夏の香りに涙して・後編


※名前変換ありません。
各小説主人公名は変換前固定になります。
※nrt中長編主人公の夏のお話です。

「毒の華は今日も笑う」十三年後のお話
「ホーム・スイート・ホーム」のお話
「今宵、鬼が注ぐ盃で」のお話
「誰か為に眼は染まる」のお話
「砂城の階」のお話




▽「毒の華は今日も笑う」十三年後のお話



 夏だ。
 川だ。

「青春だァアアアー!」
「喧しい」

 サクッと小気味いい音がして、担当上忍の頭に三本のクナイが突き刺さる。

 情けないかな。
 彼はそのまま川に滑り落ち。

 ドボーン!

 盛大に水柱が上がった。

「ガ、ガイ先生ー!」

 リーが慌てて駆け寄るのを見て、オレは腰に手を当て溜め息を吐く。

「やりすぎです、伯母上」
「控えめだよぉ」

 足元の叔母(元凶)は、砂利が敷き詰められた川辺にぐでーっと張り付いて指一本動かない。まるで冷たい床に腹這いになって、涼を取らんとする犬のようだった。




 連日、茹だるような暑さが続く中。

「もー!あっつーい!」

 テンテンが根を上げた。地面にペタンと座り、両脚を前に投げ出している。

 無理もない。
 いくら森の中とはいえ、この温度だ。木陰など気休めにしかならない。

 オレは頬から顎を伝う汗を手の甲で拭い、持参した水筒から水を飲む。テンテンも自分のボトルをグイッと煽った。

「大体ねぇ!こんな日に野外で修行すること自体間違ってるのよ!」
「確かに」
「なにが『皆で青春の汗を掻こう!』よ!その前に死ぬっての!」

 ごもっとも。
 オレはうんうん、と頷きその場に腰を下ろす。

「ところで、その張本人たちはどこに行った」
「さあ?どっかで青春の汗でも掻いてるんじゃない」

 手をひらひらさせながら、投げやり口調で言い放つテンテン。これは相当苛立っているな。

 オレは意識を集中させ、目を開いた。

 ーーー白眼!

 三百六十度、ぐるりと辺りを見渡す。

「見つけた」
「なにを」
「川だ」
「川ぁ?」
「ここよりは涼しいだろう」

 するとテンテンは瞳を輝かせ、「さっすがネジ!気が利くー!」とオレの肩をビジバシ叩く。普通に痛い。全然元気じゃないか。

 跳ねるように立ち上がった彼女に続いて、オレも水筒の紐を指に引っ掛け腰を上げた。

「リーたちには伝えなくて大丈夫かな」
「どうせこの森の中にいるんだ。あの二人なら、言わなくても探しに来るだろう」
「それもそうね」

 そうして川辺に行ってみると。

「こんなところでなにをしていらっしゃるんですか、伯母上」

 伯母が砂利の上に、ごろりと寝転がっていた。彼女はオレの声を聞き、これまたごろりと寝返りを打ってこちらを向く。

「見たら分かるでしょーぉ。涼んでんのぉ」

 さっぱり分からない。
 四肢を投げ出し横たわる姿は、川辺に打ち上げられた魚さながらだった。

 彼女は胡乱げなこちらの視線を華麗に躱し、オレの隣にいるチームメイトを手招きする。

「テンテンもこっちに来て横になってみなよぉ。涼しいよーぉ」
「え、ええーっと」

 へらりと笑った伯母から来い来いと誘われ、迷ったようにオレと伯母とを見比べるテンテン。

 (まあ、伯母上は涼しいところを見つけるのが得意だからな)

 夏は曇りや雨の日以外は、基本家にいない。

 ある日は、日向敷地内の風通しのいい日陰で涼んでおり。ある日は、初代の火影岩の首の下。ちょうど影になっている、日の当たらない岩に。
 またある日は、アカデミーの木陰のブランコを跨いで凭れかかっている。

 (そんな伯母上が選んだ場所だ。他より幾分涼しいんだろう)

 テンテンはオレが腕を組んだまま、肯定も否定もしないのを見て、遂に腹を括ったらしい。

 ぐっと両手を握り、伯母上の隣に横になる。

「お邪魔します!」
「あっは!そんなガチガチにならなくていーよぉ」
「は、はい」
「ごろってしてさーぁ。だらっとすればいーのぉ」

 肩の力を抜いて、目を瞑る。
 そよりそよりと漂う風に耳を澄ませば。

「ーーーあ、なんか涼しいかも」
「でしょーぉ」

 ネジも来てみなよぉ、と言われてオレは彼女の隣に回り込み、後ろ手を着いて座った。

「横になればぁ」
「お構いなく」

 里内とはいえ、油断は禁物だ。
 ここで忍三人が横になって寛いでしまえば、仮に襲撃を受けても文句は言えない。

 (殺しても死ななそうな伯母上はともかくとして、テンテンはそうではないからな)

 オレが立てた膝に肘を置き、黙って川を眺める。すると、隣の伯母が「んふっ」と笑った。

 聞いたことのない笑い声。気になって見下ろすと、伯母上がによによと気持ちの悪い笑みを浮かべてこちらを見ている。

 (なんだ……?)

