ブライダルアタック
※名前変換ありません。
各小説主人公名は変換前固定になります。
※nrt中長編主人公のバレンタインのお話です。
*目次
「君と綴る」のお話
「インディゴの糸を解く」本編後のお話
「欠けた月の成れの果て」のお話
「刻が運命を告げたなら」のお話
「毒の華は今日も笑う」十三年後のお話
「ホーム・スイート・ホーム」のお話
「今宵、鬼が注ぐ盃で」のお話
▽「君と綴る」のお話
二月は必然と、お菓子関係の本を求める人が増える。
「よし、こんなもんかな」
わたしは出来上がったバレンタイン特集の棚を確認した。
レシピ本は探している人が多いから、人の目線の高さに来るように面陳列にして。あとはポップを飾れば。
「「遼さーん!お菓子のレシピ本ある?!」」
「あるよ。いらっしゃい、いのちゃん、サクラちゃん」
毎年恒例、一番乗りの二人。
特集の棚を見ては「サスケくんは甘いもの好きじゃないから」「去年はクッキーあげたから今年は別のものを」と競うように雑誌を漁っていく。
ゆっくり選べるようにと、カウンターに戻り椅子に腰掛けると店の扉が開いた。
「こ、こんにちは」
「こんにちは、ヒナタちゃん」
小さな声で挨拶をくれた、刈り込みショートの女の子。ナルトくんたちと同期らしい。
傷薬の本を探している、と頼まれて紹介してからというもの、こうして通ってくれるようになった。
恥ずかしがり屋さんなのか。あまり話さない控えめな子だけれど、稀に見せる微笑みは蕾が花咲く時のように可愛らしい。
「あ、あの」
「うん」
「初めてでも簡単に作れるような、お菓子のレシピ本を探しているんですけど……」
ありますか……?と眉を下げ、指をモジモジさせるヒナタちゃん。
「うん、あるよ」
特集コーナーは白熱してるため、レシピ本のコーナーに案内する。
「わたし、お菓子作り苦手でね。普段お菓子作らないんだけど、たまたまパウンドケーキ食べたくなっちゃって。試しにこの本で作ってみたら上手くいったんだ」
チョコレートにクッキー、パウンドケーキ。作りたいお菓子がどれか分からないため、同シリーズを三冊ほど見繕って渡した。
「よければ開いてみてね」
「ありがとうございます……!」
嬉しそうに受け取り、レシピを読むヒナタちゃんの横顔が真剣そのもので。
(いいなあ、若いなあ)
いのちゃんといい、サクラちゃんといい、ヒナタちゃんといい。恋に一途な姿が微笑ましい。
「他人顔みたいな顔してるけどー、遼さんも今年は渡すんでしょー?」
「え?」
わたしの背中からいのちゃんがひょっこりと顔を覗かせる。
「も、ち、ろ、ん、渡すわよね?」
「え」
サクラちゃんまで腰の後ろで手を組んで、覗き込んで来た。ヒナタちゃんも本から顔を上げて、興味津々に私を見つめる。
「わ、渡すって、誰に」
「「カカシ先生!」」
「ええ?!」
「「えっ!?」」
わたしが驚くと、いのちゃんとサクラちゃんが釣られて声を上げた。
「まさか、スルーするつもりだったのォ?!」
「だって、今までバレンタインって誰にも何も渡したことなかったし」
「一度もー?!」
「一度も」
二人はもちろん、ヒナタちゃんも目を丸くした。
「信じられない……。これまで渡す人いなかったの?」
「うーん。渡す人がいなかったっていうよりは、作ったり、渡す機会がなかった、かな」
ヒナタちゃんにも言ったけど、わたしはお菓子作りが苦手だ。
料理は何とかなっても、お菓子は無理。クッキーを作ったらパサパサになるし、パンを作ったら固くなる。
かと言って、じっちゃんはお菓子をあまり食べないし。不知火くんも甘いものが特段好きというわけじゃなかったから、そういう話題にもならないし。
はたけさんにお茶菓子出した時は、甘くないものの方が手が進んでいたから、わざわざお菓子を渡そうという発想にならなかった。
それに。
「バレンタインデーって言っても、基本仕事だからね……」
「「あー……」」
自分はもちろん、周りも揃って仕事だから、特別な日という感じがしない。里の中を歩けばまた雰囲気が違うかもしれないけど、私の場合、基本店番中は店から出ないし。
「そんなこんなで十六年過ごしてきたからなあ……」
「もー!またそういうこと言ってんだからー!」
「忘れたの、遼さん!乙女は?!」
「い、一生愛の人生……?」
「「そうよ!しっかりして!」」
左右から喝入れられてしまった。おまけにヒナタちゃんからも小声で「が、頑張ってください……!」と、励まされては例年通りスルーするわけにもいかず。
「何を作ればいいんだろう」
その日の夜。
店を閉めてから、エプロンをしたわたしは一人、台所に立って腕を組んでいた。
(お世話になってるし。渡してもおかしいことはないよね)
しかし相手は、あのはたけさんだ。
格好良くて強くて優しい人。そりゃあ女子からもモテるだろう。
(普通のチョコレートならたくさん貰うだろうし)
ダークチョコレートにする?
