それが私の幸せのかたち


 高い位置で一つに束ねた豊かな黒髪。美しい髪を惜し気なく風に靡かせ、天から降って来た一人の女性がいた。

「ーーーカカシのお兄ちゃん!」

 まるで、その日、その刻に、やって来ることが約束されていたかのようだった。

 呼ばれた六代目は、躊躇うことなくその腕を伸ばし、彼女を受け止める。

 腕いっぱいに抱えた綿毛を抱き締めるように優しく。けれど、逃さぬように抱擁を交わす二人。

 ふと。
 そんな彼の肩越しに、真っ青に澄んだ瞳がこちらを向く。オレと目が合うと、太陽のような笑顔が咲いた。

「はじめまして!カカシのお兄ちゃんのお婿さんになるために戻ってきました。結愛と言います。よろしくお願いします!」

 ツッコミどころ満載な宣言と共に。




「シカマル」
「はい」
「ちょっと、外に出てみようか」

 書類が一区切りついたのか。
 窓の向こう。抜けるような青空を見上げた六代目が、筆を置き、おもむろにそう告げた。

 オレが天井に目配せすると、護衛として控えていた暗部が一足先に建物の屋上へと走る。

 六代目火影・はたけカカシ。

 アスマと同期だという彼は、自分が下忍の頃からどうにも読み辛い人物だった。

 口元は黒の口布で隠し、左目は額当てで隠し、顔のパーツで唯一伺えるのは右目だけ。

 普段の飄々とした態度が、読み辛さに拍車をかける。

 その一方で。

『では任務を言い渡す!聞き次第……、その穴から行け!』

 忍としての経験、知識、頭脳、思考、判断。その能力は非常に高い。
 普段の緩い物言いも、他人と摩擦を起こさないための態度と思えば納得がいく。

 それに。

『小隊は四人いればいいですよね』

 アスマの弔い合戦のつもりだった。暁に挑むと決めたあの時にも自ら隊長を引き受けてくれた。

 一見周りに無関心そうに見えても、面倒見が良く恩義に厚い人だと知った。

 だから、火影の補佐として。
 ゆくゆくは、七代目火影となるナルトの片腕となるための経験を積まないかと打診された時、オレは素直に頷いた。

 この人の側であれば、より多くのことを学ぶことができる。

 そう思った。

 そしてその見込みはおおよそ当たっていた。

 大戦後の処理からの復興。それに伴う諸問題の解決。新しい里づくり。

 当然苦労は絶えない。しかし、経験して益にこそなれ、損はしない。支える立場になるためには、一連の業務内容を全て把握しておく必要もある。

 (こんなめんどくせーこと、下忍の頃のオレだったら絶対やらなかったぜ)

 心の中で苦笑しつつ、片付けど片付けど湧いて来る業務に追われ。

 そして本日。新たな火種が、目の前の『コレ』である。

「あの、そちらはどなたですか」
「んー?そうね。オレのお婿さん、かな」

 来た。六代目の謎発言。目を細め、眉を下げては小首を傾げる。

 冗談みたいなことを本気で言うからタチが悪い。場合によっては、それをサラリと実行してみせるから尚困る。

 しかし、こちらの困惑など何のその。
 お婿さん呼ばわれされた黒髪の女性は澄んだ瞳を輝かせ、目の前の彼の首に腕を回し飛び付いた。

「結愛、とびきり美味しくなったからね!いつでも食べてね!」

 どより。

 あからさまに屋上一帯がどよめいた。

『食べる?今、食べるって言ったか』
『あの子、シカマルとそんなに歳変わらないよな』
『お兄ちゃんって言ってたぞ』
『六代目って幼女趣味だったのか』
『だからお見合い断ってたのか』
『あんないかがわしい本を持ち歩いていたのか』
「いや、イチャパラは関係ないから」