 睨み返すと、一層によによが深くなった。ダメだ。相手にしないようにしよう。

 頭を振って視線を川に戻した。その時だった。

「アサヒさァアーん!」
「うるさーぃ」
「あァアアアー!?」
「ガイ先生ー!」

 熱苦しい声が聞こえたと思った直後。間髪入れずに、向こう一帯が爆発した。

 先程の涼しさを蹴散らすように、一変、生暖かい爆風が後ろ髪を靡かせる。

「何を仕掛けたのですか、伯母上」
「起爆札三十枚ー」

 なんて事をしているんだ。

「だーいじょうぶぅ。アイツはあの程度じゃ死なないからぁ」

 よく言ってくれる。どう見ても、「静かになればどうなってもいいや」と思っていそうな顔じゃないか。

 ポカンとしているテンテンがいる手前か。
 いけしゃあしゃあと心にもないことを言う伯母に、オレは肩を竦めた。

「また付き纏われてるんですか」
「しょっちゅうー」
「付き纏っているんじゃない!愛しているんだ!」

 爆風を突き破って現れた濃ゆい男に、テンテンが侮蔑の視線を送った。

「ガイ先生、それストーカーって言うんじゃないの」
「なっ、違うぞ、テンテン!オレの告白はアサヒさん公認だ!断じてストーカーなどという卑劣な行為ではなーーーぶっ」
「誰が誰を認めたってぇ?」
「アサヒさん!ガイ先生から足を退けてください!」
「えー、どーしよっかなぁ」
「伯母上、リーで遊ばないでください」
「どーしよっかなぁ」
「伯母上」
「はいはい、分かったよぉ」

 器用にも、横になったまま蹴りを飛ばした伯母上。

 彼女は可愛い甥っ子の頼みだからねぇ、とガイの顔から足を退けた。その頬にはくっきりと伯母の足跡が付いている。

「大丈夫ですか、ガイ先生」
「フフフ、案ずるなリー!これはアサヒさんの挨拶も同然!なんて事ない!」
「な、なるほど……!挨拶だったんですね!」
「そうだ!相手してくれるということは、今日のアサヒさんは青春モード!おまけに蹴られて吹き飛ばされないだけ、機嫌がいい証拠だ!」
「蹴りひとつでそこまで相手のことを知ることが出来るなんて……、流石です!ガイ先生!」

 頭が痛い。

 青春モードの伯母上ってなんだ。機嫌がいいのは否定しないが、蹴られているのに何がどう流石なんだ。

 グッと親指を突き出し意味もなく歯を輝かせるガイと、それを見て感動しているリー。相変わらずこの二人のテンションには着いていけない。

「折角だ!ここで修行の再開といこうじゃないか!」
「もちろんです!」
「えー、今日はもういいよー」
「どうした、テンテン!青春が足りないぞ!」
「青春っていうか、お前のそれは暑苦しいだけでしょーぉ」
「ですよねー」
「ねぇー」

 ダメだ。テンテンはテンテンで、ぐーたら伯母上に当てられている。

「ネジはどうします?」

 リーに問われ、オレは周りを見渡した。

 暑い中、熱苦しい連中と修行を続けるか。
 それとも、暑い中、ぐーたらしている二人と一緒にぐーたらするか。

 (なぜオレの周りはこうも極端なんだろう)

 真ん中がいない。修行して休む、という普通の人が選ぶような選択肢が存在しない。

 (ないものねだりをしても仕方ないか)

 ないならば作るだけだ。

「オレは一人で瞑想する。気にするな」

 結局、どちらに着く気にもなれなかった。


▽「ホーム・スイート・ホーム」のお話



 花火大会が開かれる日の夕方。
 居酒屋であれ、食事処であれ、それこそ茶屋であれ。飲食店は多忙を極める。

「灯ちゃん、これ五番テーブルね」
「はい」
「すみませーん!注文お願いしまーす!」
「はーい!」

 目が回るように忙しい。

 満席の店内。花火前にと、腹拵えを考えたお客さんがひっきりなしに入ってくる。

 (店的には嬉しい悲鳴なんだけどね)

 働く側からしたらただの悲鳴。

 私は忙しいと感じることをやめ、ひたすら注文を捌く事だけを考え動く。その甲斐あってか。

「お、終わった……」
「ようやく波が落ち着いたわねー」

 日がだいぶ傾いた頃、ようやく人の波が引いてくれた。

 お盆を置きながらさりげなくカウンターに寄りかかると、女将さんが苦笑しながら「お疲れ様」と声を掛けてくれる。

「遅くなってごめんなさいね。上がって良いわよ」
「は、はい……」
「さ、これも持って」
「はい?」

 よれよれの私に女将さんがくれたのは、いちごのかき氷。練乳がかかった、夏の特別メニューだった。

「あの、これ」
「ふふ、今日のお礼。頑張ってくれたから」
「い、いいんですか……!?」
「もちろん」
「ありがとうございます!」

 頑張って良かった……!

