特に期日は決めていなかったから三日か四日、下手すれば一週間以上返ってこないということを覚悟していたのに、彼はだいたい二日かけて書く。少し延びると「遅れてごめん」と書き始めるあたりに彼の繊細さと優しさが窺えた。次第にわたしも彼に合わせて二日後に手渡すようにしていった。
無表情の心遣いは嬉しいのだけど、部活の忙しい彼にとって負担になるのだけは避けたかった。

「福永くん、たいへんだったら遅くなってもいいからね。なんなら、やめちゃっても」

いいよ、と言う前にぐいとノートを押し付けられた。差し出されたノートを受け取ると、彼の手はそのままに首を横に振る。口は堅く閉ざされたままだというのに彼の言葉はしっかりと聞こえる、気がする。
いい加減、うぬぼれてもいいのだろうか。

「分かった。ごめんね」

彼はそっと手を離した。まだノートに温かみが残っている。頬の冷たい福永くんの、熱。
チラリと目を通すと、「テスト前に数学のノートを貸してください」という最後の一行が目に入った。
思わず笑みをこぼすと、彼の手がわたしの手に触れた。交換日記を目の前で読むのは反則だと訴えるようだったので、ノートを鞄の中へ大切にしまった。
わたしが歩き出すのと同時に、また二人ぶんの足音が鳴り出す。二人ぶんのリズムを感じる。彼の鼓動とわたしの鼓動。何気ない伝達に心が弾んでいる。
彼もそうだと嬉しい、なんて。

その夜、わたしはノートを開いて、新しいページの半分を埋めた。
昨日のごはんと今日のごはん。寝坊をしたこと。部活で怒られたこと。この前読んだ本が映画化すること。体育館を覗いたら福永くんがいたこと。
テスト前にいっしょに勉強しようね。と、最後にそう書き記した。

:::::::20130206
20180521 加筆修正・「Eimy」さまへ提出
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