見違えるのは君か景色か


 休みとはいえ、あろうことか昼まで寝過ごした。右肩を見ると、結愛も鼻をすぴすぴ鳴らしながら熟睡していて。

 (全部夢でした、なーんてオチはなかったか)

 左手でそっと頭を持ち上げて、肩の代わりに枕を差し入れて下ろす。
 瞬間、枕の感触に眉を顰めたが、布団を鼻までたくし上げて再び寝息を立て始めた。

 静かにベッドから出たオレは、顔を洗って歯を磨いて身支度をする。
 鮭を焼いて、米を2合炊いて。豆腐とネギの味噌汁を作り。作り置きした小松菜の胡麻和えと、納豆をそれぞれ小鉢に盛り付けて。子ども用の箸はないよな。大人用で持てるだろうか。

 焼き上がった鮭の骨を取り終えた頃に、瞼が半分落ちたままの結愛が起きてきた。

「おはよう、カカシのお兄ちゃん」
「おはよう。顔洗っておいで。洗面台あっちね」
「ふぁい」
「手が届かなかったら、そこにある木箱に乗っていいから」
「う」

 大丈夫か。

 頷くだけ頷いて、ふらりふらりと脱衣所に向かう小さな背中を見送った。ややあって、蛇口を捻る音がしたので、どうやら問題なさそうだ。

 オレはオレでテーブルに二人分の朝食を並べた。顔を洗ってきた結愛は、髪も整えて幾分すっきりした顔をしていた。

「石鹸と櫛もお借りしました」
「うん」

 オレと結愛は向かい合って座り、どちらともなく手を合わせる。

「「いただきます」」

 結愛は白米の上に鮭の身を乗せて、箸で器用に掬って口に運ぶ。ゆっくり味わうように。ちゃんと三十回噛んで飲み込んでから箸を置き、両手でお味噌汁の腕を持ってずずずと啜った。

「ぷっはぁ……。ごくらく、ごくらく」
「それはお風呂ね」
「ありがとう、カカシのお兄ちゃん。とっても美味しいです」
「それはよかった」

 ほっこりと頬を染めて目を細めるその表情が、四歳児にしてはなんとも言えず可笑しくて。緩みそうになる口元を、味噌汁を飲みながらお椀越しに隠した。




「ーーー報告は以上です」
「うむ」

 オレは結愛のことを三代目に報告するため、彼女を連れて火影の執務室を訪れた。
 彼女が汁を飲んで別の世界から来たということを伝えると、三代目は人を手配し、検査のために結愛を病院に連れて行かせた。

 結愛は検査に行く前、オレを振り返って言った。

「そんな顔しないで、カカシのお兄ちゃん。ゆあ大丈夫だよ。叔父ちゃんもお爺ちゃんもお医者さんだから、病院恐くないよ」
「オレがどんな顔をしてるって言うのよ」
「お仕事行く前のママみたいな顔」

 側で聞いていた三代目が、煙管片手に笑っていた。そんな顔した覚えはないんだが。

 結愛が検査を行っている間、夜更けから昼間までのことを報告した。

 三代目は顎髭を撫でて唸った。

「奇怪な話ではある。が、時空を越えるという話自体はあり得ない話ではない」
「口寄せの術もその一種ですからね」
「うむ。ただし、身体を組み替えるとなると」

 話を聞く限り、その汁とやらは開発途中。彼女の身体に、何か異変や悪影響があるかもしれない。

「それで、検査を」
「念のためにな」

 そういうことなら親御さんもさぞ心配しているだろうからの、と目を細める三代目は子を持つ親の顔を浮かべたが、瞬きすればすぐに見慣れた顔へと戻った。

「里としても、あの子が危険でないと分かればそれでよい」
「左様で」

 執務室の扉がノックされ、結愛が病院から戻ってきた。

「カカシのお兄ちゃん!」
「おっと」

 軽い衝撃があって、小さな手が脚にしがみつく。

「何かあったの」

 こちらを見上げる空色の瞳に問いかけると、結愛はふるふると首を横に振った。

「何もなかった」

 じゃあ何なんだ。
 連れてきた医療忍者を振り返ると、どういうわけか怯えられた。「な、何もしてませんよ!?」と震えながら、火影様に検査結果の紙束を渡して逃げるように執務室を後にする。

「カカシのお兄ちゃん、おっかない顔してる」
「え」
「ママが年に一回くらいパパを怒るような顔」
「え」
「オホンッ」

 紙束に目を通していた三代目が、態とらしく咳払いをした。話を聞けと言うことだろう。

 結愛はオレから離れて、ぺこりと頭を下げた。

「初めまして、お爺ちゃん。ゆあと申します」
「ちょっと待て」
「う?」

 オレは結愛の肩を持ってくるりと後ろを向かせてしゃがみ込み、口の横に手を当てて言った。

「いいか。お前の目の前の方はね、里の一番偉い人なんだよ。火影様っていうの」
「ほかげさま」
「結愛がこれからどうなるかを決める人だよ」
「どうなるか?」
「どうやって、どこで住むか」
「!」

