仮免の二次試験までのわずかな余暇。
僕はというと、上鳴くんと峰田くんにわけのわからない理由で責めら立てられていた。先ほどの士傑生に嫌と言うほど怖い思いをさせられたのが羨ましいらしい。たしかに彼女は、は……裸になったし、「僕のことを知りたい」なんて言う女性に会ったのは初めてだったから普通は喜ぶべきなのだろう。
だが怖い。
怖すぎる。
詰め寄り方が尋常じゃなかった。わざわざ試験中に迫ってくるのもわけがわからない。
だから2人の言う「良い仲に進展した後男女がコッソリ交わす挨拶のヤツ」というのをされても、正直なところ恐怖でしかない。少なくとも僕はそんなんじゃない。

「え?」

それは一瞬の出来事だった。
少し離れたところにいた常闇くんの目の前に突然人が現れたのだ。驚いた顔をした常闇くんを意に介さず、その人は常闇くんに思い切り抱き……抱きついた……!?

「ふみかげーーー!!」
「なっ」

全体重をかけているんじゃないかってくらい力強い抱擁に、常闇くんは思いきり体勢を崩す。が、ぎりぎりのところで耐えた。咄嗟に黒影でフォローしたのはさすがだと思う。
「よせ!」と言う常闇くんに反応して、黒影が相手の襟首を掴み引き剥がす。反動で黒い帽子が床に落ちた。あれは、士傑高校の制帽じゃないか。

「わっ黒影大きくなったね! 久しぶり!」
「より子……」

まず目に入ったのは大きなツノだった。羊のようなツノが顔の横で円を描いている。短めの白い髪に大きな瞳。声のトーンからしても間違いなく女の子。
士傑に知り合いがいたのか……などと考えていると、目の前にいたはずの2人がいつのまにか消えていた。

「常闇ィイ! 貴様ァ!」
「緑谷に続いてお前もか裏切り者ォ!」
「緑谷? 何の話だ?」

そこで僕の名前を出すのか。裏切り者とはひどい言われようだ。
常闇くんが困ったような顔でこちらを見たので、助け舟のつもりで話しかける。

「常闇くんの知り合い?」
「彼女は──」
「そうだよ、宮下より子です! あなたたちみんな雄英生? だったら踏陰のお友だちだ! よろしくね!」
「う、うん! えっ、わっ」

常闇くんの発言を遮った彼女は、僕の手を握りブンブンと力強く振る。なんだかデジャブを感じるが、さっきよりも勢いがすごい。「手の傷すごーい」なんて言いながら、すごい勢いで振る。
聞けば、彼女は中学に上がる頃にご両親の都合で転校した幼なじみらしい。女子の中でも仲の良い方で、お互いヒーローを目指していたこともあり意気投合。別れ際に必ずヒーローになると誓い合ったという。すごい青春の1ページだ。
「ただ、必要以上に騒々しい」と常闇くんは目を細めて言う。

「まさか士傑に入っていたとは……いや、“個性”を考えれば必然、か」
「踏陰もほんとに雄英に行ったんだね! すごいすごい!」
「頭を撫でるのはよせ」
「踏陰、背伸びた? 伸びたでしょ!」

常闇くんは返事をしなかったが、ちょっと嬉しそうな表情をしている気がした。
すぐ隣では「幼なじみ要素全開かよお」「断固許すまじ」という禍々しい怨念が渦巻いている。べ、別の話題を振らなきゃ……!

「そ、そうだ! “個性”! 士傑に入るほどの“個性”ってどんなのか気になるな……!」

そう、常闇くんが一目置くほどの“個性”だ。きっとすごいに違いない。先ほど突然現れたのがそれだろうか。というとテレポート系?だとしたらすごいぞ。レアだし、使いこなせているとなると相当の実力者だ。常闇くんが言うように、士傑に入ったのも頷ける。テレポートができるとして発動範囲はどれくらいなんだろう。麗日さんみたいに、自分以外に発動させることも可能なのかな? うーん気になることがいっぱいあるぞ……一次試験で見られたら良かったんだけど、次の試験で見ることはできるだろうか……勿論試験に集中するけれど、こういう時に周りの“個性”をじっくり見られないのは残念だな。そういえば、あの大きなツノも気になるけど、身体的特徴なだけかもしれないし──

「なんかすっごいブツブツ言ってるよ。彼大丈夫?」
「案ずるな。奴の芸当のようなものだ」
「あっ、ごっ、ゴメン! つい……!」
「踏陰の友だち、楽しい人ばっかりね!」
「笑止」

思わず癖が出てしまったが、なんだか好意的に受け止めてくれたようだ。
「士傑こっち来てんぞ」と言う切島くんに続いて、宮下さんを呼ぶ声が聞こえた。

「宮下、あまり単独行動をするな」
「あっモジャモジャ先輩に呼ばれてしまったので行かなくっちゃ!」
「モジャモジャ先輩……」

僕の後ろを見る宮下さんにつられて振り返ると、本当にモジャモジャとした先輩がいた。何歳かはわからないが、威厳的に。

「今朝、ヒーロースーツ忘れて遅刻しちゃったから今日はもう勝手なことできないの。踏陰、またあとでね!仮免取って会おうぜ!!」
「勿論だ。互いに奮闘努力し、掴みとるぞ」

力強く拳を握る宮下さんに、常闇くんは頷いて応える。
2人は友人であると同時にライバルなんだなと思った。


◇◇◇◇◇


「ふーみかげ!」

再び宮下さんが襲来したのは、帰りのバスに乗り込む頃だった。
常闇くんの目の前に現れたかと思うと、全力で抱きつき、黒影に引き剥がされる。ここまでがセットの流れのようだ。
あまりに大胆な行動にこちらがドキドキしてしまうのに、常闇くんは相変わらずポケットに手を入れたまま凛と立っている。
ヒーロースーツから制服に着替えた宮下さんは、まるで普通の女の子だ。

「踏陰仮免取れたんでしょ! すごいすごい!」
「オレのオカゲだゼ!」
「黒影すごいすごい!」
「無論、お前もだろう」
「無事合格しました! 褒めて!」
「さすがより子スゴイスゴイ! エライ!」
「やった〜!」

……という具合に、常闇くんの横で黒影と宮下さんがじゃれあっている。いつも陽気な黒影だけど、まだ日も暮れていないのに三割り増し元気なのは、きっと気のせいではないだろう。

「黒影すごかったね! 行動範囲伸びてたし、なんかすごい技出してた! 頑張ってるんだね」
「ダロ〜」
「まだまだだ。より子も移動距離伸びたか? 位置も正確になっている」
「えへ、まだまだだよー!」

黒影を抱きしめながら嬉しそうに話す宮下さんと常闇くん。
轟くんの元から走ってきた夜嵐という人が、大声で宮下さんを呼んだ。

「宮下、早くせんとバス行ってしまうぞ! また置いてかれるぞ! てか置いてく!」
「えー! それはやだ! 行く! ……もう行かなきゃ。じゃあね、踏陰、黒影……次会うときは、踏陰よりも強くなってんだから!」
「フッ……それはどうだろうな」

ふっ、と消えたその直後。

「ふいうち!」
「なん……!?」

文字通り一瞬で背後に移動した宮下さんが、常闇くんを後ろから抱きしめる。

「ふふ。またね、踏陰。ぜったいだよ」

そう呟いてまた、ふっ、と消えた。
「かいせいさんめい」と、常闇くんが難しい言葉を呟く。少しだけ、口角をあげて。
その後ろに、阿鼻叫喚と血涙の地獄のような光景が見えたけど、とりあえず見なかったことにした。

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:::::::20190303微修正
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