遅い注意


 旅に出ていたサスケが、久々に里に帰ってきた。

 サクラに当面の夜勤代わるから早く帰れと提案したら、何言ってんのと眉を顰められてしまった。

「明日七班で焼肉Qに集まるのに、チヒロさんが奢ってくれなかったら誰が奢ってくれるのよ」
「待て。俺七班じゃないよな」
「たかられてもいいんでしょ」
「誰から聞いた」

 出所は一つしかないが。目の前の彼女は、にんまり笑ってはぐらかす。
 ほんと、ちゃっかりした子に育ったもんだと俺は肩を竦めた。




 焼肉Q。店内の奥にある個室。
 人が集まれば食べ放題だと相場は決まっている。そのはずなのに、今日に限って上物だけがテーブルの上にずらりと並んでいる光景に俺は目を疑った。

「お前らなぁ……」
「だから言ったでしょ」
「何年前の話だよ」

 カカシから耳打ちされて額に手を当てた。

 サクラはともかく。
 ナルトとサスケ、サイ、ヤマト、カカシに俺。男六人がこの調子でガチで食うなら、ひと月分の半分の給与が飛びかねない。

「この本によると。奢ってもらうときはテンションを上げて笑顔でお礼を言えば、何を頼んでもいいと書いてあります」
「「チヒロ(さん)ご馳走様でーす!」」
「サイ、それ貸せ。出版社に文句言ってやっから」

 時々思うけど、お前どこでそんなズレてる本買ってくるんだよ。

 既に手持ちじゃ足りないので、影分身に通帳渡して引き出しに行ってもらった。カカシを挟んだ向こう側で、ヤマトが控えめに顔を出す。

「あの、なんならボクも出しましょうか」
「いいよ、余計な気回すな。この機会だから好きに食え。俺も食う」
「さっすがチヒロ!男前っ!」
「相変わらず、持ち上げるのだけは上手いなコイツ」

 トング片手に人懐っこい笑みを浮かべるナルト。何食いたいんだと訊くと「特上カルビ!」と返ってきた。サラダ持ってきてくれた店員さんを呼び止めて、三人前追加する。

 煙に、匂い。じゅうじゅうと美味そうな音を立てながら焼きあがっていく肉たち。タレを絡めて白米に乗せれば、甘じょっぱい香りがいかにも食欲を唆る。

 カルビ、ロース、牛タン、ミスジ、ミノにハラミ。焼き始めは全員取り憑かれたように肉を食ってたが、ある程度テーブルがすっきりした頃。
 ふと、カカシの向かいに座るサスケが思い出したように俺を向いた。

「大蛇丸がお前を知ってた」
「「は?」」

 反応を示したのは、カカシとヤマト、ナルト、サイ。
 サクラはサスケの言葉に頷いて言った。

「そうそう。聞こうと思ってて忘れてた。
 大蛇丸に会った時にチヒロさんの話になってね。『チヒロくん、まだ生きてたのね。すぐ死ぬと思ってたのにあの子』って言ってたけど、どういう関係なのよ」

 六人分の視線を受けて、俺は噛んで細かくなったミノを嚥下した。

「大蛇丸は他に何か言ってたか」
「『詳しくは本人に訊きなさい』って」

 絶対面白がってるなあの人。

「どーもこーも。俺に封印術施したのは大蛇丸だよ」

 ーーーガタタッ!

「聞いてないぞ、そんな話」
「言ってないからな」

 ヤマト並みに目ェかっぴらいたカカシが、俺の肩を握り青褪めた顔をして腰を浮かせる。俺はそんな彼に、経緯を話すからと宥めて座らせた。

「封印術って何のことだってばよ」
「ほら。俺、薬とか毒とか色々作ってるだろ。たまに際どいやつとか」
「そうね。明らかに自然色じゃないやつとかね」
「耐性つけるために、飲んだり吸ったりしてるじゃん」
「時々止めたくなるけど」
「それを悪用されたら困るからさ。俺が死んだら、巻物に死体ごと封印されるようになってるわけ。で、その巻物はカカシに預けてる」