型取ればいいのかな。でもそれだと市販と変わらないし。はたけさんが貰って嬉しいものって一体ーーー。
『ありがとう……!家宝にする!』
「……あった。貰って喜んでたもの」
そうだ。彼が好きなものと言ったらアレしかない。
「だとしたら必要なものは」
型だ。
(型といえば、フィギュア。フィギュアの作り方の本、確か読んだよね)
わたしは天井を仰ぎ、記憶を引っ張り出す。最近は食品用シリコンがあるから、それで型を作成してチョコを流し込めばいい。
「よし」
まずは、なにより精巧なモデルが必要だ。
わたしはエプロンを置いて、自分の部屋へ向かった。
▽
解散し、報告書をあげた帰り道。
立ち寄った商店の陳列に、チョコレートが前面に出ているのを見て気づく。
「ああ、そろそろバレンタインか」
甘ったるい香りを思い出しては、顔を顰めそうになった。
(毎年食べ切るの大変なんだよな)
お返しも大変だけど。
はあ、と溜め息を零して帰路に着くと、見知ったシルエットが街頭に寄りかかって佇んでいた。
「遼?」
「!はたけさん」
オレを見てパッと顔を上げた遼。
一体いつから待っていたのか。上着を着て、首にマフラーを巻いているものの、鼻の先が赤くなってしまっている。
「どうしたの」
「はたけさんに渡しておきたいものがありまして」
「オレに?」
首を傾げると、彼女はラッピングされた箱を両手で持ってこちらに差し出した。
「えっと、ハッピーバレンタイン?」
「え」
思いがけないプレゼントに瞠目すると、遼がずずっと鼻を啜りながら眉を下げてへらりと笑う。
「すみません。チョコレート渡すのって初めてで。なんと言ったらいいのか分からなくて」
「初めて?」
「う……、はい。当日は仕事があるので事前に渡しておこうかと」
いつもお世話になっているので。
言われて、納得した。
(義理チョコか)
オレがバレンタインのチョコレートを渡す初めての相手だと知って嬉しい反面、残念がっている自分がいた。しかし、義理でも何でも好きな子から貰えるなら嬉しいもので。
「ありがとね」
「!自信作です!」
「ん?」
自信作。
チョコレートに自信作って何。
ぐっと拳を握り、キリッとした顔でこちらを見上げる遼。念のために確認した。
「チョコレートだよね」
「チョコレートです」
「開けてみてもいい?」
「どうぞ!」
リボンを解き、包装紙を開けると。
「お、お前、これは……!」
イチャパラシリーズのヒーローとヒロインを模ったチョコレートが、クリアケースに収まっていた。
「型から作りました。世界に一つだけのチョコレートです!」
「お、おお……」
極めたな。
バレンタインとは、という疑問を脇に置いたら、食べるのがもったいない程に完璧な出来だった。顔の彫り、服の皺、ヒロインの髪の靡き方まで精巧に再現されている。
「どうしてこうなったの」
「はたけさんが喜びそうなものを考えてたら、やっぱりコレかなって」
確かにコレだけども。
「ちなみに不知火くんにはカボチャです」
そう言ってどこからともなく取り出したのは、可愛らしいピンクのリボンを巻いた実物大のチョコレートのカボチャだった。
(どうやって食べるの、それ)
むしろ、どうやって割る気なんだ。
両腕で抱えてるところから見ても、中が空洞じゃないでしょ。ぎっしり詰まってるよね。一体、何人分のチョコレート使ったの。果たして、その量を一人で食べ切れるのものなのか……?
