踏陰は目眩を覚えた。
突然襲われたかと思うと、自分と瓜二つの少年が現れ、さらに自分を父親と呼ぶのである。
踏陰はやっとのことで言葉を絞り出した。

「……ちょっと待て。それはどういうことだ」
「どうもこうも、そのままの意味だよ。パパ」
「その呼び方はやめろ」

子を授かった覚えはない。当然である。踏陰は高校に入ったばかりの純朴な青少年である。子をもうけるどころか、その相手すらいない。
それなのに、どうやって冷静でいられようか。
しかし、踏陰は冷静になれと己に言い聞かすのだった。

「どこの子どもだ?父親とはぐれたのか?交番ならすぐ近くにあるが、わからないなら連れていってや」
「ほんとにわかんないの?パパって思ってたよりずっと勘が悪いや」
「その呼び方はやめろと言っているんだ」

彼にしては珍しく強い口調で言うが、少年はけろりとした様子で目を丸くさせる。先ほどまでの鋭い眼光が嘘のようである。年相応に可愛らしい表情を見せる少年を前に、踏陰の脳裏に冗談のような仮説が浮かんだ。

「……じゃあなんだ。おまえは未来から来たとでもいうのか?」

あくまで冗談めかして言うが、少年の目は途端に輝きを増した。

「うん!そうだよ!信じてくれる!?」

まさか、と思った。だが、嘘を言っているようには見えない。
仮に、百歩譲って、何らかの奇跡が起きたとして、あくまでも仮説として、ほんとうに、未来から来たとする──ここまで考えても、やはり「何故」「どうやって」という考えばかりが浮かぶ。

「……おまえが、ほんとうにおれの子どもだったとして」
「として、じゃなくてほんとうなのにー」
「どうやって来たんだ。というか何しに来たんだ。冗談だったとしてもふつうじゃない」
「冗談じゃなくてほんとうなのにー」
「おれは真面目にきいているんだ」
「じゃあマジメに答えるよ。ママの知り合いに時間移動ができる人がいてね」
「それは……」

大変な個性である。まだ「タイム・マシーン」のほうが現実的ではないかと彼は思う。
しかし、その個性を否定するほどの知識や経験を踏陰は持ち合わせていなかった。ましてや──少年の言い分を信じるとすれば――未来の話なのである。この世界のどこかに、あるいは未来に、時間軸を自由に行き来するような個性があっても、不思議ではない。
冷静でなくなりつつある頭で、そんなことを考えた。

「そんなすごい個性でもって、何故こんな過去に来たというんだ」
「それは……ええと……」

滔々たる口弁の歯切れが突然悪くなった。怪訝に思いながら、踏陰はじっと見つめて発言を促すと、観念した少年は重い口を開いた。

「……ぜったい怒んない?」
「聞いてもないのに判断はしかねる」
「怒んないって約束してよ」
「なんなら今怒ったっていいんだぞ」
「おれにじゃなくて、ママに対してだよ」
「おまえの母親が誰だか知らんのに怒れるか」
「えっ!」

少年は再び素っ頓狂な声をあげ、間の抜けた表情を浮かべた。

「だ、だって、ママってパパの奥さんだよ?」
「当然だ」

決して当然ではないが、踏陰は応えた。
少年は見るからに動揺している。おかしいな、いやまさか、と問答を繰り返し再び踏陰に向き直った。

「今日って、パパがママにプロポーズする日じゃないの?」

絶句した。
嘴をぱくぱくと開閉させるが、出てくるべき言葉はなかった。
目の前の少年は目をぱちくりとさせ、首を捻る。どうやら、ほんとうにそう思い込んでいるらしい。

「……おまえ何か勘違いしてないか。おれはまだ高校生で、そのようなことは──いや、おまえの言う母親など検討もつかないが……」
「え……ええ?ええと、もしかして、くる時代を間違えた?」

その一言で、踏陰はようやく状況を理解した。つまり、彼は時間移動の能力で両親のプロポーズ現場に居合わせるつもりが、あろうことか随分過去に来てしまったらしい。
自分の将来など知り得ないが、彼が来るはずだったのはもっとずっと未来だったのだろう。踏陰はむりやり納得をした。
信じられない話だが、信じようと信じまいと目の前の少年は未来から来たと言い、自分を「パパ」と呼ぶ。変えようのない事実があるのだから、真実である体で話を進める必要がある。

「おれの──というか、両親の婚約の日に来てどうするつもりだったんだ。まさか、興味本意で過去に来るなんてことはないだろう」

腕を組み、見るからに悩んでいますという姿勢をとる。ややあって、「パパだけどまだパパじゃないし、ま、いっか」と呟き、一呼吸置いて話しはじめた。
それは、再び踏陰の言葉を失わせるには充分すぎる話だった。

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つづきます
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