暑い。
思わず吐いた一人言を、より子さんは聞き逃さなかった。目を丸くして、不思議そうに見つめる。あまりにも長い間、何も言わずに見つめてくるので、少し恥ずかしい。この人に見つめられるのは、なんだか、すべてを見透かされているようでくすぐったいような気持ちになるのだ。

なんですか。たまらず、そう尋ねると、

「なんでもないけど」

なんて、はにかみながら答える。
なんでもないわけはないのだ。なにかなければ、おれの顔を、まじまじと見るような真似などしないだろうに。

「なんでもないこと、ないでしょう」
「氷河くんでも暑いんだなっておもって」
「は?」

暑いに決まっている。
連日迎える真夏日に、いい加減うんざりしていたところなのだ。外に出れば炎天下、夜になれば熱帯夜――とはいえ、時おりお世話になっている城戸邸は冷房完備のため、暑苦しい夜を迎えることなど滅多にないが、彼女の家の彼女の部屋は、冷房が行き届いていないというのだから驚きだ。一般人の、凍気の出せない彼女のだ。
日本の夏はこんなに暑かったのか。
雪と氷と猛吹雪に囲まれる生活をしてきたために感覚がずれているのか、日本人の感覚が狂っているのか。


「そんな涼しげな顔してるのに、暑いんだとおもっただけ」
「もちろんです」
「でも氷河くん、魔法が使えるんでしょ」
「ああ――」

魔法とは、おそらく小宇宙のことだった。一般人の彼女には小宇宙など感じられないだろうが、いつだったかおれが凍気を放つところを見られてしまったのだ。それ以来、言い訳をするのも下手に隠しだてするのもばからしくなってしまい、彼女の中で「魔法使い」ということになっている。無難な位置づけではある。

「すごいんだって聞いたよ。氷の魔術師なんだって、星矢くんが言ってた」
「……そんなんじゃない」

星矢め。
ここにいない友の悪びれない笑顔が浮かんだ。あいつはあいつで悪意のない本心を言ったにすぎないのだろうが、そう名乗れるほど、傲ってなどいない。そんなおこがましい真似、できるわけがないというのに。
おれの心情を知るよしもないより子さんは、瞳をいつになく輝やかせている。その表情がとてもかわいらしいので、まわりの空気をほんの少しだけ冷やすと、「わあ」と細やかな歓声が上がった。

「……暑いからって、あんまりやりたくないんだ。なんだか、頼ってるみたいで」
「見かけによらず、男らしいのねえ」

ふふ、と目を細める。あまりにも、可憐に笑うので、思わず目を背けてしまう。
温度を下げたはずなのに、なぜ再び暑くなってしまうのか。
こういう時こそ、クールに徹しなければならないはずだ。師も言っていたではないか。氷河よ、クールになれと。
クールになるのだ、おれ。
頼むから、顔の火照りよ冷めてくれ!
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