好き勝手捏造、いろいろ注意。




時刻は午後6時をまわる夕闇のころである。
帰路を辿っていた踏陰は、自宅近くの人通りの少ない交差点で赤信号につかまった。自転車にまたがったまま、暫しの間ぼんやりと虚空を見つめていると、ふいに後ろから声をかけられた。

「おまえ、ツクヨミだな」

子どもだった。
黒いフードを目深にかぶり、大人用の大きなマスクが顔を覆って、表情が見えない。しかし小柄で華奢な体格と、声変わりのしていない少年の声色は、恐らく中学生に満たない年頃だろうと踏陰は思った。
その子どもが、フードとマスクの隙間からじっと踏陰を見ている。鋭い眼光を受けて、思わず立ち竦む。
何より、彼の言う「ツクヨミ」というのが引っ掛かった。まだ家族にすら話していないヒーロー名を、どうして見ず知らずの子どもが知っているのか。
何と返すべきかと言い淀んでいると、少年が訝しげに呟いた。

「あれ、ツクヨミじゃなかった?……そんなはずないよな。ちゃんと確認したもんな。おまえ……ぱ……ええと、常闇踏陰だろ?」
「……そうだが」
「やっぱりな!人違いだったらどうしようかと思った!」

途端にガッツポーズをつくってはしゃぐ様子に、踏陰はさらに戸惑う。
端から見れば、ただの子どもである。しかし何か言いようのない気味の悪さがあるのだった。

「おまえは誰だ?おれに何か用か?」

最小限の疑問だけを絞り出すと、少年はニッと目を細めた。

「よくぞ聞いてくれたな!もちろん用はある!けど、その前に──」

言いながら右手を掲げて地に付ける。
こいつは何か企んでいる──身構えた踏陰は咄嗟に黒影を呼び出したが、何の気配も感じられず不気味な静寂が流れるのみである。
少年は屈んだまま微動だにしない。
信号が青に変わるのを横目に見た。しかし、この場を離れるわけにはいかなかった。

「……何だ?」
「油断大敵だよ!下を見てみなよ!」

言うが早いか、突如、背後から足を掴まれる。足下を見ると影から伸びた黒い手が、踏陰の足をしっかりと捕らえている。

「なにっ!?」

咄嗟に離れようとするが、細い指は堅く握り離そうとしない。強く引っ張られ体勢を崩すも、なんとか黒影で体を支えた。自転車は強い音を立てて倒れた。
黒影の力で無理やり引き剥がすと、影はみるみるうちに存在を増し、踏陰と同じ背丈になる。
──これは、おれか?
踏陰は目の前の影を見て思う。実体を持った影は踏陰の姿かたちを模していた。

「これがおまえの個性か!」

踏陰に向かって手を伸ばす影に黒影で対抗する。先程の力強さが嘘のように影は簡単にかき消された。しかし、黒影の抵抗を嘲笑うかのように、何度打ち消そうが影は現れた。

「ムダだよ。光が当たれば、影はできる。誰よりも知ってるはずだろ。逃げ場はないよ」
「成る程。ならば……!」

黒影は再び踏陰を模した影に突進する。

「ムダだってば!」
「無論、承知!」

影が再生するより早く黒影は疾走する。目標は数メートル先に跪く少年である。
再生した影に腕を掴まれたが、黒影の動きは止めなかった。

「ぎゃっ──」

黒影に服を捕まれ、少年は頓狂な声を出す。軽い体は難なく持ち上げられ、あっという間に空中に放り出された。
腕を掴んでいた影は力を失い、地面へと帰る。

「ふむ、やはり地に接していないと発動できないのだな」
「なにすんだ!ちくしょう!」
「おまえのことは知らんが、おまえの個性は姿を現さずに発動させたら相当強力だろうな。目立ちたがりが仇になったか」
「うるさい!は、はなせ!」
「いいのか?このまま放したら落っこちるぞ」
「やだ!でもはなせぇ!」

少年は宙ぶらりんになった手足をばたつかせる。黒影を叩いては蹴るものの、彼が放す気配はない。

「何も、とって食おうと言うんじゃない。しかし、正体は見せてもらうぞ!」

黒影は嘴で素早くフードとマスクを切り裂いた。

「……は?」

今度は踏陰が素っ頓狂な声をあげた。
素顔を現した少年は悔しそうに目を細める。

「あーあ、ばれちゃった」

黄色い嘴から、そのような言葉をもらした。
鏡を見ているような気分だった。それは過去を映す鏡である。
嘴は色素が薄く、頭髪は少し赤みがかっている。しかし、逆立つ頭髪に覗く眼光は、たしかに幼いころの踏陰を思わせた。
世の中に同じ顔は3人いるというが、その類いだろうか──と踏陰は考える。そう思わずには冷静でいられなかった。

「……おまえは誰だ。一体何のようだ」
「あれ、気づかない?パパってけっこう鈍いんだね」
「は?」

思わず目を丸くさせる踏陰に、少年はまた目を細めた。嬉しそうに弧を描く三日月型には、漆黒の瞳が輝いた。
信号は再び赤を表示していた。

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