「いちたすいちは」
「ニ!」
「さんじゅういちひくにじゅうよんは」
「ナナ!」
「いちおくごせんとんでよんじゅうろくかけるにひゃくきゅうじゅうきゅうは」
「もうイッカイ言エ!」
「忘れちゃった」
「フミカゲ〜」

フミカゲ〜ではない。
常闇は言い出しかけた言葉をグッと飲み込み、目を細めるに留めた。
自分の分身とも言える黒い相棒が、あれほど陽気で人懐っこいことに眩暈を覚える。
しかし、己の意思で動かせる彼は間違いなく常闇の“個性”であり彼自身なのだった。

「やっぱりシャドウちゃんかわいいなあ。かわいいなあ。シャドウちゃんほしいなあ」
「黒影は愛玩動物ではない」

素っ気なく言う常闇を気にも留めずに、宮下は黒影の頭を撫でまわす。黒影はといえば撫でまわされるがままでは飽きたらず、あろうことか自ら黒い体を擦りつける。飼いならされた犬のように、もっともっととねだっては甘える。漆黒ヒーローの面目丸つぶれである。まだヒーローの卵の身ではあるが。
常闇が思えば、黒影をその身に戻すことができたが、そうはしなかった。

「こんなにかわいいのに、夜はあばれん坊だなんて信じられないねえ」
「ダロ〜」

得意げになっている黒影の傍ら、常闇は目を瞑り無心に努める。
彼女の言うとおり、昼と夜──厳密には明るさによるものだが──では別人格のような素振りを見せた。闇が深まるほど彼は獰猛になり、口調も行動も荒々しくなる。
彼女は知っているはずだった。
危険な目に何度も会っている。黒影だけでなく、常闇自体が恐怖の対象であってもなんら不思議ではない。
しかし、彼女は変わらず常闇との交流を続けるし、黒影とは過剰なまでに親交を深めている。もはや“個性”との関係ではないのではないかと、余計な懸念が浮かぶ。

「あたしがピカッて光る感じの“個性”だったらよかったのに」
「そんなの嫌ダヨ」
「でも、いざとなったら踏陰を守れるもの」
「俺だって守ルゼ」
「じゃあ一緒に守ろうね」
「どうしてそうなる」

思わず口を挟んだ。
何か言いたげな黒影を抑えて、常闇は続ける。

「ヒーローは守られる存在にあらず。俺は──守るべく切磋琢磨している。何にせよ、お前の“個性”は光を照らすものではないだろう」
「うん。でも、ほんとのほんとうにだめってときはさ……ほら、グラウンドとかにあるピカッとするやつでめちゃめちゃ明るくするから!そしたら踏陰も平気でしょ」
「……投光器、か?」
「それ!」

「やだヨォ」と唸る黒影を抱きすくめ、まるで赤子をあやすように、よしよしとなだめる。

「踏陰はみんなを守ってくれるから、わたしが踏陰を守るからね」

──そういうことではない。
黒影を戻す機会を失い、途方に暮れる。
眩いばかりの笑顔に、彼のホンネはどうしてもかき消されてしまうのだった。

:::::::20181105
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