「じゃあ、わたし行きますね。お疲れ様です」
「ん、お疲れ様」
オレは解消されない疑問を抱いたまま、カボチャ(チョコレート)を抱えて去る遼の背中を見送った。
▽「インディゴの糸を解く」本編後のお話
「バレンタインデー、か」
どこかの文化を木ノ葉にも輸入する試みが採用され、明日がその施行日。
日頃お世話になっている人や友人、好きな人、恋人にチョコレートをあげるという。モテ男とリア充が得をし、一部の商店が儲かるだけのイベントだった。
「僻みすぎだろ」
「俺には無関係の日だからなー」
いつもの屋台で愚痴を溢すと、案の定ゲンマに呆れられた。そんな顔してるけど、お前はどうせ貰うんだろうが。「いつもお世話になってますゲンマ先輩」って建前で、ほんのり頬染めた後輩から貰うんだろうが。
シャーベット食べながらやさぐれていると、おやっさんが可愛いクマちゃんのチョコレートアイスを奢ってくれた。俺の味方はおやっさんだけだった。お返し何しよう。クマちゃん柄の三角ペイントでいいかな。
ベッドの上でそんなことを考えながら、いつの間にか寝てしまったらしい。
コンコン、コンコン、と窓を叩く音で目を覚ました。
「んだよ、うっせーな……」
寝返りを打ってカーテン開けようと肘をついて上半身を起こすと、突然後ろから伸びてきた手に口を塞がれ、ぐっと引き寄せられる。
「ッ?!」
「ーーー出るな」
耳元で囁く声と、腹に回された手には馴染みがあった。
「カカシ」
「気配消して」
らしくもなく切羽詰まっているカカシの表情。俺は言われるまま気配を消した。すると、窓の外の気配も去って行く。
「……何したんだ、お前」
「今日がなんの日か覚えてる」
「バレンタインデー、だったか」
「だからだーよ」
「だから?」
「チョコレート持った女の子たちに追われてる」
爆発しちまえ。
「お前さ……、一体何のためにこの日を輸入したんだ」
「里が賑やかになればいいかなと思ったのよ。まさか、あんな血眼になって追いかけられるなんて思わなかった」
「自分がモテること自覚しろ、バカカシ」
俺を腕の中に収納したまま、「オレももういい歳でしょーよ」とほとほと困ってるそこのお前。
いい歳だからこそ追われることに気付け馬鹿。歳上がるごとに、対象年齢の幅が広がってるから余計にモテててんだよ腹立つ言わせんな。
「だからオレ、今日一日はここで凌ぐから」
「は」
「自宅も火影屋敷も張り付かれてて入れないし」
「え」
「執務室も人押し寄せて来るから業務どころじゃなくてな。どこか行っててくれって補佐たちに追い払われたのよ」
「おい」
「たから、呼び鈴鳴っても窓叩かれても絶対出るなよ。火影命令」
「俺の家なんだが」
「今更でしょ」
「そうだった……」
こうしてバレンタインデー輸入一年目は、大きな課題を残したのだった。
▽ 「欠けた月の成れの果て」のお話
六夜の食が細い。分かってはいたが。
(口にするのは、朝晩の小鉢のみ。あれでは、いつ身体を壊してもおかしくない)
むしろ今まで保っているのが不思議なくらいだ。ものぐさが幸いしているとしか思えなかった。
(なんとか食べさせられないものか)
御台所頭に買い出しを命じられ、市場を歩いていると。ふと、珍しいものが目に入りらオレは足を止めた。
▽
夕餉を下げてから。
オレは彼の背に降り立った。それが珍しかったのか。普段通り床に直接肘枕をして、小天守の花頭窓から夜空を眺めていた六夜が、「おや」と奇しくも自らこちらを向いた。
「どうしたんだい」
「こちらを」
オレは彼の前に、一つの小さな箱を滑らせた。蓋を開けると、中には四粒の四角いチョコレートが入っている。
「これは」
「市場で見かけました。甘さを控えたものになります」
「君が選んだのか」
「はっ。出過ぎた真似とは思いますが」
「いんや、構わないよ。猫ちゃんのことだ。私がもう少し、何か食べればと考えたのだろう」
分かっているなら食べて欲しい。
肯定するよう目線を下げると、六夜の腕が動く気配がした。
その指がチョコレートを一粒摘み、己の口へと運ぶのが分かった。ころり、ころりと口の中で転がす音が聞こえる。
「猫ちゃん」
ややあってから呼ばれた。オレが顔を上げると、口元を緩めた彼から、ちょいちょいと手招きされた。
(なんだ……?)
