口ずさむ流行り歌
※君綴×インディゴの混合夢。
※君と綴る完結後、カカシと付き合っている主人公のお話。
※しれっとインディゴ主のいる世界線です。インディゴ本編中の世界に、君綴主が暮らしているイメージで読んで頂ければと思います。
※名前変換ありません。
各小説主人公名は変換前固定になります。なんでも許せる方向け。スクロールどうぞ。
▽
末廣亭は本の買い戻しもやっている。
その日も、一人のお客さんが訪れた。
「遼ちゃん、わりぃ!今日も頼みたいんだけど……!」
「こんにちは、のはらさん。大丈夫ですよ。承ります」
のはらチヒロさん。
木ノ葉病院に勤める医療忍者さんで専門は救急。日中仕事があってなかなか病院に行けないわたしが、時たま時間外の外来でお世話になっている先生だった。
「扁桃腺が腫れていますね。痛みは」
「唾を飲み込むと少し痛いです」
「なるほど」
じっちゃんから店を継いで間もない頃。
夜中。
喉が腫れてしまい、熱がなかなか下がらないので病院に電話した。連絡を受けて、救急外来で待っていてくれたのが、のはらさんだった。
彼はわたしの喉の左右に指先を当て「右側か」と言って筆を取り、カルテに書き込み始める。
「今日明日は絶対安静。仕事も休みで」
「えっ、でも」
「末廣さんって、ひょっとしなくても、末廣亭のお嬢さんですよね」
「!わたしのこと、ご存じなんですか」
「ていうか、お爺さんに頼まれてんだよな」
「じっちゃんに?」
「最近は忙しくて寄れてないけど、お爺さんの時に結構世話になっていて。普段使いはもちろん、薬草の図鑑とか、医療の専門書とか。お代は出世払いってことで、結構貴重な本を見せて貰っていました。
ーーーはい、これ」
言いながらわたしに処方箋を差し出す。
「薬五日分出しとくので、様子見てください」
「分かりました」
「それから店のことだけど」
「?はい」
のはらさんは筆を置き、こちらを向いて座り直してから両膝に手を置いて頭を下げた。
「明日だけでいいんです。なんとか休めませんか。今日明日、ぐっすり寝てくれたら、だいぶ楽になると思うんだ」
「明日、ですか」
「頼みます。この通り」
「え?!ちょ……!頭上げてください先生!」
わたしが慌てて両手を振ると、彼は眉を下げて口元を緩ませた。
「どうしてそこまで」
「俺さ、末廣亭が好きなんだ」
「え」
「だから、その店やってる末廣さんが体調悪いなら休んで欲しい。店開いていてくれることも嬉しいけど、熱で辛そうな顔よりも、ちゃんと元気な顔が見たからさ」
「先生」
「どうしても明日中にする仕事があるなら、俺夜勤明けで店寄るから。手伝えることがあったら言ってくれ」
歳も妹に近いしほっとけなくてなー、と後ろ頭を掻きながらはにかむのはら先生。
彼の言う通り、次の日は店を休んだ。そして、ぐっすり寝たら本当に症状が軽くなった。三日目には熱も下がり、喉の痛みも和らいだ。
「扁桃腺が腫れるのって、基本的に寝てゆっくり休めば治るんだ。細菌性のものは、薬使った方が治りは早いけど」
「そうなんですね」
「いずれにせよ、免疫系だから。腫れたら全部忘れて食って寝るに限る」
薬が終わる五日目に、差し入れと称してはスポーツドリンクと、二十四時間商店で買ったのだろうか。パック詰めされたお惣菜を持ってきてくれた。
「すみません。のはら先生もお忙しいのに」
「気にすんな。プライベートで寄っただけし。先生呼びもしなくていいよ」
ついでに敬語も外していいか、と今更なことを言われてつい笑ってしまった。
そんな気さくで優しいお兄さんが持ってくる本は決まってーーー、
「ではこちらが買い取り証で。お渡しが150両になります」
『ヤングアクア 美乳・美尻・美尻特集 浜辺の天使たち』。
俗に言う、アダルト雑誌だった。
のはらさんはお金を受け取りながらも、わたしの手元に渡った雑誌を見つめたまま、今にも泣き出しそうな顔をする。
「熱りが冷めたら必ず迎えに来るからな……!」
ちなみにこの系統の雑誌は、いつもウチで買っていくものだった。
「いやー、懐かしいな。俺が十八になってアダルト雑誌デビューした時に、カウンターにいたのがお爺さんだったんだ」
「そうなんですね」
私の体調を気遣って店に来てくれた時に話を聞いて、普段使いってそういうことだったのかと合点がいった。
カカシくんといい、のはらさんといい。こういう一面を知る度に、良くも悪くもイケメンも所詮は一人の男に過ぎないのだという現実を突き付けられる。
「ところで、のはらさん」
「なんだ」
「どうして毎回雑誌を預けていかれるんですか」
人それぞれ事情がある。踏み込んでいいことと悪いことがあるのも承知している。
しかし彼の場合、毎度の如く焦った様子で駆け込んで来ては、涙を飲んで手放している。まるで、本を何者かの手から守らんとせんが如く必死な様子だった。
余計なお世話だとは思うのだけれど。それを見ると、少しばかり心配になってしまう。
わたしが首を傾げると、のはらさんは口を一文字に閉じた。
そして右を見て、左を見て。誰もいない事を確認してからカウンターに肘をつき、すっと腰を屈めては声を顰める。
「これは他言無用だぞ、遼ちゃん」
「分かりました」
「実はな」
「はい」
「今日いるんだよ、ウチに。アイツが」
アイツ。
言われてわたしは瞬きした。
「アイツ、ですか」
「そう、アイツだ」
「アイツ……」
どいつのことだろう……?