 せっかく美味いもの食った後なのに、一同に凄ぶる不味そうな顔をさせてしまった。すまん。

「封印術の概要は分かった。なぜそれを大蛇丸が施した」
「俺が毒を作り始めたきっかけが、あの人だったからだよ」

 サスケの問いに、過去を振り返る。

「始めは薬だけ作ってたんだ。リンに褒められるのが嬉しくてな。
 ああ、リンっていうのは、亡くなった俺の妹のことなんだけど。忍界に舞い降りた女神みたいな子なんだ。名前の通り、見た目も心も鈴の音のように澄み切っていて。
 オレより秀才で。知識はもちろんこと、外科技術教えたらどんどん吸収しちゃうの。褒めたら慎ましく照れちゃってさぁ……!唇はまるで蕾が綻ぶように、笑顔は花咲くようで。ほん……っと、可愛いのなんのって……!」
「なあ、なあ、カカシ先生。チヒロって、シスコンってやつ?」
「そ。自他共に認める類稀なるシスコンだーよ」

 シスコンの何が悪いと言ったら、一人っ子勢から「うわあっ」て顔をされた。
 サスケだけが訳あり顔で視線を逸らしたので、コイツの兄さんとはあの世で会ったら是非とも語り合いたいと思う。

「薬草取りに演習場回ってたら、たまたま出会したんだ。驚いたよ。伝説の三忍の一人がそこにいるんだから」

 何してるか聞かれたので、薬草摘んでると答えたらそのまま研究室に誘われて。

「試験管の液体の色が、とんでもなく綺麗で興奮したっけ」

 蛍光の人工色。感動に鳥肌が立った。
 危険物だと頭で分かってはいても、惹きつけられた。あそこまで不純物なく抽出された、透き通った純粋たる『毒』を、俺は一度も見たことがなかった。

「アレ、作ってみたいなって」

 文字通りのめり込んだ。
 薬草取りに行く名目で、彼の研究室に入り浸った。薬と毒との調整方法、人体と動物の加減の違い、毒の調合に関するイロハはその時に教わった。

「せっかくだから好きな液体一つくれるって言うからさ」
「断れよ」
「喜んでもらって飲んだけど」
「「飲んだァ?!」」

 サスケまで、その右眼を見開いて叫んだ。

「元々、解毒薬作る時は本当に効くか飲んで試してたんだよ。だから、まあ。あの色なら飲んでも何とかなるかなって。直感」

 唖然。
 最早、口を挟む者もいなくなった。

「爽やかな口当たりで飲みやすかったし、遅効性だったからその時は何ともなかったんだ。ただ、飲んだ後にさっきの悪用されたら困るって説明されてさ。
 それで、封印術施してもらった」
「どこにあんの?」
「左の脇腹。普段は浮かんでないけど。チャクラ練れば浮かび上がる」

 だが、どうにも何かが頭の中で引っかかって。
 大蛇丸が奥に引っ込んだ隙をついて、机に置いてあった巻物を掴み研究室から逃げ出した。

「その日の夜は最悪だった。寒気に頭痛に眩暈に耳鳴り。関節痛いし、吐く度に内臓が捻れるような痛み発するし」

 唯一の救いは、リンが任務でいなかったことだ。いたら余計な心配をかけることになっていた。

「深刻だったのは脱水だったよな。身体中の水分が抜けるんじゃないかって。水がぶ飲みして、部屋にあった解毒薬を片っ端から口に突っ込んで何とか回復した」
「よく、追いかけられなかったわね」
「それは俺も思う」
「恐らく」

 顎に手を当てて俺の話をじっと聞いていたヤマトが、おもむろに口を開いた。

「それだけ毒にのめり込んでいたのなら、放っておいても遅かれ早かれ死ぬと思われてたんじゃないですか。死んだ後に巻物だけ回収すれば、より多くの情報を得られる」
「完全に実験体じゃない。なんで気づかなかったのよ」
「サクラー、それ以上追求しても無駄だから」

 憤慨するサクラと対照的に、カカシの両眼がにこりと弧を描く。

「コイツ、昔から危機管理能力ガバガバなのよ。そりゃあもう、ザルみたいに」

 笑顔なのに、まるで笑っていない雰囲気は怒っている時のそのもので。

「……ほんと、どうしてやろうか」

 個室に流れる静かな怒気。独り言のような呟きに、ぞくりと悪寒が走った。




 結局、三時間で予想通りの給与が消えた。懐的には痛いが、それ以上に滅入ることがひとつ。

「今日もか」

 夕暮れ時の資料室に、ポツリと落とした言葉が溶けて消える。

 カカシが半年近く業務外で一切口を利いてくれない。家に来ないのはもちろん、避けられているのか、同じ里内にいながらもびっくりするくらい遭遇しない。

 (まあ、元々会う約束なんざしてないが)