オレは呼ばれるまま近寄った。
その手が触れるほどの距離まで寄ると、彼はオレの面の顎の下から人差し指を差し入れる。そして、器用にも指の背で面を滑らせるようにして鼻先まで上げ、口布をするりと下ろしては、唇に何かを押し当てた。
(甘い香り)
薄く開いた口へ軽く押し込まれたそれは、オレが彼に差し出したチョコレートだった。
「どうだい」
「美味しい、です」
「君が教えてくれたんだよ」
「は……」
「誰かと共に食べる、その味をね」
面を戻しながらオレを見つめる鳶色の瞳が、優しげに弧を描いた。
▽「刻が運命を告げたなら」のお話
「ただいま」
「おかえりなさい、カカシのお兄ちゃん!」
「おかえり、カカシィ!」
「え」
いるはずのない男の声がして、靴を脱ぐのもそこそこに顔を上げると。あろうことか例のショッキングピンクのタイツに身を包み、手を背中で組んでキリ顔している結愛の隣で、ガイが白い歯を見せて仁王立ちしていた。
最悪だ。タイツ二人。帰宅早々見たくない絵を見てしまった。
「どうしてガイがオレの家にいるのよ」
「結愛が呼んだの」
「結愛が?」
オレが首を傾げると、彼女はとことことオレの前に歩み出た。そして、背中から可愛らしくラッピングされたプレーンクッキーの袋を差し出し、にぱっと笑う。
「ハッピーバレンタイン!」
「ばれ……」
「大切な人に贈り物をする日らしいぞ」
どうやら結愛と一緒に作っていたらしい。ガイからは市松模様のものを。
「拙者からもな」
「パックン」
パックンからはショートブレットを受け取った。この歳で、こうしてプレゼントを貰うのは、少しばかり気恥ずかしいものもあるわけで。
「ありがとね」
オレが頬を掻いてはにかむと、結愛の笑顔が咲いた。
「ガイのお兄ちゃん!ゆあやったよ!」
「結愛、お前ってヤツは……!」
「ガイのお兄ちゃん……!」
「結愛……!」
「ガイのお兄ちゃーん!」
「結愛ー!」
うわぁ……。
そうだ、これぞ青春だ!と暑苦しい涙を流しながら結愛を抱き締めるガイと、そんなガイにしがみつく結愛。
オレは温かかったはずの気持ちが、一気に冷めるのを感じた。
▽ 「毒の華は今日も笑う」十三年後のお話
二月十四日。
毎年この日になると、伯母上の部屋から甘い香りが漂ってくる。
「伯母上、失礼致します」
声を掛けてから障子を開けると、例年通り、足場を埋め尽くす程のチョコレートに埋もれている伯母がいた。
「チョコレートの仕分けに参りました」
「えー……」
「えー、じゃありません」
食べたものと食べていないもの。
今仕分けておかないと、明日にはもっと酷いことになる。
「カードは残して置いてよねぇ。誰に返せばいいか分からなくなるからぁ」
「分かっていますよ」
ごろりと寝転がり、手の届く範囲のチョコレートをひたすら口に放り込む伯母上。
オレはその横で用意してきたゴミ袋を広げ、彼女が食べ終わった箱を集めていく。
(毎年、どんな人から受け取っているのだろう)
正直、我が伯母ながら性格に難ありと思うことが多々ある。
ああ言ったらこう言う。大人気ないことをサラリと言ってのける。ふらりと出掛けては、幼子のように口周りにみたらしのタレをつけて帰ってくる。食べたら食べっぱなし、読んだら読みっぱなし。片付けは全くしないし。
(女として。いや、それ以前に人としてどうなんだ)
こんな人に好意を寄せる相手とは一体。
ふと気になり、同封されているカードを纏めるついでに一枚ずつ捲ってみることにした。まず一枚目。
『助けてくださりありがとうございました』
助けた。伯母上が。
(伯母上が忍をしている、だと……?!)