神妙な顔をされたので神妙な顔を返すと、彼はゆっくりと頷いて言った。
「俺が仕事でいないのを見計らってな、家の中をそれはもう隅々まで掃除しやがるんだ」
「隅々」
「ベッドの下まで掃除機をかけやがる」
「お母さんみたいですね」
「そうなんだよ」
「カノジョさんではなく?」
「勘弁してくれ」
わたしが聞くと、のはらさんは草臥れたように肩を落とす。
「仮にアイツが女だったとして、そりゃあ銀髪長身の超絶美女だろうさ。正直、暗部のノースリーブは萌える」
「はあ」
「でもな、アイツだけは絶ッッッ対にない」
「ないんですか」
「ねーよ。あんなのカノジョにしてみろ。今でも、起きろ、飯食え、掃除しろの小言が休みの度に飛んで来るんだぞ。おまけに雑誌は勝手に資源回収の日に括られて捨てられるし」
「えーーー」
捨て、られる……?
わたしは思わず瞠目した。本を捨てる、と聞くだけでも正直胸が痛むのに。
「捨てるんですか」
自分の本でもなく、人の本を。本人の断りもなく、勝手に捨てるなんて。
「だから、ウチに預けていたんですね」
「ああ」
のはらさんは視線を下げ、私の手元の本を見つめてはやるせないように唇を噛んだ。
「コイツらはさ、俺なりに可愛がってきた本たちなんだ。エロ本だけど」
「はい。伝わって来ます」
「寂しい時には慰められ、疲れた時には癒されて来たんだ。エロ本だけどな」
「分かります。本ってそうですよね」
「そうだってのに……!
ーーーいくら仕事に行く前に片付け忘れたからって捨てる必要はあるか?!」
「片付ければ済む話です!」
「俺のエロ本がお前に何の迷惑をかけたってんだ!」
「分かりませんけど、捨てるのはやり過ぎだと思います!」
「随分盛り上がってるねぇ、二人で」
「「ひぃ?!」」
熱く語るのはらさんと一緒に、つい熱くなってしまっていたらしい。
いつの間に店に入ってきたのか。ズボンのポケットに手を入れたカカシくんが、中腰でわたしとのはらさんの間から顔を出した。揃って仰け反るわたしたちに、じとりとした視線をくれる。
「何の話をしてたのよ」
「おおおお前には関係ないだろ……!」
「ふーん」
吃りながらもツンケンと返事をし、腕を組んではそっぽを向くのはらさん。カカシくんはカカシくんで彼を見ながら面白くなさそうな、全く納得していない顔をしている。
「お二人って知り合いだったんですか」
「「ん?」」
わたしがふとした疑問を投げると、二人は顔を見合わせた。カカシくんは少し考えるように小首を傾げ、のはらさんは眉根を寄せて手をひらひらさせる。
「なんて言うか。アレだよ、アレ。知ってる仲」
「知り合いって言うんじゃないの、それ」
「知り合いってのでもないだろ」
「まあ、確かに」
じゃあ、知ってる仲で、とカカシくんが言うので知ってる仲ということにしておこう。
わたしはのはらさんから買い取りした雑誌をカウンター下の作業スペース、買い取り用の浅い箱へと入れた。代わりに、取り寄せした本の中から、カカシくんに頼まれていた本を取り出し、装丁を確認してからカウンターに乗せる。
「頼まれていた本、こちらでお間違えないでしょうか」
「ん、確かに。お代はこれで」
「丁度頂きます。カバーはいらないよね、カカシくん」
「大丈夫」
代金を頂戴し、本を渡す。それだけのことだったのに。
「か、カカシ、くん、だと……?!」
「「え」」
のはらさんが何かに衝撃を受けていた。
わたしは理由が分からず首を傾げる。
「お、俺だってまだのはらさん呼びなのに……!」
「は、はい……」
「お兄ちゃん呼びは高望みだから、せめてチヒロさん呼びくらいはされたいと思ってたのに……!」
「そうだったんですか」
知らなかった。
戦慄くのはらさんを見、カカシくんの右目が態とらしく弧を描く。
「ま!仕方ないでしょ。遼はオレのカノジョだからな」
「カノジョ?!」
「あ、はい。カノジョ、です」
「え?!」
言うと勢い良くこちらを向くのはらさん。
カノジョという響きが未だに慣れず、気恥ずかしくて唇を結び視線を泳がせると、彼は今度こそ絶句した。
そしてわなわなと唇を震わせながらも、深く息を吐き出し唸るように告げる。
「遼ちゃん……」
「はい」
「悪い事は言わない、コイツだけはやめとけ……!」
「えっ」
「確かにカカシは男の俺が見てもイケメンだ。背も高いし、声もいい。料理も美味いし、家事も出来る。おまけに上忍で里長の信頼も厚い。将来有望な上、下忍の面倒を見始めてイクメンの片鱗も覗かせている……!」
「のはらさん、のはらさん。褒めてます、それ」
「仕方ないだろ、ムカつくくらいに非の打ち所がないんだよ!ーーーだがな!」
のはらさんは、必死な表情でカウンターに手を置き身を乗り出した。
「コイツなんだ……」
「はい?」
「俺のエロ本捨ててんの、コイツなんだよ……ッ!」
「え……?!」
まさか、そんな……!