 喜びを噛み締めながらかき氷を受け取った私を見て、女将さんはカウンターに肘を置き、天井を指差して言った。

「実はね。ここの屋上、花火見えるのよ」
「へえ」
「よければ見て行って。本当に綺麗だから」
「はい、ありがとうございます」

 お言葉に甘えて、私は持参した浴衣に着替えてから屋上にお邪魔した。

「うわー、本当だ。見晴らしがいい」

 少し重たいドアを身体で押すと、ぶわりと風が舞い込み前髪を攫っていく。

 空を見上げると遮るものが何一つなく、ただ紺色のベールが広がっていた。

「そろそろかな」

 私は右を見て、左を見て。折角だからと、屋上のど真ん中を陣取った。持っていたハンカチを敷いてから、かき氷片手に腰を下ろす。

「うーん、少し溶けちゃった」

 ストローのスプーンで、器の近くからサクサクと突きながら混ぜていく。いちごシロップと練乳とを、ちょうど半分ずつ行き渡るようにしてから。スプーンいっばいに盛って。

「あー」
「あー」

 え。

 口を開けると同時に、後ろからスプーンを持つ手を握られた。かき氷は、唖然とする私の顔の横をそのまま通り過ぎ。

 ーーーぱくり。

 誰かの口に入った。耳元でシャリシャリと咀嚼する音がする。そして。

「ん。美味いな」

 鼓膜を揺らすその声は。

「げ、ゲンマ……?」
「おう」

 半日ぶりに会う彼氏のものだった。




「悪ィ、灯。この通りだ……!」
「いいよ、大丈夫だよ」

 今朝方早く、休みを取ったはずのゲンマに召集命令がかかった。なにも、代わりに出てくれる約束だったアオバさんが夏風邪を引いてしまったんだとか。

「私も夕方まで仕事だし、気にしないで」
「今度、埋め合わせする」
「大丈夫だってば」

 行ってらっしゃい、と笑顔で手を振ったら、ゲンマは少し名残惜しそうに振り返り「行ってくる」と地面を蹴った。

 本当は今日、私の仕事の後に二人で花火を見に行く約束をしていた。

「里で花火大会があるんだ。一緒に見に行かないか」
「!うん、行きたい」

 即答だった。
 年甲斐もなくちゃっかり浮かれちゃって。

「ありがとうございましたー」
「買っちゃった」

 次にいつ着るやもしれない浴衣まで買ってしまった。

 一度も着ないで箪笥入りするのは勿体ないから、仕事帰りくらいは着てみようかなと思って持ってきたけれど。

 (みんな着てるし。帰り道、一人で歩いても目立たないよね)

 よし!と気合を入れて浴衣を広げる。

 小さい頃。
 おばあちゃんに教えてもらった着付けのやり方。

『ふふふ。灯ちゃんはおばあちゃんに似て着物が似合うわねぇ』
『ほんとう?寸胴じゃない?』
『あら、まあ、まあ。じゃあ、おばあちゃんも寸胴よ』
『お揃いだね!』
『そうだねぇ』

 みぎ、みぎ前、きゅっ。
 こーし紐、きゅっとして、おはーしょり八つ口、衿引いて。
 袖口ピンと引き、胸紐整え、伊達締押さえーて、あら上手。

 文庫、みやこ、貝の口。お太鼓、後見、なーにしよう。帯はその日のおてーんきで。

 懐かしい覚え歌を口遊みながら着付け、帯は今日の気分でお太鼓結びにしてみた。更衣室として借りている部屋の立ち鏡の前で、背中を確認する。

「うん。大丈夫」

 上手くできた。

 わたしは荷物を纏めて、部屋を出る。

 淡い桃色の生地に、大きな紫色の朝顔が咲いている浴衣。

 (ゲンマに見てもらいたいな)

 ふと過った考えを、頭を振って追い出した。今年は仕方ないかなって、諦めていた。それなのに。

「浴衣、よく似合ってる」
「あ、ありがとう」

 見てもらえるなんて思ってもみなかった。

 浴衣のわたしを見て、優しげに目を細めるゲンマ。
 褒めて貰えたのが嬉しくて、つい身体を縮こめる。すると彼は、そんな私の頭にポンッと軽く手を置いて言った。

「かき氷。早めに食べないと溶けるんじゃねーか」
「あ、そうだった」

 会えたのが嬉しくて、すっかり忘れていた。

 私は気を取り直し、かき氷をスプーンで掬って口に入れる。ゲンマは胡座を掻いて膝に肘を突き、どこか愉しそうにわたしの様子を眺めていた。

 しかし、そんなに凝視されると逆に食べにくいというもので。

「ゲンマも食べる?」
「いや、オレはさっきもらったからいい」

 さっきもらったからいい。

 その言葉に、ぶわりと顔が熱くなる。

 (か、間接キス……!)

 やってしまった。気付かなかった。

 (もしかして、ゲンマが愉しそうにこっち見てるのってそのせい……!?)

 問い掛けるように勢い良く顔を向けると、彼は後ろに手をついて声を上げて笑う。

「ハハッ!やっと気づいたな」
「もうっ!言ってよ!」
「言ったら面白くねーだろ」

 一緒に暮らして、普通にキスもするのに何を今更と思われるかもしれないけれど、恥ずかしいものは恥ずかしい。穴があったら入りたい……!

 両手で顔を覆って悶えていると、ゲンマがこちらを覗き込む。

「笑って悪かったって。顔見せろよ」
「無理」
「灯」
「今は無ーーー」

 「無理だよ」と言おうとしたら、指の間が明るくなり。

 ーーードォン!

