笑ってよ。
そう言ったのに、にこりともしないこの人は最高にかわいくない。
それどころか、いつも通りのしかめっ面をわたしに向けている。睨んでいると言ってもいいくらいだが、これは彼の素の表情であって、わたしに対して別段含むところがあるわけではない――はずだ。

「笑ってって言ったのに」
「なぜだ」
「この状態で、なぜってことはないでしょ」
「なぜだ」

彼の考えていることはよくわからない。よくわからないから、少しでも親しくなろうとカメラを向けているのに、それをわかってくれない。
表情も姿勢も変えないままの一輝に向けて、フラッシュを焚く。パシャッと鳴る瞬間、眩しそうに目を細めた。ざまあみろ。
眉間の皺をより深くさせた彼は「おい」と不機嫌そうに言う。

「笑ってくれないから」
「どっちにしろ撮っただろう」
「えへ」

短いため息をついたかと思うと、一瞬にしてカメラを奪われた。一瞬というのは、決して比喩じゃない。まさしく光の速さだった。変なところで本気を出す人だ。
ジリリ、ジリリとダイヤルをまわし、レンズをわたしに向ける。
あ、使い方知ってるんだ。そう思っていると――パシャッ――短い音が鳴った。笑顔の準備くらいさせてくれたっていいのに。
「何が面白いんだ」と言い捨てて、カメラを乱暴に寄越される。撮っておきながらひどい言い様だ。貴重な一枚を減らしておきながら。
こうも邪険にされると、抗議のひとつくらい言ってやりたくもなるものだ。

「瞬くんは笑ってくれたよ」

一輝は黙っている。わたしは続ける。

「兄さんとも撮りたいって言ってたよ」

一輝は黙っている。少しだけ、緊張がほどける。

「ねえ笑ってよ」

一輝は黙っている。表情がまた険しくなる。

「もう勝手に撮るよー」

顔を背けられた。撮られたくないという無言の主張だ。そうやって、こっちが引き下がると思っているならとんだ甘ちゃんだと思う。
すかさず正面に回り込み、カメラを構える。ファインダーに写る一輝が、

「……何の意味があるというんだ」

と呆れたように言った。
彼らしい言い分だ。彼らしい、思いやりのない、辛辣な言葉。

「じゃあさ、もうどこにも行かないでって言ったら、きいてくれるの」

少し考えこんで、ばつの悪い顔を見せた。
これは、一瞬を切り取る道具だ。シャッターを切るたびに、その一瞬を奪っている。あの空の一瞬、海の一瞬、人生の一瞬、一輝の一瞬。
わたしは、彼の人生を切り取っている。

「――うそ。ちゃんと帰ってきてね」

一輝の困った顔は珍しいので、思わずシャッターを切る。決して困らせたいわけではないのだけど、彼の人生に少しくらいこんな瞬間があったっていいはずだ。
気がつくと、最後の一枚になっていた。
最後はみんなで撮りたいとせがんだが、彼は無言を貫く。勝手にしろという無言の主張らしい。とんだ甘ちゃんめ。
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