血を吐くような叫び。カカシくんを親指で指差する彼に、わたしは思わず口元を両手で押さえてカカシくんを見上げる。
「のはらさんが言っていた『アイツ』が、カカシくんのことだったなんて……!」
「ん?どいつの話?」
「のはらさんのエロ本を、資源回収日に捨ててるっていう……」
「ああ、そのことか」
そのこと。
納得してる。ということは、つまり本当にカカシくんが『アイツ』だということで。
(信じられない)
信じたくなかった。
だって、あんなに本を読んでくれる人なのに。
『ありがとう……!家宝にする!』
本という存在だけではなく、作品丸ごと愛してくれる人だと思っていたのに……!
どうか嘘だと言って欲しい。縋るような気持ちで彼を見つめたが、カカシくんはそんなわたしを見下ろし、まるで観念したかのように肩を竦めた。
「バレちゃあ仕方ないな」
「!じゃあ、本当にカカシくんが」
「そうだよ。オレがチヒロのエロ本を捨てている張本人だ。けどなーーー」
彼は言葉を切ってから、軽く目を伏せる。物憂い気に眉を顰め、右目をキツく閉じて言った。
「掃除しているとたまに落ちてるのよ。アレが……!」
「「アレ?」」
「ベッドの脇に、チヒロの、自慰後のティッーーー」
言い掛けたカカシくんの口元を、のはらさんの右手が秒で塞いだ。
「お前正気か?!遼ちゃんの前だぞ!」
「あ、平気です。存じています。男の人って、定期的に出さないと身体に悪いって読んだことがありますから」
「出すとかッ!言うなよ……ッ!」
なんなのこのカップル?!明け透け過ぎない!?と泣きそうな顔で頭を抱えるのはらさん。わたしとカカシくんは顔を見合わせ、首を傾げる。
「明け透け、だったかな」
「伏せてはないな」
「カカシもカカシだ!そういうことは知ってても口に出さないだろ、普通?!」
「だから今まで言わなかったんだ。でも今回は仕方ないだろ。遼に誤解されたままなのは嫌だし」
「誤解も何も、俺のエロ本捨ててんのは事実だろーが!」
「致し方ない理由があるって話だよ。エロ本がなければ、あんなもの落とさずに済むでしょーよ」
「関係ねーだろ!」
「大有りだ。ベッドの下に掃除機のヘッドを入れて、たまに吸い出てくるティッシュを見つけた時のオレの複雑な気持ちがお前に分かるか」
「分かりたくもねーわ!毎度掃除しなくていいって言ってんだろーが!」
「自分で捨てろよ、アレくらい」
「捨ててるよ!気付かないうちに落ちてるだけだって!」
「どんだけ夢中なのよ。十代か」
「今年で三十だ!言わせんな!」
飄々と躱すカカシくんに対し、のはらさんは顔を真っ赤にして反論している。この光景だけ見ているとなんというか。
「仲良いですね、二人とも」
「「どこが」」
「えっ」
「「え」」
結局。
「だぁああ!もうしつこいんだよ、お前!いい加減にしろ!何年前のことほじくり返して言ってんだ!」
「三年前だよ。もう忘れたの」
「三年前の飯食わなかった朝のことなんざ覚えてるわけがねーだろーが!」
「遼」
「あ、ゲンマくん。こんにちは」
「爺さんは元気か」
「お陰様で」
「何よりだ。
ところで任務が入ったから、チヒロ借りるぞ」
「ああ、うん。わたしは全然平気だよ」
「カカシさんもいいですか」
「はい、どーぞ」
「どうも。
ほら、行くぞ」
「いや、おかしいだろ!なんで俺じゃなくて二人に許可取るんだよ!?」
「任務なんだからお前に拒否権はないだろ」
「扱いッ!」
カカシくんがのはらさんの後ろ襟に指を引っ掛けて、彼を探しにきたゲンマくんにひょいと渡し。受け取ったゲンマくんが、のはらさんを引き摺るようにして任務に出るまで二人の掛け合いは続いたのだった。