 憶測が憶測を呼び、護衛並びに補佐一同、目での会話が大変なことになっている。

 当人がツッコミを入れようとも、誰も聞く耳を持っちゃあいない。そもそもの信用すら皆無だった。

 オレは浅く嘆息し、六代目と女性とを見据えて言った。

「事情、聞いていいっすかね」

 かくして。
 午後の会議は取り辞め。急遽、今後の対応について話し合うことと相なった。




「ーーーつまり、様々な時空間を渡り歩き、十五年ぶりに再びこの里に着いたと」
「はい、そういうことです」

 火影屋敷の客間。

 二十畳程の座敷に、座卓を挟み向かい合う。こちら側にはオレ。向こう側には、六代目と結愛と名乗った女性。

 (なんだろうな、これ。お見合いか……?)

 まるで相手を連れてきた息子を持つ親の心地がした。

「カカシのお兄ちゃんが火影様になったの……?!」
「ん、なったの」
「<●>◇<●>」

 この部屋に来るまでの廊下で、結愛が戦慄いた。

 どういう感情の表れだろうか。目をカッと見開き口を菱形にしては、なんとも形容し難い顔をする。

「じゃあ、これから火影様って呼ぶね……」
「そのままでいーよ」

 心なしか寂しそうに口を窄める彼女に、眉を下げて微笑む六代目。結愛はそんな彼の言葉に、パッと笑顔を浮かべた。

「うん!ありがとう、カカシのお兄ちゃん!」

 くるくると変わる表情。爛漫な子だな、と思った。

「それで、結愛さんは」
「結愛でいいよ。さん付けは呼び辛いからね」

 出てきたお茶と菓子とをぺろりと平らげ、「結愛もシカマルって呼ぶね!」と屈託なく笑う。

 話していると毒気抜かれるというか。自然と肩の力が抜ける。こちらが警戒しているのが馬鹿のようだ。

 (なんか似てるな、この感じ)

 まるで、里の英雄と呼ばれている、オレンジ頭が脳裏を過ぎる。

「それで、結愛はこれからどうする気だ」

 オレが自分の分の饅頭を勧めながら尋ねると、 彼女は丸い瞳を更に丸くして言った。

「カカシのお兄ちゃんのお婿さんになるよ」
「いや、それはそうなんだが……」
「また他の時空に飛んだりはしないの」
「それは大丈夫。ここに来る前に、博士の完成品を飲んできたから」
「完成品?」

 六代目が首を捻ると、結愛はオレの饅頭を咀嚼しながら頷いた。そして口の中が空になってから口を開く。

「ここの他にはどこにも行かない汁」
「それって……」
「完全にこの世界に馴染む身体にしてもらったんだよ。だから、もうどこにも行かないし、どこにも行けない」
「!結愛、お前、まさか……!」

 六代目が座卓に手を置き僅かに身を乗り出すと、結愛は真っ直ぐに彼を見据え深く首肯する。

「うん。生まれたところにも戻れない」
「っ……!」
「でも大丈夫だよ。パパとママにもちゃんと会って来たし。それにパパが言ってたから」

『アーン?結愛の嫁だと?見に行くに決まってんだろーが。
 おい、乾!結愛が行く世界に行って戻ってこられるような汁を作れ!今すぐだ!
 時間が足りない?はっ、心配は無用だ!足りないものは全部俺様が用意してやるよ!』

