追加注文、してヨロシ?


 すっかり板に着いた遅刻癖。

「環境変われば少しは変わるかと思ったけど。上手くいかないもんだね、どーも」

 今日もまた、オレは慰霊碑の前に立つ。
 過去に浸り、自らを戒める。その時間に耽るために。




 下忍を受け持つことになった。

『『カカシ先生おっそーい!』』
『いやー、今日は人生という道に迷ってな』

 眉を吊り上げ怒るナルトたち。

 そんな彼らに、かつてオレが遅刻をしていたチームメイトを叱っていたのだと明かしたら、どんな顔をするのだろう。きっと信じてもらえないに違いない。

 またかつてのチームメイトたちに、自分は部下との待ち合わせに遅れているのだと告げたらどんな顔をするのだろう。

 (どっち道信じてもらえないだろうな)

 しかし、遅刻とは不思議なもので。

 一度して、二度して、三度して。いよいよ習慣化すると、然程焦りを感じない。ゆるりとした歩調。歩きながら後ろ頭を掻くくらいには、心に余裕があった。

 だからだろうか。

「っ、っう……、う……っ」

 耳に引っ掛かる咽び泣き。
 まるで助けを求めているように聞こえて、オレは不覚にも足を止めてしまった。

 (誰だ)

 声のした方を向くと、そこは里一番と謳われる寿司屋だった。

 時間が早いからか店に暖簾は掛かっていない。近づいて見ると、店の脇、家と家との間には路地とも言えない、細い隙間がある。
 
 (ここか)

 覗き込むと、店沿いにゴミ箱が四つ並んでいる。更にその向こう、箱に並んで丸まっている小さな身体。膝を抱え、背中を縮める黒髪の少年が一人、暗がりで肩を振るわせていた。

 オレはポケットに手を入れたまま、小道にするりと体を滑り込ませる。ゴミ箱二つ分の距離を取って、店とは反対側の家の壁に寄り掛かりながら声を掛けた。

「どーしたの」
「ッ?!」

 親しみを込めて浮かべた笑み。恐く見えないようと前のめりに屈んでみせたはずが、逆効果だったらしい。

 男の子はこちらを見上げ、酷く怯えた様子で喉を引き攣らせた。小さい身体を更に縮めては、ますます壁へと寄ってしまう。

「だ、誰だよ、オッサン!」

 オッサン。

 ピシリと音を立てて固まる笑顔。率直な第一印象が、深く胸に突き刺さる。

 (オッサンか……)

 そうだよな。どう見てもこの子は十代前半。そんな子から見たら、二十代後半はオッサンだよな。

 (だとすると)

 ナルトたちから見たオレもオッサンなのか。

 ふとした疑問が首を擡げる。興味本位で聞いてみようかとも思ったが。

『はァ?!遅れて来た癖に何言ってんだってばよ!』
『そーよ!そんなこと言ってる場合!?』
『さっさと行くぞ、オッサン』

 身を滅ぼしそうだ。やめておこう。

 サスケなんか普通に言いそうだしなァ。いくら年下とはいえ、部下から面と向かって言われたら流石に凹む。

「えっと、ね。オッサン、お前の泣いてる声が聞こえたから気になってな」
「あーーー」
「何かあったの」

 昔のオレであれば、素通りしていたかもしれない。

 しかし、今はナルトたちの面倒を見ているからか。その歳の頃の子が膝を抱えているのを見てしまってはどうにも放っておけず、足を止めたのもまた事実だった。

 俺が黙って待っていると、彼は開いた口を閉じて。また開けて。
 言いにくそうにしていたが、やがて息を深く吐き出すようにしてぽつりと溢した。

「親父に、怒られて」
「親父さん?」
「ここの板前」

 ここ、と店の方を親指で差した。

「俺も、親父みたいな板前になりたくて」
「そう」
「下積み、四年掛かったけど終えたんだ」
「頑張ったじゃない」
「でも、卵焼きがダメダメで」
「卵焼き?」
「オッサン、知らねーの?卵焼きって寿司屋ごとに味が違うんだ。その店だけの味がある。それが作れないと話にならねーんだよ」

