「踏陰とちゅーするの、きっとたいへんね」

そう言って、より子は踏陰の黄色い嘴を撫ぜた。
抵抗がないのをいいことに、好き勝手に撫でたり掴んだりを繰り返すと、彼は怪訝そうに目を細める。それを見たより子もまた目を細めた。三日月のように、満足げに。
踏陰は嘴の汗ばんでいるのを気にしたが、彼女は大して気にも留めていないようである。それどころか、自分の首筋に滲んだ汗すら気にせずにいる。彼はそれが気になって仕方ないというのに。
八月の太陽が空高く昇っていた。
一応の日陰へと避難していた二人だったが、温く湿気の含んだ空気がまとわりつき、じっとりと汗ばむ。時おり流れる風も、涼を取るには物足りないのだった。
嘴を弄ばれながらも、踏陰は目を合わせようとしなかった。しっとりとした肌にくっきりと浮き出る鎖骨が嫌でも目に入るからだ。

──嘆かわしい、嘆かわしい。

そうやって、彼は己を卑下する。
邪な思惑などありはしないが、かといって純情でいられるほど幼くもない。当然と割り切れば良いのに、できないから決まりが悪い。
無垢な好奇心はいつも彼を悩ませるのである。
より子は指の腹を使って嘴の頭をとんとんと叩いた。

「ね、どうなの」
「何がだ」
「やだ、聞いてたでしょ。むつかしい?たいへん?」
「さあな」
「そうやって、濁して」
「接吻など、考えてするものではない」
「へえ……!」

半ば面倒になっただけなのに、むしろ彼女の興味を引いてしまったことに踏陰は頭を抱えたくなった。
彼としては、できれば、まだ何も知らない少女でいてほしかった。しかし、彼女が「何も知らない」と信じていたいだけなのではないかと思うと、気が気でない。
「もう止しなさい」と手を引き剥がす。不満げな声を聞き流すものの、隙を見計らっては触りたがった。
小さな力が拮抗した結果、二人の手は繋がれたままになる。

「より子」
「わかんない?嫉妬してるのに」
「嫉妬?誰が?」
「もういいですー」

ぷいとそっぽを向くより子に、踏陰は首を捻る。しかし彼の手は握られたままだった。

「そう拗ねるな。黒影を出すから」
「こんな日にシャドウちゃんを出すのはかわいそうよ」
「日陰なのだから問題ない。それに、日の光など、もはや大した驚異ではない」
「シャドウちゃんを出せば、機嫌が直ると思っているんでしょ」

図星である。踏陰は閉口した。
より子は、ふふふと含み笑いをして向き直る。おもむろに立ち上がり、そして、嘴の頭に唇を落とした。

「子どもだなんて思ってたら痛い目みるんだから」

そう言って、また顔を逸らす。
唖然とする踏陰だったが、少女の顔が赤く染まっていることに、一先ずの安堵を覚えるのだった。
:::::::20160824
わはは
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