「宮下に頼みがある。不可能ならば断ってくれて構わんが、一応聞いてはくれないか」

真剣な眼差しでそんなことを言うものだから、思わず背筋が伸びた。
放課後の、人気のない廊下に呼び出されただけでわたしの心臓は暴れまわっている。目の前の、常闇くんに気づかれなければいいのだけど。




「放課後、時間あるだろうか」

そのようなメールが送られてきて、わたしのテンションは朝から爆上がりだった。
送り主は、小学校から知っている常闇踏陰くん。彼がわたしをどう思っているかなど存じないが、わたしにとっては密かな憧れの人。
同じ高校に進学するということから、成りゆきで(ここには友人たちによる様々なお節介が含まれる)アドレスを交換するに至ったが、実際に連絡を取り合ったのは一番最初のやりとりと、入学式のときのみ。
でもそれだけで満足だった。わたしには十分すぎる思いでで、言うなれば第2ボタンみたいなものだ。これ以上何を望むというのか。
ところが、わたしの望む望まないに関わらず、彼の人から連絡が届いてしまった。それも何の予兆もなしに。反則だ。
勿論、という返事が秒で浮かんだが、あまりすぐに返信しても気持ちわるいように思えたので、きっちり十分間の瞑想を経て当たり障りない返信をした。

そういうわけで、今日一日は気が気でなかった。
友人からは「様子がおかしい」だの「早退したほうがいいのでは」だのと口々に言われたが、今日だけは何があっても帰ってはならないのだ。
こっそり会いに行こうと思っていたのに、堂々と普通科の教室を訪ねられたときは間違いなく心臓が止まった。
彼は有名人だ。ヒーロー科というだけでも周りの注目を集めるというのに、先日の体育祭で総合三位に輝いた人物なのだから。
ヒーローの卵の襲来にざわつく普通科を後にするのは、さすがに心が折れかけた。友人にも「どういうことだ」という表情をされた。どういうことなのか、それはわたしも知りたいのだった。
常闇くんはというと、終始涼しい顔でわたしを呼ぶ。こんな夢みたいなことがあっていいのだろうか。
激しい動悸とたたかいながら常闇くんの背中を追って歩いた。



こういった経緯があって、冒頭に至るのである。

「……き、聞くよ……!」

絞り出した声は我ながら頼りなかった。
気まずそうな表情を浮かべている常闇くんはたいへんめずらしい。それだけに嬉しい反面、へんな緊張感に襲われる。

「……こんなことを言うのもおかしな話だが」
「う、うん」
「宮下は頭が良いな?」
「うん……うん?」

一呼吸おいて何を言うかと思えば、彼はほんとうにおかしなことを言った。
どう返すべきか答えあぐねていると、沈黙に耐えかねたように常闇くんが話す。

「いや、聞き方が悪かった。……つまりは、おれに勉強を教えてほしいんだ」
「勉強?」
「もうすぐ期末試験だろう。赤点など取らずに合格しないと、夏の林間合宿に行けないというのだ。……頼まれてはくれないか」

「えっ、でも、なんでわたし?」──などと口走ったが、本当のところ嬉しすぎて昇天しそうだった。今日が命日でも一向にかまわないくらいだ。

「中学の頃から、宮下はよく友人に教えていただろう」
「えっ」
「それを思い出した。同じクラスの者はそれぞれ自主学習で切羽詰まっているから、なかなか頼めん。……勿論宮下の邪魔になるようなら──」
「ぜっぜぜん!そんなことない!大丈夫!まかせて!」

思わず常闇くんの言葉を遮ってしまった。
きりっとした目を丸くして、「すまない」と囁く。珍しい表情に、胸が締め付けられる。
冷静にならないと、また変なことを言ってしまう。冷静に、冷静に……。

「宮下」
「は、はい」
「ありがとう」

常闇くんの、かっこいい嘴の端がきゅっと上がった。
神様、いま死んでもいいくらい幸せですが、期末試験までは行き長らえさせてください。

:::::::20161117
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