「ーーーってね!」
「横暴だな」
「でも言葉の節々に優しさを感じますね」
「結愛のパパだからね!」

 腰に手を当て、鼻の穴を膨らませながら自慢気に胸を張る結愛。

 彼女自身が本当そう信じているし、またその親父も本当にやってのけるのだろう。その様子からは寂しさなど微塵も感じなかった。

「だから、カカシのお兄ちゃんもシカマルも心配しないでね。結愛はこの里で暮らします!」
「ああ、分かった。
 シカマル」
「ハイハイ」

 まずは、結愛が木ノ葉の里で暮らせるように住民登録をして。それから住む場所を探し、必要であれば職を探す。

 ま、六代目と結婚することを視野に入れているのであれば、そう困ることは無いと思うが。

「カカシのお兄ちゃんって、今どこに住んでるの」
「ここだーよ」
「昔、結愛と住んでたところは?」
「あるにはあるけど、ほとんど帰ってないからなァ。埃溜まってると思うけど」
「じゃあ、結愛がそこに住むね!そこで万事屋さんやるの!」
「万事屋さん?」
「何でも屋さん!困ってる人を助けるんだよ」
「忍みたいなものか」
「うーん。忍術学園で勉強したから、忍者でもいいけど。結愛はやっぱり万事屋さんがやりたいな」
「仕事内容は」
「人を探したり、猫を探したりするんだよ。それから、お金がない時は賞金目当てにテレビ出たり、お腹空いた時はお団子食べ放題の大会に出たり。たまにはパチンコ打ったり、麻雀やったり」
「「ちょっと待った」」
「う?」

 う?じゃねーよ。なんだ、万事屋って。

 人探しと猫探し以外、まともな事してねーじゃねーか。色々やり過ぎだろ。見ろよ。六代目も笑っちゃあいるが、冷や汗かいてるだろーが。

「それを仕事とするのはちょっと、ね」
「里としても、許可を出し兼ねるんだが」
「そっか。じゃあ、奪還屋にするよ」
「「奪還屋?」」
「奪われたものを奪い返すんだ!悪い人たちに攫われた女の子を取り返したり、奪われた美術品を取り返したり、宝石を取り返したり。護り屋さんとか運び屋さんたちともバトルするんだよ!」
「へー」
「でも仕事がない時には、ゴミ箱から賞味期限切れのお弁当を漁るんだけどね」
「「は?」」
「お弁当は出来れば一日過ぎたくらいが好ましい……」

 二日以上過ぎたものはお腹を壊すこともあるからね、とぬっと目を真横に伸ばす。まるでヒラメのような目だった。

「蛮のお兄ちゃんたちと一緒にいた時が一番食いっぱぐれてたっけ」
「お前、一体どんな生活してたのよ……」
「車中泊」
「「しゃ……?!」」
「ポールさんがツケで食べさせてくれなかったら大変だった」
「「ツケ!?」」
「コムイのお兄ちゃんがお金は大切だよって教えてくれたけど。蛮のお兄ちゃんたちと一緒にいた時には、それが身に染みて分かったよ」
「「……」」

 これには流石に返す言葉がなかった。噛み締めながら言ってる時点でアウトだ。

 (他の世界ヤベェな……)

 聞く限りまともな職がない。コイツが就いていないだけなのかもしれないが。

「お前それでどうやってこれから食べていく気なんだ」
「シカマル。人間生きようと腹括れば、何とか食い繋いでいけるものなんだよ」
「「……」」

 もうダメだ。極論にも程がある。こんな婿持ったら絶対嫁が苦労する。

 案の定。
 眉に皺を寄せ神妙な顔でうんうんと頷く結愛の隣で、テーブルに片肘を付き、額を抑えて肩を落とす六代目の姿があった。

「だがよ、稼げないことを生業にしても意味ないだろ」
「でも必要だから」
「必要?」
「どこかに、必要としている人がいるんだよ」

 意味が分からず瞠目すると、まるで太陽の光を映したかのように煌めく瞳がこちらを向く。

「どこかって」
「どこにいるかは分からない。いつ来るも分からない。でもね、本当に。困っていてどうしようもなくて、助けて欲しくて探して訪ねてくる人がいるから。結愛はそういう人たちの力になりたい」
「金は」
「お金も大切」
「どうするんだ」
「取れる人からがっぽり頂きます」
「その顔でがっぽりとか言うな」
「それからコツコツ貯めて、節約する。
 コムイのお兄ちゃんのところにいる時に、ジェリーのお姉ちゃんからたくさんお料理習ったし。ホグワーツにいる時にも、食べ盛りだったから厨房に居座ってたんだ。簡単な節約レシピは覚えています。家だけあれば問題ありません!」

