ワン、ツー、さん、し


 みんな、わたしの兄ちゃんのことを悪く言う。

「お前の兄ちゃん、アンブにいるんだろ」

 だからなに?

「鬼みたいにでっかくてさ」

 他の人より背が高くて大っきいだけだもん。

「じんもんとか、ごーもんしてんだって。こっわー!」

 全然恐くないよ。

「早く逃げないと捕まって殴られるぞー!」

 拳を握って睨み上げると、集まっていた子たちが蜘蛛の子を散らすようにわっと逃げていった。

「ふ、う……っ」

 悔しかった。
 本当は悪口言う子を、けちょんけちょんにしてやりたかった。

 けれど、

『どういう教育してるのよ』
『ほんと物騒なんだから』

 以前、怪我させた子の家に謝りに行ったら、お母さんたちからもっと酷いことを言われた。
 一緒に行ってくれた兄ちゃんは「何ともない」って笑ってくれたけど、わたしは自分だけが言われた時よりもずっともっと苦しかった。

「みんな何も知らない癖に」

 兄ちゃんが暗部で尋問や拷問をやってるのは、里のみんなを守るためだ。
 他の里の人に、里の情報を奪われてみんなを危険に晒さないように。そして、必要な情報を手に入れて、もっと里を守れるように。

 兄ちゃんは隠してるけど、バンダナの中や手袋の下だってたくさん傷があること知っている。
 打たれて斬られて、焼かれて。
 それでも里のために働いているのに。

「名前」

 一人で道の真ん中に立ち尽くしていると、不意に大きな影が降りてきた。大好きな声が、わたしの名前を呼ぶ。

「イビキ兄ちゃん」
「どうした。また泣いてるのか」
「泣いてないもん!」
「じゃあこれはなんだ」

 大きな手のひらが頬を包み、親指で溜まっていた涙を拭われた。
 そのはずなのに、

「泣いて、ないもん……っ!」

 ぼろぼろと大粒の涙が溢れてくる。次から次へと止まらない涙を、兄ちゃんは困ったように笑いながら拭い続けてくれた。

 わたしはお父さんもお母さんも知らない。
 物心がついた頃から、年の離れた兄ちゃんだけがわたしの家族だった。

 どれだけ忙しくても、こうして会いにきてくれる。泣いてる時には、側にいてくれる。楽しい時は一緒に笑って。辛い時はそっと抱き締めてくれる。
 本当は誰よりも優しい人なのに。

「兄ちゃんのこと、誰も分かってくれない!」
「いいんだよ」
「よくない!」
「いいんだ」

 兄ちゃんはしゃがみ込んで、わたしと目を合わせる。そして、歯を見せて笑った。

「お前が分かっていてくれるだろ」

 何度も首を縦に振ると、ごつごつとした手が頭を撫でた。

 立ち上がった兄ちゃんの腰に腕を回してぎゅうっと抱き締めたら、優しく背中をとんとん叩いてくれる。
 わたしは自分の袖でごしごしと涙を拭った。

「夕飯は何食いたい?」
「っ、兄ちゃんの作るハンバーグ!」

 ごろっとした拳みたいなハンバーグ。
 不恰好で、ちょっぴり硬いけど、中からじゅわーっと肉汁が溢れてくる。
 わたしの大好物だ。

「よし、肉屋寄るか」
「うん!ザクザクに切り刻んだミンチ買う!」
「ミンチはみんなザクザクしてるぞ」

 手を繋いで歩く。夕日に伸びる影がふたつ。
 ひとつは大きくてひとつは小さい。

 ぐぐっと背伸びをしてみたら、小さい影がほんのちょっとだけ伸びた。兄ちゃんがそれに気付いて「ははっ」と笑い声を上げる。わたしもつられて「えへへ」と笑う。

 (頑張ろう)

 たくさん修行して、たくさん食べて。たくさん寝て。身体も心も。兄ちゃんとおんなじくらい大きくなれるように。

 (早く。早く、兄ちゃんに追い付くんだ)

 世界一優しくてかっこいい兄ちゃんみたいな忍になるんだ!
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