 夜空に大輪の花が咲いた。

「わあ……!」
「へえ」

 開始の時間になったのだろう。

 赤、青、黄、緑。
 どうやってあれだけ鮮やかな色を出しているのか。噴き出すような花火に、弾けるような花火。枝垂れ桜のような花火、土星を模ったような花火、それこそ大きな花のような花火まで、立て続けに上がっている。

「凄いね!」
「今年は特に、岩隠れから爆遁使いが来てるからな」
「爆遁?」
「触れたものを爆発させる力だ」
「え」
「血継限界と花火を合わせたらどうなるかやってみたい、とか言い出した輩がいてな」

 岩隠れには、好奇心旺盛な人が多いらしい。開催の安全面然り、とにかく今回は準備が多かったんだとか。

「じゃあ、アオバさんがダウンしたのって」
「疲れだな」

 今度、お昼に差し入れでも持って行こうかな。

「アオバへの差し入れなら、かぼちゃの煮物でいいぞ」
「いいぞ、じゃないよ。アオバさんにゲンマの好物差し入れてどうするの」
「何言ってんだ。かぼちゃは万能野菜だ。もちろん風邪にも効ーーー」

 ーーードォン!

「それだけじゃねー。抗酸化作用のあるβカロチ」

 ーーードォン!

「塩分を体外に排出するために必須なカリウムも豊富で」

 ーーードォン!

「ビタミンCやEも入っ」

 ーーードドォン!

「だ、大丈夫だよ、ゲンマ。わたしちゃんと分かってるから。かぼちゃって栄養満点で凄い野菜なんだよね。アオバさんにも食べてもらおうね……!」

 ゲンマのかぼちゃ談義を遮るように上がる花火。それを見上げた彼が、ギリリと奥歯を噛みながら何やら不穏な空気を纏ったまま立ちあがろうとしたので、慌てて腕を掴んで止めた。

 すると我に返ったらしいゲンマが、罰悪そうに額に手を当てて腰を下ろす。

「わりィ。つい熱くなっちまった」
「うん、知ってる」

 普段、落ち着いたクールで頼り甲斐のあるお兄さんって感じだけど。実は熱い一面もあるんだと知ったのは、わたしがこちらへ来てからだった。

「そんなゲンマも可愛くて好きだよ」
「ったく」
「わっ」

 不意に腰を引き寄せられ、ゲンマの胸へ飛び込んでしまう。

「可愛いのはお前な」
「ッ」

 耳元で囁かれ、その胸に顔を埋める。そして。

 ーーードォン!

 彼の腕の中で再び見上げた夜空は。

「ゲンマ」
「ん?」
「綺麗だね」
「ああ、そうだな」

 まるで、笑い合うわたしたちの笑顔を映しているかのように煌めいていた。


▽「今宵、鬼が注ぐ盃で」のお話



「アンコ!海へ行こう!」
「はぁ?」

 一時間後。
 私たちは海にいた。

「ちょっと、どういうこと」
「夏だからな!海水浴でもしたら涼しいかと思っただけだ!」

 休みの日に何の約束もなく家に現れた彼氏。

 右手にパラソルとシート、ビーチボール。左手に着替えらしき衣類とクーラーボックスを抱えている。

 (何考えてんのよ、コイツは)

 本当に、ただ海水浴でもしたら涼しいかと考えただけなのだろう。

 眠っていたところを叩き起こされ、気怠げに水着を手荷物に詰めていると、ショウマが巨大土竜を口寄せした。

「海まで頼む」

 口寄せ動物を駕籠か何かと勘違いしてるんじゃないかしら。

 止められるわけもないので、黙って大きい手に抱えられるまま地中を進む。土の中は息が出来ないんじゃないかと思ったら、多少湿気ているだけで割と快適だった。少なくとも、太陽の照りつける地上より幾分もいい。

 どれくらい進んだのだろう。
 地表に出てみると、前方には白い砂浜と真っ青な海が広がっていた。

「では、儂はこれにて」
「応!ありがとうな!」
「ありがと」

 ショウマと一緒にお礼を言うと、土竜は目を細めて「帰りには呼べ」と言って帰っていった。

「随分と人が良い土竜ね」
「おーい!アンコー!こっち空いてるぞー!」

 そりゃあ、アンタみたいな大男が大股で歩けば空くでしょうよ。

 物陰で着替えてから砂浜に向かうと、ショウマは堂々と砂浜の一角を陣取り、ドスッとパラソルをぶっ刺す。そして、シートの上に荷物を置きながら私に訊ねた。

「屋台で何か買ってくる。食いたいものはあるか」

 朝飯まだだったろう、と言われて空腹だったことを思い出す。

「じゃあ、イカ焼き。あとなんか甘いもの」
「任せろ!」

 私はショウマの背中を見送りつつ、シートに腰を下ろした。

 そして彼が置いていったクーラーボックスからラムネを取り出し、キャップについている玉押しを外す。それを容器の口に乗せて、ぐっと押すと。

 ーーートプンッ、シュワァ……。

 ビー玉が落ちて、炭酸が上ってきた。
 泡が落ち着いてから、玉押しを外して口付ける。

「んー!これこれ!」

 すっきりとした喉越し。サイダーとの味の違いはないけれど、コロコロしているビー玉が涼しげだし。何より、この容器がいいのよねー。

 パラソルの影でラムネ片手に涼んでいると、見知らぬ男が声を掛けてきた。

「お姉さん一人?よければ俺と遊ばない?」

 教科書のようなナンパのテンプレ。

 (これだけ物があるのに、一人な訳がないじゃない)