 過去の薬に関する研究資料。パラパラとページを捲っては、今度はため息が溢れた。

「これじゃないな」

 なかなか進まないのを、今日の空が薄暗いせいにして資料を閉じる。

 持っていたものを棚に戻した。続きを取ろうと、頭上の棚に手を伸ばしたところで、ふと影が降ってきた。

「六代目」
 
 付き人はいない。
 笠も羽織もなく、ベストのみ着用した姿の彼は、やはり無言のまま俺を見つめる。

 邪魔かと思って場所を開けようとすると、突然左手で両手首を取られ、頭の上で縫い付けられた。

 何するんだと睨み上げたら、彼は右手で例の巻物を目の前に解いて見せる。

「お前、自分がオレの命だって自覚ある?」
「……この封印は、その前の話だし」
「あァ?」

 鋭くなった眼光に、ぐっと言葉を飲み込んだ。
 半年前の暴露引き摺ってたのは勘づいていたが、まさかここまで怒っているとは思わなかった。

「余計な印(もの)つけてくれたもんだよ。あろうことか、禁書の封印式を組み替えやがって。探して解読するのに手間取った」

 カカシが巻物を手放した。バサリと床に落ちた音と共に、五本の指先にチャクラが灯る。

 服を捲り、その指先が左脇腹を強く突いた。

「ーーー解印!」
「っ!」

 解印時のじわりと焼けるような痛みはともかく、無防備な脇腹を五本指で突かれたのだから普通に痛い。

 奥歯を噛んで項垂れていると、安堵に似た息が落ちてきた。

「解印成功」

 視線を落とすと、巻物は真っ白になっていた。それは封印術が解けたのを示していて。

「あー……、すまん。ありがとな」

 頼んではない。けれど、忙しい中禁書をひっくり返して骨を折ってくれたのは分かる。

 カカシの纏っている空気が、幾分柔らかくなった。何もない脇腹をツーっと中指でなぞられて、思わず身を捩る。

「っ、んだよ。擽ったいからやめろって」
「そんなに印が欲しければ、オレがいくらでもつけてやるから」
「いいや、別に欲しくない」

 そんな趣味はない。

「なあ、カカシ。そろそろ離せよ」
「……」
「カカシ?」

 何度も名前を呼ぶが、カカシはなおも感情の読めない目で、じっと俺の脇腹を見下ろしたまま止まってる。

 (どうしたんだ)

 ふと。
 カカシが俺の手を解いて、床に片膝をつき身を屈めた。代わりに、その手が俺の腰を引き寄せた次の瞬間。

「い……っ!?」

 がぶり、と。
 あろうことか口布を下ろして、そりゃあもう盛大に。印があったそこに噛みつきやがった。

「ばっ!か!お前犬歯立てんじゃねー、あぁっ?!」

 ダメだ。これ抉れてる。
 絶対血が滲んでいるであろうところを、ざらりとした舌に舐められた。

 (じんじんする)

 舌背が患部に触れる。緩慢とした動き。唾液が傷に触って染みる。荒くなる息を奥歯で噛み殺そうと試みるが無理だった。

「んッ……、ふ……」

 生理的な涙が張り、視界が滲む。脇腹に執拗なくらい舌を這わせる野郎の髪を左手でくしゃりと握り、右手の甲を口に当てた。せめてもと、嗚咽が漏れそうになるのを抑え込む。

 (いつまで続くんだこれ)

 いい加減にしろと左手に力を込めたら、返事代わりに患部を吸われて腰がびくりと震えた。違うそうじゃない。何も伝わらないまま、甘噛みされて。また三度ほど舐められて。痛みが麻痺した頃に、ようやく解放された。

「、はぁ……はっ……」
「これで良し」
「何も良くねーよバカカシッ!」

 今ので何が解決したんだ言ってみろ。

 解印したまではいいよ。
 なんで、がぶりついて舐めて吸った挙句、口布戻しながらさっきと打って変わって、今日の一仕事終えました!みたいな清々しい顔してんだよ。

 (ダメだ、まるで理解できん)

 結局のところ、印の代わりに俺が新しい傷拵えて終わっただけじゃねーか。コイツ一体何がしたかったんだよ。誰か教えてくれ、頼むから。

「これなら封印術のほうがマシだ……」
「なに、印も欲しいの」
「いるかんなもんッ!」

 腰に回る腕に寄りかかりながら脱力する俺に対し、意気揚々と指先にクナイ当てて血で何やら書き出そうとする野郎の頭を引っ叩いて止めた。
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