 少年は悔しそうにぐっと下唇を噛む。

「どうしてもウチの味が出ねーんだ……」

 その姿は幼くとも、その瞳は自分が目指すべき未来をしっかりと見据えていた。

「『いつまで経っても中途半端なもん作るなら、板前になるのは諦めろ!』って怒鳴られた。俺だって好きでダメなもん作ってねーよ」
「だろーね」
「でも本当のことだから腹立つ……!」

 腹が立っているのは、親父さんに対してか。及ばない自分に対してか。

 瞳に張った悔し涙がぼろりと剥がれ、地面に落ちた。それを地面が啜るのを見つめなかがら、オレもその場にしゃがみ込む。

「分からなくもないけどね」
「……なにが」
「腹立つのが」

 何だってそうだ。

 勉強も忍術も仕事も。

「オレはこう見えて、お前くらいの歳の頃には天才なんて持て囃されてたんだけどねーーー」
「オッサンの自慢話って長いからパス」
「ま!そう言うなって」

 オッサンも話したい時があるのよ、と苦笑すると、目の前の少年は涙を拭いながら「仕方ないから聞いてやるよ」と唇を突き出した。

「正直、天狗になってた節がないとは言えないな。無論、努力もした。周りが遊んでる間、ずっと修行していたし」
「ふーん。俺と一緒か」
「そう、君と一緒だーね。実際、同期たちより早く上忍になったしなァ。ーーーでも」
「でも?」
「守れなかった」

 大切な人たちを。

 大切だと気付くことさえ遅かった。

「その時は、天才でも上忍でも、肩書きなんてまるで意味がないと思ったんだ」
「そっか……」
「でも君は、やるべきことを知ってる。大事なことに気付いているから大丈夫だーよ。それに」
「それに?」
「同じ目をしているから」

『オレは火影になる!!うちはオビトだ!!』
『火影を越す!!ンでもって、里の奴ら全員にオレの存在を認めさせてやるんだ!!』

 真っ直ぐな瞳。
 目指すものへと、直向きに努力できる目だ。

 オレがそう伝えると、少年はじっとこちらを見つめた。それから袖で涙を拭い、膝を伸ばして立ち上がる。

「それならさ、オッサンだってやり直せてんじゃん」
「ん?」
「天才だけど、天才じゃないって。気付いたんだろ」

 彼はゴミ箱を退かして、目の前の道を開けた。

「人間何歳でもやり直せるって。この前、店に来た爺さんが言ってたぜ」
「ハハ……」

 そして通りに出ようとしては、ふと思い立ったようにこちらを振り返る。最初とは打って変わり、その顔には不敵な笑みが浮かんでいた。

「俺さ。オッサンが言う通り、もう少し踏ん張って、親父に吠え面かかせてやるよ」
「……うん?」
「やっぱり店を継げるのはお前だけだ、ってあの梅干し顔に言わせてやるんだ!」
「えっと、ね。オッサン、そんなこと言った覚えがないんだけど……」
「そしたらさ、オッサンには卵焼きだけじゃなくて、俺が握った寿司も食わせてやるからな!楽しみしてろよ!」
「あー、ハイハイ……。楽しみにしてるよ」

 この子も話を聞かないタイプだね、どーも。

 拳を振り上げ勢い良く店に飛び込む様を見、オレはこっそり苦笑を漏らす。

 その宣言通り。

 二年後。
 木ノ葉の里に、最年少の板前が誕生する。

 久々にその店の暖簾を潜ろうとすると、先に向こうから食べ終わった客が二人出てきたので道を譲った。

「美味しかったね」
「お寿司も美味しかったけど、やっぱりここの卵焼き好きだわー」

 その言葉に、聞いているオレの方が口元が緩んた。

 今度こそ暖簾を潜り、店内を見渡す。広すぎず狭すぎない木張りの空間。

 テーブル席は満席。カウンターは先程出た二人の分だろう。席が二つ空いていた。

「お好きな席にどうぞ」

 忙しく動いていた女性従業員に勧められ、右の方の椅子を引いた。シャリを握っていた若き板前がそれに気付き、いつかのように懐っこい笑みを浮かべる。

「へい、らっしゃい!」
「卵焼きもらえる?」
「あいよ、カカシのオッサン!」

 相変わらずの軽口。
 威勢のいいその声の主に、拳骨が降って来るまであと三秒。
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