 一眼見れば分かることなのに。随分とオツムが弱いようだ。

 加えて、こちらの身体を見下ろすねっとりとした視線。自慢ではないが、胸はそれなりにある。プロポーションだってそこら辺の女には負けない。

 けれど、こんなあからさまに下世話な目を向けられては嫌悪感しか湧いて来なかった。

「お断りよ。連れがいるの」
「ひょっとして泳げなかったりする?俺が教えてあげるよ」
「いらないって言ってるでしょ」
「なあ、俺の女に何か用か」
「ッ!?」
「俺 の 女 に 何 か 用 か」

 二回聞いた。
 腹の底に響いてくるようなドスの効いた声。屋台から戻ってきたショウマだった。

 (ショウマって怒るとこうなるのね)

 腰を屈め、私に言い寄る男の顔をぬっと覗き込む彼。

 右手の指にイカ焼きの串を四本挟み、左手には山盛りのかき氷を持っている。口はにぱっと笑っていて、絵面的は恐くないはずなのに目が完全に据わっていた。
 
 (なーにが怒らないよ。よく言うわ)

 まあ、本人からしたら「俺の女に何か用か」って思ってるだけなんでしょうけど。

 しかし、大の大人が見上げるほどの大男からまともに圧を受けたら普通は及び腰になるというもので。

 目の前のナンパ男も例にも漏れず、砂に足を引っ掛けながらずごずごと退散して行く。私は膨れっ面を晒してショウマを見上げた。

「遅い」

 いつものようにカラッと晴れたような笑顔で、「はっはっはっ!すまんすまん!」そう返してくると思っていたのに。

 彼はらしくもなく神妙な顔をして、私の前に正座をした。

「ちょ、ちょっと。どうしたのよ」
「じっとしてろ」
「な、ーーー!?」

 つい後ろ手ついて後ずさると、突然ショウマが覆い被さってきた。両手が塞がったままで私の胸に顔を埋める。

「ショウマ……!」

 肩に手を置き押し返すがびくともしない。

 (なんて力してんのよ……!)

 ざらりとした舌が谷間を割るようになぞる。ビキニにした私が馬鹿だった。いくらパラソルに隠れるとはいえ、見えるものは見える。実際立ち止まる足が何人もいた。

 (最ッ悪!)

 まるで見せつけるかの行為。

『俺の女に何か用か』

 その声が蘇ってきて、ぶわりと顔に熱が集まる。

 (まさか、わざとやってるんじゃ……!)

 何かを探すように這っていた舌が、ふと止まった。その場所に唇が吸い付く。チュ、とリップ音を響かせ、ようやく離れた。

「これでよし!」
「なにが『よし』よ!」
「おっと」

 腕を振り下ろすが、避けられた。

 胸にくっきりついたキスマース。谷間寄りに付けられてしまったのでは隠しようがなかった。

 ギロリと睨み上げると、代わりにかき氷をずいっと差し出される。

「レモンと迷ったんだが、いちご味が一番甘いらしいからな!さあ、食え!」

 極め付けは、こちらを照らす満面の笑み。

 (ああ、もうダメだわ、これ……)

 睨んだところで無駄。怒るだけ馬鹿を見るだけだ。

 私は観念して嘆息し、かき氷を受け取った。

「それで、そっちのイカ焼き。ちゃんと私の分もあるんでしょうね」
「ああ、もちろんだ!三本は俺のだがな!」
「海で食い意地張ってどうすんのよ」
「焼きそばとか、たこ焼きもあったぞ」
「じゃあ次はたこ焼きね」
「よし来た!」

 他愛ない会話に、周りの人たちが離れていく。私はその気配を感じてから、隣に腰掛けた彼と唇を寄せた。


▽「誰か為に眼は染まる」のお話



 滝隠れの里からの帰り道だった。

 一週間前。
 コハクの話を聞きつけたらしい大名が、是非勝負をしたいと持ちかけてきた。お前が来い、と言ってやりたがったが。

「幾分、老齢でして」

 九十過ぎた爺だった。

「うむ、年配の方は労らねばな」

 兄のことだ。労わるべきその年配の方が、その御歳にも関わらず賭け事に興じていることについては一切詮索せず、コハクに打診した。

「出張ですか。僕は構いませんよ。夏は比較的身体が楽ですし」

 縁側で風鈴の音に耳を澄ませ、湯呑みを手に一服していた彼はあっさり快諾した。

「護衛には扉間、お前が着いて行け」
「オレがか」
「初めての土地だ。扉間と一緒の方がコハクも安心するだろう」

 安心、するだろうか。

 当たり前のように言ってのける兄。しかし、オレはどうにも腑に落ちず首を傾げた。

 確かに、コハクの体調の件は知っている。彼の生い立ち、性格や趣味趣向については、他の者より把握しているだろう。しかし、それが彼の「安心」に繋がるのかは分からない。

 (どちらにせよ、仕事は仕事だな)