 ようやくことの重大さを理解したらしい。結愛は眉をキリリを上げ、引き締まった表情で、くるりと三代目に向き直る。

「ほかげさま!」
「おお、なんじゃ」
「ゆあ、楽しく愉快にカカシのお兄ちゃんのお家で暮らしたいです!」

 オレは手で顔を覆って項垂れた。

 そうじゃない。誰もお前の希望は聞いていない。

 ところが三代目は気分を害する様子もなく、机からグッと身を乗り出して結愛に言った。

「カカシは忙しいぞ。一緒に居られん時もある」

 結愛はそんな三代目の目を見て、引き締まった表情のまま力強く頷く。

「大丈夫です。ゆあ、ひとりでお留守番できます」
「いや、そういう問題じゃ」
「できるよ。パパとママ、お仕事で遅くなることたくさんあるし。帰って来られない日もあるもん」
「では、決まりじゃな」
「え」
「はたけカカシに、新たな任務を言い渡す」

 三代目から言い渡された内容に、結愛の笑顔が咲いた。




 木ノ葉の里における、結愛の保護監督。それがオレに新たに課せられた任務だった。しかも、他の任務と並行して行われるというのだから笑えない。

「てなわけでさ、昔オレを見てくれてた要領でいいから、見てやって欲しいんだけど」
「そう言われてもな」

 帰宅後。
 口寄せしたのは、古き良きパートナーである忍犬・パックン。
 
 結愛は目を輝かせながら彼の周りをぐるりと一周した。少しずつ近づき、遂に抱き締める。それから、膝の上に乗せて、肉球を触ったり、髭を触ったり。
 おかげで耳を揉まれるパックンの顔には、早くも疲れの色が滲んでいた。

「この子とカカシでは、まるで要領を得な」
「ぴーん!」

 突然何を思ったか、結愛がパックンの両耳を立たせた。

「ふっ、くく……」
「カカシ」
「ごめん……、ふっ」

 表情とされていることの不釣り合いな様子に思わず噴き出すと、パックンから冷ややかな目を向けられた。

「お前もいい加減にしろ、小娘」
「ぎゃっ」

 結愛は、手を甘噛みされたことに驚いたのか。後ろにひっくり返ってしまった。

 彼女は仰向けのまま瞳をぱちぱちさせてから、ごろりと寝返りを打ってパックンを見つめる。

「パックン」
「なんだ」
「ゆあはね、小娘じゃないよ。ゆあって言うの」

 パックンに昨日書いた紙を見せてやると、彼もまた結愛に言った。

「よいか、結愛。拙者をただの可愛いワンちゃんだと思うんじゃねェ」
「じゃあ強いワンちゃんだね!」
「うむ」

 パックンの短い尻尾が、嬉そうにパタパタと揺れた。

 屈託のない笑顔で言われて、満更でもなかったらしい。パックンは、起き上がった結愛に犬に対する接し方、撫で方たるものを教え始め、彼女もまた真剣な顔で聴き入っている。

 (そういえば、結愛の着替えどうしよう)

 子ども用の服と言ったら、オレの小さい頃の服がまだあったはずだ。

 洋服棚を引き出して、何枚か同じトップスを捲ったその下。オレが小さい頃着ていた服と、首巻きが出てきた。だが、流石に下着はない。

「カカシのお兄ちゃん、どうしたの?」

 結愛がパックンを腕に抱えてよいしょ、よいしょとやって来た。

「結愛、ちょっとこっちおいで」
「うんっ」

 パックンを床に下ろしてから寄ってきた結愛に、オレが着ていた服を被せてやる。首巻きを巻いて、三歩後ろから見たが。

「取り急ぎと思ったけど。少し大きいか」
「当たり前だろうが」

 パックンが呆れたように言った。
 ところが、本人はどういうわけか嬉しそうで。

「ゆあ、これがいい」
「え」
「カカシのお兄ちゃんの匂いする」

 ごくらく、と。
 味噌汁を啜った時と同じほくほく顔に、早いうちに新しい服を買ってやろうと心に決めた。




 翌朝早く、結愛をパックンに預けて任に着いた。
 珍しく陽が高いうちに片付いたので、結愛の服でも買って帰ろうと考えながら、更衣室のロッカーを開ける。

「ねえ。四歳の女の子の服ってどこで売ってるか知ってる?」

 更衣室には部下を始め、見知った顔がいくつかあったので、着替えながら誰ともなく声をかけた。

 すると。

「誘拐ですか」
「監禁ですか」
「隠し子ですか」
「あ、オレってそういうイメージ」

 一種の仕事病だ。思考が物騒な方にしか働かない。これだから暗部連中は。

 あらぬ疑惑をかけられそうになったので、早々に更衣室を後にして自分で探すことにした。

「それなら、あそこね」

 立ち寄った八百屋さんの奥さんに教えてもらった洋服店。

 女の子の洋服専門店というそこは、外観からピンクをベースにした俗にいう夢かわ的な色を放っていて。

「ここに、入れっていうのか。オレに」

 かと言って、いつまでも立ち尽くしているわけにもいかず。意を決して店に入り、結愛のサイズと思わしき下着と服を掻き集めてレジに向かう。

「会計、お願いします」

 女性にでも変化すれば良かったと気付いた頃は、既に自宅の玄関にいた。
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