思わず振り返ると、ニタァとした笑みを返された。オレはごくりと唾を飲み込み、再び手元に目を落とす。
『アサヒさんの下僕になりたいです』
なんだって。
今度は、きゅっと口角を上げて態とらしく小首を傾げられた。そんな顔しても無駄ですよ、一体ナニしたんですか。
『私もアサヒさんみたいに、強くて美しい女性を目指します』
貴女は貴女のままでいてください。
『姐さん、惚れました。結婚してください』
やめとけ。苦労しかないぞ。
『アサヒさんに抱かれたいです』
誰だ。
『貴女との夜が忘れられません』
忘れろ。
『アサヒさん、僕の童貞受け取ってください!』
いらん。
『アサヒさんにピンヒールで踏まれたいです』
カードが手の中でぐしゃりと音を立てる。
「伯母上」
「なーにぃ」
「お返しは何になさるおつもりで」
「あっは!ナニにしよーかなぁ」
ケラケラと笑う伯母を見て、オレはまともなカード以外捨てようと心に決めた。
▽ ホーム・スイート・ホームのお話
夕飯の支度をしていると、お風呂から上がったゲンマが髪を擦りながらわたしの手元を覗き込む。
「今日は鍋か」
「うん。最近また寒くなったから、温かいのがいいかなと思って」
わたしは、鶏団子が煮えたのを確認してから火を消した。つけダレを用意していると、ゲンマがコタツに鍋敷きを敷く。そしてタオルを首にかけてから、鍋を持ってその上に置いてくれた。
「ありがとう」
「ん」
タレの器と箸とを並べていると、不意に背中から抱き竦められ、心臓が跳ねる。
「げ、ゲンマ?」
「ちょっと聞きたいことがあンだけど」
どうしたんだろう。
歯切れの悪い彼に小首を傾げると、ゲンマは「あー……」と、わたしの肩に顔を埋めてはボソリと呟いた。
「……チョコ」
「チョコ?」
「バレンタインのチョコ、ねーの?」
言われてつい噴き出すと、彼は気恥ずかしそうに口を尖らせる。
「ンだよ」
「ううん、ゲンマからチョコレート催促されるとは思わなくて」
「させたのはどっちだ、……ったく」
戯れるように笑っては、「カノジョに一日中焦らされるこっちの身にもなれ、焦るだろ」と頬を指先で摘まれた。
普段余裕があって大人っぽい彼の、その仕草がなんとも言えず可愛らしくて。
「ちゃんと用意してあるよ。本当は食後にと思ったんだけど」
「食後?」
わたしがゲンマの手を引いて冷凍庫を開けて見せると、彼は見るなり「お!」と嬉しそうな声を上げた。
「チョコレートアイスか。コタツにアイスってのも乙なもんだな」
「でしょ」
気に入ってもらえて良かった。
口元に手を当ててこっそり笑うと、ゲンマの指にその手を絡め取られ。釣られるように顔を上げると、やわらかな唇が重なった。
▽「今宵、鬼が注ぐ盃で」のお話
「んー?今日はジャンケンでいーんじゃない?」
「今日も、の間違いだろうが!前回もそれだったぞ!」
「おーい!」
逆立ちして歩いていたガイに絡まれていると、向こうからずた袋を持ったショウマが文字通り突進してきた。
「どうした、ショウマ」
オレたちの前で急ブレーキをかけて止まる彼に、ガイが着地し訊ねる。すると、ショウマは、ずだ袋に手を突っ込み、犬歯を見せてニカリと笑った。
「友チョコだァ!」
「「は?」」
首を傾げるオレたちに対し、彼は袋の中から二つの小箱を取り出しては腰に手を当て胸を張る。
「この前殲滅した部隊長の持っていた本に書いてあったんだ。その里では、二月十四日に親しい友にチョコレートを渡すらしい」
「渡してどうするんだ」
「知らん!」
「は」
「他は、血と泥でぐしゃぐしゃになっていて読めなかった!とりあえず渡しておこうと思ってな!」
そう言って、オレとガイの手に一つずつ押し付けるように掴ませた。
見ると、小箱は紙製でサイコロ状。ちょっとした高級な菓子でも入っていそうな包装だった。
ガイが開けたのを覗くと、中には一口サイズのチョコレートが五つほど入っている。
「どこで買ったの」
「オレが作った!」
「え」
「ぐぁあああああー!!」
断絶魔。
ショウマの答えを聞くより早くチョコレート(?)を口に放り込んだガイが、苦悶の声を上げ、膝から崩れ地に沈む。
「はっはっはっ!そうか、そうか!そんなに嬉しかったか!」
「どの辺が嬉しそうに見えるのよ」
「嬉しいことを、天にも昇る心地と例えるだろう」
「例え、ってどういう意味か知ってる?」
本当に昇りそうなんだけど。
「ゲンマと同じ反応だったしな!」
既に被害者がいた。
「ところで」
膝に手をつき腰を屈めたショウマの顔が、ぐっとオレに近づいた。
「カカシは食わんのか」
感想が欲しい。
そう、オレを覗き込む無邪気に輝く瞳が。曇りのない陽気な笑顔が。今程恐ろしいと感じたことはなかった。
「お、オレは家に帰ってから、味わって食べることにするよ……」
「おお、そうか!では、オレは残りを配ってくることにしよう!」
一生を得た。
切り替えの早いヤツで助かった。
次はイビキだァアアアー!と砂埃を立てて里を疾走するショウマ。
その日。
木ノ葉病院には、次々と謎の胃腸炎で同期の男たちが救急搬送されたのだった。