 火影から任じられた以上、務めるがオレの役目。

「分かった。引き受けよう」
「よし!」
「ところで兄者」
「なんぞ」
「オレがいないからと、視察と称し里のあちこちに出掛けたり、賭け事ばかりするなよ」
「んなっ?!はっはっはっ!す、するわけがなかろうが!」

 ぎくりと肩が揺れたのは気のせいではないだろう。オレは不在中の兄のスケジュール、並びに業務内容を側近に書いて渡した。

「多少手荒な事をしても構わん。兄者を椅子に座らせ処理させろ」
「御意」

 そうして出掛けた。

 三泊四日。
 存分に遊び尽くした大名から、今後絹を融通してもらう約束を取り付けて里を後にする。

「仕事熱心ですね、扉間」
「フン。暑い中ここまで来て、土産話もなく手ぶらで帰るのは癪だと思っただけだ」

 じわりと額に滲む汗を腕で拭う。
 その様子を見たコハクが、駕籠の簾を上げたまま「すみません」と眉を下げた。

「お前が謝ることはない」
「はい」

 ありがとうございます、と。コハクは、駕籠を運ぶ者たちにも声を掛ける。

 (難儀な性格なのはどちらやら)

 そこかしこに気を遣う。他人の目の色をばかり見て、疲れやしないものか。

 ふと、潮の香りが鼻先を掠め、顔を上げた。

「この近くに海があるのか」
「はい、ございます」

 駕籠を運ぶ者に尋ねると、彼は首肯して言った。

「もう少しで海沿いの道になります。その道沿いに半刻進みますと今夜の宿がございます」
「そうか」

 丁度良い。

「浜辺で少し休もう」
「畏まりました」

 砂浜に着いた。
 木陰に駕籠を降ろさせ、束の間の休息を取る。

「扉間」
「なんだ」
「興味深い場所ですね。風が向こう一帯へ抜けて行く」

 駕籠から出たコハクの草履が、きゅっと砂を踏む。潮の音に耳を傾けながら、海の方向へその足を向けた。

「この先はどうなっているのですか」
「海だ」
「海……、大きな水溜まりのような場所だと、本で読んだことがありますが」
「そうだな。しかし、水溜りのように丸くはない。地平線が見えるからな」
「へえ」

 ふと、彼の足元でさざ波が引いては寄せていることに気が付き呼び止める。

「コハク、草履を脱げ」
「はい?」
「それが嫌ならもう二歩下がれ。濡れるぞ」
「濡れる……」

 彼は自分の顎を撫で少し考える素振りをしてから、草履を脱ぎ浜辺へ揃えて置いた。

「いいのか」
「はい。拭くものは持っていますから」

 まるで踊るような声色。
 白い頬をほんのりと色付かせ、裸足で水をつつく姿はまるで子どものようだった。

「えいっ」

 ーーーパシャン!

 思い切って踏み込んだ右足。たくし上げれば良かったものを。軽く上がる水飛沫が、無遠慮にも彼のズボンの裾を濡らす。

 しかし、コハクはそんなことを気にする素振りもなく。むしろ、それを楽しむかのように「ふふふ」と笑った。

「楽しいか」
「はい。いつかしてみたかったんです。こうして水で遊ぶこと」

 幼い頃から身体が弱かった彼は、周りの子どもと同じように遊ぶことが出来なかったらしい。

「同年代の子が、川で取った魚を見て羨ましかった。夏の暑い日に、水で泳いで気持ちよかったと話しているのを聞いて、僕もいつかやってみたいと思いました」
「そうか」
「だから、今とても楽しいです」

 両腕を広げ、くるりと身を翻す。軽やかな仕草はまるで水浴びをしている小鳥を思わせた。

 (確かに。見て聞いているだけというのも退屈だな)

 オレは靴を脱ぎ、ズボンの裾を折って上げた。彼に倣って海水に足をつけくるぶしまで浸かると、ひやりとした感覚が心地良い。

「なるほど、悪くない」
「でしょう」

 コハクはおもむろにオレの手を取った。

「ねえ、扉間。もう少し進んでみませんか」
「そちらは少し深いぞ」
「大丈夫です。君がいてくれるから」
「なに?」
「扉間がいてくれるから大丈夫」

 漠然とした根拠。オレがいるからどうだというのか。

『その方がコハクも安心するだろう』

 兄の言葉が頭を過ぎる。

 (安心、しているのだろうか)

 分からない。

 しかし、悪い心地はしなかった。

「ならばこちらだ。その方が浅い」
「せっかくですし。膝まで浸かってみたいのですが」
「今すぐ抱えて沖に上げてやろうか」
「……扉間の石頭」
「何か言ったか」
「言っていません」
「まったく」
「うわっ、ちょ、降ろしてください!扉間!」

 コハクの膝の裏に手を差し入れ横抱きすると、慌てたようにジタバタと足を動かす。

「いいからじっとしておれ。悪いようにはせん」
「!なにを」

 オレはコハク気づかれぬよう、なるべく音を立てず海の中を進んだ。膝上、太腿の中程、コハクの着物が濡れない程度の高さまで海に浸かったところで立ち止まる。

 (これでは裾を折った意味がないな)