 本気か。

 (本気、なんだろうな)

 一寸の迷いもない瞳。

 蓄えがどれだけあるのか知らないが、節約するという以上多くはないのだろう。今からでも遅くはない。あれやこれやと御託を並べて言いくるめる事はできるかもしれないが、コイツが納得しないであろうことは容易に想像がつく。

 (そんな目ェしてっからなー……)

 いかんせん、どうしようもなく頑固な目だ。付き合う方は面倒臭いが、それでもやるという人間を止める手立てをオレは今も昔も知らないままだった。

「えらいお婿さんですね。大丈夫ですか、里長の婿がコレで」
「んー、ま!なんとかなるでしょ」

 完全にお手上げ状態で六代目に振ると、彼は彼で苦笑しつつ肩を竦める。

 話が纏まったと思ったのだろう。
 結愛はすくりと立ち上がり、背伸びをしてから左手の後ろポシェットを探り始めた。

「そうと決まれば、カカシのお兄ちゃんのお家を掃除しないとね」
「もしかして、あそこで商売する気か」
「うん。ダメかな」
「事務所にしている人って見なかったからな。住居専用じゃなければいーんだけど」
「調べましょうか」
「ああ、頼む。どちらにせよ、結愛が寝るところも必要だから。あそこは好きに使っていーよ」
「ありがとう、カカシのお兄ちゃん!」

 六代目から差し出された鍵。
 それを右手で受け取って握り込んだ。代わりに左腰のポシェットに手を突っ込み、何かを取り出す。

「?結愛、それはーー」
「結愛の相棒です!」

 見ると、それは根キャベツ程度の大きさの球体だった。上半分が赤、下半分が白。

 結愛が人差し指で色の分かれている線状に設置されたボタンを押すと、その球がぐんと大きくなり手のひら大の大きさになる。

「いけ、ガーディー!」

 掛け声と同時に球を宙に投げた。

 すると。

「ガウ!」

 中から炎を纏った小柄な獅子が現れた。

 空になった球は、結愛の手の平へと吸い寄せられるようにして収まる。

 彼女はそれをポシェットに戻し、どうやって仕舞われていたのやら。掃除に使うような一本の箒を取り出しては、唖然としているこちらを置いて、くるりと身を翻した。

「じゃあ行ってくるね!」
「ワン!」

 一直線に窓に向かい、鍵を開ける。その縁に脚を掛け、流れるように箒に跨った。

 そして前にガーディーが飛び乗るのを待ってから、あろうことかそのまま窓から飛び降りる。

「「結愛!」」

 その身の心配は無用だった。

 慌てて窓に駆け寄ったオレたちの目に飛び込んできたのは、箒に乗って悠々と里の上空を飛んでいる彼女で。

「どーするんすか、アレ……」
「どーしようね……」

 言っている間にも、空飛ぶ女性に気付いた里の人々は大騒ぎ。

 何事かと空を指差し、「残党か!?」「早く火影様に連絡を!」「結界班は何をしている!」と叫ぶ者たちまで出てくる始末。

 しかし、当の本には何勘違いしたのか。長い髪を涼やかに靡かせながら、そんな人々に笑顔で大手を振って応えていた。

「……六代目」
「今すぐ結愛を回収。コテツとイズモを呼んでくれ。結愛から事業内容について詳細を聞いて、火影直轄の組織として取り込めるように、話を詰めて欲しい」
「直轄組織にするんですか」
「ま!あの騒動が落ち着くまでは、な」

 そんな規格外のお婿さん候補が七代目と意気投合し、遂に六代目から大目玉を食らうのは数年後の話だ。
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