兄さんが困った顔をしている。
はたから見れば、あまりにも代わり映えのない仏頂面だけど、ぼくにはわかる。あれはとても困っている。
「一輝」
はっきりとした口調で、より子さんは兄さんを呼んだ。
真剣な表情。彼女はいつだって真剣だ。真剣に兄さんを呼んで、兄さんに話しかけて、兄さんと笑いあえる人。これもぼくにしかわからないらしい。はたから見れば、兄さんはいつも仏頂面なのだった。
「一輝」
怒っているようだった。いつもより、強い言い方をしている。
兄さんは知らぬ顔をしている。これはいつもの反応。兄さん流の対人術。
ふつうなら、みんなここで諦めるか、怒る。
一輝はこういうやつだ、って。
いい加減にしろ一輝、って。
けれどより子さんはそのどちらでもない。どちらでもないから、兄さんは戸惑っている。
「人の話を聞くときは、ちゃんと目を見なさい」
あまりに簡潔に、ピシャリと言い放つので、星矢も氷河も紫龍も沙織お嬢さんも、兄さんですら呆気にとられた顔をした。
「一輝」と、またより子さんが言う。
兄さんは、無言だったが、姿勢を改めてより子さんに向けた。ちゃんと目を見て、より子さんのようすを窺うように。
「よろしい!」
より子さんは、満足そうに笑顔を浮かべて言う。「いい子ね!」
「それは余計だ」と兄さんは不服そうな声で言うけど、まんざらでもないんじゃないかっておもう。よかったね、兄さん。
「ほう。一輝は、あれに弱いのかね」
後ろで、興味津々な声が聞こえたけれど、兄さんの名誉のために黙ることにした。
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