 内心苦笑しながらも、困惑気味に大人しくなったコハクを見下ろして言った。

「手を降ろしてみろ」
「こう、ですか」

 そろそろと伸びる彼の腕。その指先が海面に触れーーー、

「っ?!」

 ピチャン!と水が弾けた。

「え、……え?!」

 おっかなびっくり。
 慌てて手を引っ込めた。濡れた方の手を握り込み、身を縮こめてこちらに寄って来るコハク。その様子が妙に可笑しくて。

「クッ……、フフ……!」
「と、扉間!君、もしかして海に浸かってるんじゃ」
「悪いか」
「風邪を引くじゃないですか!」
「ハハハッ!」

 さっきまでオレの手を引いていた威勢は何処へやら。オレの肩に手を添え焦る姿に、つい笑いが起こる。

 ひとしきり笑い終えると、腕の中の彼はむうっとむくれた顔を晒した。

「扉間……」
「なんだ。遊びたかったのではないのか」
「!」

 オレはコハクを抱え直して言った。

「着物くらいなら風遁を使えば乾かしてやれる。存分に遊べ」

 パァッとコハクの表情が明るくなる。
 彼は今一度腕を伸ばし、水を掬った。両手を椀のようにして持ち直し。

「それっ!」

 宙へ投げた。

 太陽の光を受けて、舞う雫。キラキラと輝くそれを見上げ、コハクが微笑む。

「どうです、綺麗ですか」
「ああ、そうだな。綺麗だ」
「そっか!」

 嬉しそうにはにかむ彼に、自然と口元が緩む。凪の海に比例して、心は酷く穏やかだった。


▽「砂城の階」のお話



 夜。
 日が落ちると同時に、露店に明かりが灯る。その光に誘われるように、一人、また一人と街に人間たちが歩き出し。

 一時間もすれば店々は賑わい、真昼の太陽の予熱を思わせる熱気が肌に伝わる。

 バザール。
 野菜に果物から布地や衣服、装飾品まで。商店や工房などが出店している雑多な市場。

 俺はここで。

「オジキ、人が多いからはぐれなよ」
「お前がな」
「オジキ!こっちでイカ焼き売ってるじゃん!」
「テメェで買え」
「ララ、見ろ。この石、キラキラしてるぞ」
「イミテーションだ。置いとけ」

 姪と甥たちの子守りをしていた。




 平たく言うと、ぶっ倒れた。

 風影代理として務めて半年を過ぎた頃。
 普段通り会議を終え、執務室で書類を片付けていた。職員から報告を聞きつつ、バキともう一人の補佐を前に向こう一週間のスケジュールを詰めていた時だった。

「そっちの資料取ってくれ」
「あ、はい」
「違う。そっちじゃねェ、隣のーーー」
「羅果!」

 立ち上がると同時に視界が揺らいだ。咄嗟に机に手を着こうとするも、紙で滑り転倒。手首の輪が解け金の手が身体を受け止めたが、その時には既に意識が落ちていた。

「「オジキ(ララ)!」」

 目を覚ましてみると、病室だった。白い天井の代わりに、こちらを覗き込む姪と甥たちの顔が見える。

「お前ら……」
「あー、ビビった。バキからオジキが倒れたって連絡があったんだよ」

 余計な事を。

 安堵したように、オレのベッドの端にドサリと腰を下ろすカンクロウ。ゆるりと顔を動かして見ると、腕には点滴が刺さっている。

「過労です」

 医者からにべもなく告げられた。

 代理としての仕事と、元々自分が持ってる仕事。いきなりぶっ込めば身体に来るとは思っていたが。

 (まさか本当に来るとは)

 仮眠も食事も意識的に取ってたんだがな。

 我愛羅は医者が退出してから、横になったまま嘆息するオレを振り返り眉間に皺を寄せて言った。

「ララ、お前も歳だ。無理をするものではない」
「黙れ。殺すぞ」

 こちとら、まだ三十路後半だ。十代のガキから見たら歳かもしれんが、五十路の橋渡るまでは年寄り扱いされたくねェ。

 オレがあからさまに不服な顔をすると、腰に手を当てたテマリが片眉を吊り上げた。

「我愛羅の言う通りだ。聞いたぞ。もう二週間も帰ってないんだって?」
「おい、我愛羅」
「ララのためだ」
「チィッ!」
「ハァ……、不貞腐れるなよ。子どもじゃあないんだから」
「るっせェよ、大人を子ども扱いすンな」
「私以外に言う人もいないだろ。バキの言うことも聞かないらしいじゃないか」

 ぐうの音も出ない。

 そういえば、休めだのなんだの言われたが適当に聞き流しながら「仮眠したからいい」と突っ撥ねていたような気がする。

 黙り込んだオレを見て、カンクロウがニヤリと笑った。

「ま、そう言うこった。大人しくオレたちと視察に行くじゃん」
「あ?視察だと」

 そうして連れてこれたのが、バザール(ここ)である。

「お前は仕事とでも言わない限り休みもしないからな。行ってこい」

 姪と甥たちを護衛に、バキに見送られて里を出た。護衛なんざいらん、行くなら一人で行くと言ったら「今のお前は風影代理だ。護衛必須。いいから連れて行け」と半ば押し付けられた。

