長い長い午前授業が終わって、ようやく待ちに待った昼休みだ。
午前中の座学は、普通科などとなんら変わらないフツーの教科。昔から勉強は大して好きではなかったから、お昼前だというのに眠くて眠くて仕方がない。
中学生の時は、寝ちゃっても全然バレなかった。なんせ見えないのだから。寝てようが起きてようが、先生からすればわたしは透明人間。バレる心配がない。
それなのに、高校の先生たちには大体バレる。今日も、ぼんやりと微睡んでいたら「葉隠、寝るなよー」と怒られてしまった。後ろから「寝てたのかよ」って聞こえたのが面白かったから、やっぱり見えていないはずなのだ。さすがは現職ヒーロー。
ふつうはお昼後のほうが眠くなるはずだけど、午後からの授業は眠くなる暇なんてない。むしろ、お昼ご飯をしっかり食べないとバテてしまうのだ!食べねば!
──と、振り返ると響香ちゃんと目が合う。一緒に食堂行こうの合図だ。
わたしは頷いて(それが見えないのは分かっているけど)席を後にした。

教室から出ようとしたところで、見慣れない女の子に気づいた。前のドア付近から少し離れて、チラチラと教室の様子を見てるようだ。響香ちゃんも同じなようで、「あれ……あの子、知ってる?」と言う。
ううん、知らない。どこの子だろう?
そういうわたしらのやり取りに気づいた尾白くんや上鳴くんも「誰かの知り合いかな?」「誰の彼女だー?」と口走る。
狭い教室。女の子のことはあっという間に広まって、クラス中の視線が集まった。
もじもじしていた女の子は、視線に気づいて顔を赤らめた。そして、わたわたしながら後ろを気にしている。どうやら、他にも女の子たちがいるようだ。がんばれだの、気合いで行けだの聞こえる。
──あれ、これ、もしかして……。
響香ちゃんも、雰囲気を察したようで、「えっ、なになに、ちょっと、誰?」とまごついている。それは、わたしも知りたい。

「やあ。見かけない顔だけど、このクラスに用かな?僕で良」
「なになに誰に何の用〜〜〜〜!?」

入り口に一番近い青山くんが声をかけたかと思うと、続いて三奈ちゃんが声を被せる。いつもの光景だけど、目の前にいるのはこのクラスの誰でもなく、頬を真っ赤に染めた知らない女の子。もぞもぞと話す声は聞こえなかったけど、三奈ちゃんの大声でクラスの視線がまた一点に集まる。

「常闇ー!この子が用あんだって!!」

それは、それまで我関せずを決め込んでいた常闇くんだ。腕を組みながらクールを装っているけど、瞼が大きく開かれたのをわたしは見逃さなかった。
「早く行けよ」だの「羨ましいぜ」だの囃し立てる声に、常闇くんはおもむろに席を立つ。「ウチ、めっちゃドキドキしてきた」と横から聞こえる。なんだかわたしもドキドキしてきた。ああこれが青春というやつだね…!

「何か用か」

常闇くんはあくまで冷静のようだ。

「あ、あの……体育祭で三位だった、常闇くん、ですよね……」
「ああ」

わあ、女の子顔真っ赤。
「え、ここで言うの?」と言う尾白くん。それもそうだ。公開告白にも程があるけど、まあ面白いからオッケーでしょ、と言うと「そうかなあ」と苦笑した。
女の子がもじもじしながら、口を開いた。

「あの、た、体育祭で見たときから……!」

ざわっと、緊張が走る。
クラス中が固唾を飲んで見守った。

「だ、」

だ?

「黒影ちゃんの!ファン!なんです…!」
「エエッ」
「ああっ本物!」

えー。
恐らくクラスがひとつになった瞬間だった。となりを見ると響香ちゃんがぽかんとしている。尾白くんも、上鳴くんも、たぶんみんな。
常闇くんは本人こそ動じていないようだけど、驚きが黒影に表れている。もとい、黒影が現れている。

「漆黒の闇を表したような黒いフォルム。期待に違わぬ強さ。そして何よりこの愛らしさ!ああっ素敵……。こんな近くで見れるなんて……」
「エッ、エッ」
「常闇くん、あなたの個性はほんと素晴らしいです……こんな愛らしい相棒、内に秘めているなんて羨ましい……研究したい……」
「フミカゲッ!」
「落ち着け黒影……畏れるな!」

うっとり、と頬を緩ませる少女に対して、心なしか後ずさる常闇くん。あんな彼は初めて見る。
──し、あんなグイグイくる女子もなかなかいない。
ふと彼女の背後を見ると、「やったねより子」「もう一押しだよ!」なんて盛り上がってる女の子たち。はたから見れば甘酸っぱい青春模様だけど、どうやらそんな可愛らしいものじゃないみたい。

「黒影ちゃんの美しくしなやかな躰……はあ、もう感動、感激です。あの、不躾ではありますが握手させていただいても……!?」
「……構わんが」
「カマッテヨォ!?」

「なんだー」と呆れる響香ちゃんだけど、心なしか楽しそうだ。ほかのみんなも面白半分で冷やかしている。
なんだかんだ握手している黒影もなかなかにカワイイ。その横で──

「……釈然とせん」

腕を組みながらクールを装っているけど、ぼそりと呟いたのをわたしは聞き逃さなかった。
:::::::20160713
20161120 加筆修正
黒影夢?
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