「オジキ!タコ!タコ焼いてるぜ!」
「わーったから買って食ってろ」
「カンクロウ、私のも頼む。我愛羅も食べるか」
「食べる」
「オジキ」
「……なンだ、テマリ。その手は」
「決まってんだろ。お、こ、づ、か、い」
「テメェで働いて稼いでんだから、テメェで払え」
「ケチ!」

 仕方ないなー、と財布を出して兄弟分を支払う姪っ子。タコの素焼きを頬張る三姉弟を横目に、オレは辺りを見渡した。

 (これだけ人がいて混乱しないとは)

 通路、出店舗の区画、また店舗の配置。
 客が見て回りやすいように工夫が凝らされている。

 もし、砂でも同じような市場が出来たらーーー

「里でも、このような催しが出来たらいいのにな」

 ポツリと我愛羅が呟いた。オレが瞠目して見下ろすと、彼は真剣な瞳でこちらを見つめる。

「そうしたら、民も活気付くと思うのだが」

 どうだろうか、と提案された。
 オレは腕を組んで思案し、首を横に振った。

「すぐには出来ねェ。場所の確保、店の剪定。いきなりこんなに大規模なものは望めない。だとするならば、店の系統を統一する必要がある」

 立案、企画、実行。
 やったことのない催しだ。古狸たちの説得期間を含めザッと見積もると。
 
「早くて半年、長くて一年から一年半」
「すぐである必要はない。ただ、里も変わっていくべきだと思う」
「フン、一丁前に言ってくれる」
「悪いか」
「悪かねェ。俺も同じこと考えたからな」
「!そうか」

 ララと同じなら心強い。そう言って力強く頷く我愛羅に、つい苦笑を漏らした。

 (ったく、物好きなヤツだな)

 ふと視線を上げると、反物の店が目に入る。ふらりと足を向けると、なるほど。さらりとした手触り、一切のムラがない丁寧な染め。色も上品なものだった。

「なかなか、いいもン入れてるな」
「ありがとうございます」
「おい、我愛羅。こっち来い」
「分かった」

 素直に寄ってきた我愛羅。オレはその肩に見本の布をいくつも当てていく。

 群青、黒……、系統ではないな。赤、真紅、やはり深い色の方が合うか。

「ララ?」
「もういいぞ。ーーーテマリ、カンクロウ、次はお前らだ」
「「は?」」

 護衛の任務なんぞ頭の端にもないのだろう。いつの間にか空にした食い物のトレーを三重に重ねている姉弟を呼び寄せた。

 (完全に食い倒れ決め込んでやがるな)

 年頃らしいっちゃあ、らしいんだが。

 なんだ、なんだとやってくるテマリとカンクロウ。俺は二人にも同じように布を当てていく。

「オジキ」
「じっとしてろ」

 それから真紅と玄の反物を指して、店主に見本を返す。

「この二色を買う。真紅は二疋、玄は四疋もらおう。配達はしているか」
「はい。別料金になりますが」
「構わねェ」
「ご住所はどちらでしょう。場所によってはお時間頂くかと」
「ああ」

 オレは袂からメモと筆とを取り、贔屓にしている仕立て屋の住所を書いて渡した。

「配達料金二倍払う。最速でここに届けてくれ」
「畏まりました。お代は請求でよろしいでしょうか」
「いや、面倒だ。今払う」
「お、おい、オジキ。どういうことだよ」

 オレが懐から取り出した額にビビったのか、狼狽えるカンクロウ。テマリは唖然としているし、我愛羅も目を丸くしている。

 オレは支払いを終え、店の連絡先と領収書を受け取ってから三人を振り返り言った。

「上忍着任祝いだ。まだやってなかったろ」
「「!」」
「任務用に新しい服と。テマリ、お前には扇用の帯も仕立ててやる。精々励め」

 最低二着ずつ。余った布が出たら私用の服でも仕立てればいい。下手に役立たないものよりはマシだろう。

 良い反物の店を知ることも出来たし、悪くない買い物だった、と満足して店を後にすると。

「「オジキ!」」
「っ!おい!?」

 左脇からテマリが、右脇からカンクロウが。あろうことが抱き付いてきた。

「何の真似だ!」
「「なんとなく」」
「離れろ!暑苦しいッ!」
「ララ」
「あァ?!」
「何が食べたい」
「は」

 胴体をホールドされてもがく俺に、テマリの向こうから顔をひょっこり覗かせた我愛羅が、どこか期待を込めた顔で聞いてきた。

「空気読め。こんな時に何言ってんだ、テメェは」
「そういえば、先程のタコの素焼き、ララだけ食べてなかったな。買って来よう」
「いらねェよ。おい、待て。聞いてんのか」
「え?チョコバナナが食べたい?私が奢ってやるよ」
「頼んでねェ」
「じゃあオレは焼きそば買ってやるじゃん」
「だから頼んでねェ」
「「すみませーん!これ四つ!」」
「聞けっつってんだろーが、コラァ!」

 ところが、いくら俺ががなったところで聞くような子どもたちではなく。

 気付けば両手一杯の屋台飯と。三人の笑顔に囲まれながら、不本意にも夜の熱気に引き摺り込まれて行った。
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