ちょこっとインディゴ11


*目次
輝く笑顔を鮮明に残したくて
本編後/湯煙・帰還後カカシを褒めるお話
それは本当に現実?
本編中/カカシが微睡むお話
愛と憎の間を知る
本編後/シカマルに売られるリン兄のお話



▽輝く笑顔を鮮明に残したくて



「ーーーっし、直った!」
「おお、流石だなぁ!チヒロ!」
「まあな!」

 俺はスパナを片手に、手の甲で顎から伝う汗を拭った。

 湯ノ国から持ち主と共に帰還したガイの車椅子。

 ミライ曰く、ガイの脚となって炎の中まで潜り抜け大活躍したらしいそれは、一見して分からないが細かいところがものの見事に破損していた。

「なあ、ガイ」
「ただいま、チヒロ!」
「おう、おかえり。
 ちなみにコレのことなんだがーーー」
「忘れないうちに渡しておこう!カカシとミライと一緒に選んだお土産だぁ!」
「ああ、ありがとな。
 ところでコレーーー」
「犬饅頭か猫饅頭かで散々悩んだんだが、ミライが『この猫、なんかチヒロさんに似てますね』って言うからこっちにしたんだ」
「なに?!ミライが……!?」

 言われて意識が饅頭の箱に向く。

 デフォルメのハチワレ。
 立っている耳。首には大きな鈴。ツンとした面立ちに、気持ち釣り上がった半目がこちらを窺う。

「……俺、こんなに猫相悪いか」
「ハッハッハッ!昔のチヒロは野良猫みたいなところがあったからなぁ!」

 そっくりだ!と曇りのない笑顔で言われてしまったら返す言葉がなかった。

 (ミライから見た俺って、こんななのか……)

 確かに尖っていた時期はあった。
 しかし、歳を重ねるにつれ大分マシになったつもりなのだが。

 (悲しい……)

 愛は見返りを求めないものだ。
 とはいえ、相手から受ける評価を全く気にしないかと言えばまた別の話で。

「どうしたら優しいおじさんに見えるかな……」
「チヒロは十分優しいと思うぞ」
「そうじゃなくて、もうちょっとこう。優男に見えるかなって」

 前髪を左右に分けないで目の上で切ってみようか。それとも、目尻を下げるように意識してみるか。いや、でも笑いかけるときには自然に下がってると思うんだが。

 俺が髪を弄ったり百面相をしていると、縁側に腰掛けているガイが唾と檄とを飛ばしてきた。

「何を言っている!大事なのは見た目じゃない!中身だ!」
「見た目も大事だろうよ。
 ほら、コレ見ろ。コイツだって行く時はキラキラだったのに、今や煤と埃に塗れてーーー」

 親指でガイの車椅子を指差しながら、ふと思い出す。

「そうだ、ガイ」
「なんだ、チヒロ」
「お前コレ、どういうことだ」

 そうして冒頭に戻る。

「あれほど無茶するなって言ったのに」
「ハハハ……」

 タイヤはパンク寸前まで擦れ、細かな部品は焦げている。軽く引いてみると傾きこそしないが、どこかしら噛み合っていないのかカタカタと音がした。

 (よくまあ、これで里まで帰ってきたもんだ)

 出立前に整備してくれた技師には頭が下がる。

「しかし、まさかチヒロが車椅子の修理をしてくれるとはな」
「出来て損することもないだろ」

 いかんせん、医療系は万年人手不足だ。出来る人間は一人でも多い方がいい。

「とりわけ俺そろそろ隠居だから。隠居らしく、サポート出来る技術身につけないとなって」
「出来るのか、隠居」
「させてくれ」

 でもお前のことは最後まで診るから安心しろ、と言うとガイは「苦労性だな」とはにかむ。

 俺は持参した工具を片付けつつ、その中身を確認した。

 ドライバにトレンチ、ハンマ、スパナも全部こっちに入れたし。プライヤーはここ。リムテープもここ。

 後はガイの脚を診ないとな、と工具箱の蓋を閉めた。膝に手を置き腰を上げると、何やら神妙な面持ちの彼と目が合った。

「どうした」
「チヒロ、一つ聞きたいんだが」
「おう」
「もし、どんな怪我でも治せる温泉があると言われたら。お前はどうする」
「行くぞ」
「ああ、そうだろうーーー、って行くのか」
「行くよ。むしろ行きたくない人なんているのかよ」

 その温泉に行ったらガイも、患者さんもみんな治るってことだろ。行くに決まってるじゃないか。

 さっきも似たようなこと聞かれたなと思いつつ、俺は目を丸くする同期にそう伝えると、彼は膝に手を置き大口開けて笑い出した。

「ハッハッハッ!お前もカカシにそっくりだなぁ!」
「おい、待て。誰と誰が似てるって」
「チヒロとカカシだ。同じこと言ってるぞ、お前たち」
「なんだ、アイツそんなこと言ってたのか」

 俺がガイの隣に腰を下ろすと、彼はやれやれと肩を竦める。

「あれから十数年経ったというのに。まだオレの足のことをまだ気にしているようでな」
「いや、ぶっちゃけそれってカカシのせいって言うより、お前自身が死門開いたからだろ」
「そうなんだが。肝心のカカシがそう思っていない」
「と、言うと」
「自分がもう少ししっかりしていればオレが無茶をせずに済んだのに、とか。差し詰め、アイツが考えているとしたらそんなことだろうな」
「あー……、そういうヤツだよなー、カカシって」

 責任感が強いにも程がある。

 オビトのことも。リンのことも。サスケのことだって。

 自分が不甲斐なかったからだと。全部自分で背負っては、自分のせいにしてしまう。

「俺の脚のこともそうだし」
「困ったもんだ」
「ホントだよ。そのうち、子どもが道で転んだら『この道を塗装するように指示してなかった自分のせいだ』とか言い出しそうで怖いよな」
「いやまさかそこまでーーー、あるかもしれんな」
「だろ」

 俺は膝の上に手を組んで嘆息し、ガイは腕を組んで唸る。

 さて、どうしたものか。

「自己肯定感が低いのかな」
「もっと褒めればやればいいのではないか」
「カカシのイケメン!とか」
「永遠のライバル!」
「いや、ライバルは良くないだろ」
「む、そうか」
「捉え方によったら敵認定じゃねーか」
「ならば、
 ーーー永遠の友よ!」
「天才!」
「ナウイ!」
「木ノ葉一の技師!」
「木ノ葉一カッコイイ男!」
「憎いぜコノヤロウ!」
「何してんのよ、二人して」
「「カカシを褒めてる!!」」
「恥ずかしいからやめてくれない」

 家の外にも響いてるんだけど、眉を顰めるカカシ。調子乗って「「よっ、色男!」」と合唱したらなぜか俺だけ抓られた。解せん。


▽それは本当に現実?



 たまに、あの頃の夢を見る。

『セーフか!?』
『いや、普通に遅刻だから』

 いつもの朝。

『ん、やっと揃ったね』
『先生もなんとか言ってください。全く、懲りずに毎回毎回……』
『そう言うカカシは毎回毎回うっせーんだよ』
『遅刻してくるヤツは黙ってて!』
『んだと!?』
『まあまあ、もうやめなよォう、二人とも。依頼主さん待ってるんだからさぁ』

 いつもの掛け合い。

 ミナト先生がいて。オレとリンがいて。
 三人で待ち合わせ場所で待っている。そこにオビトが遅刻して来ては、オレが苦言を呈する。

 言葉と時間、場所こそ違えど、飽きる程に繰り返した日々。頭ではもううんざりだと考える反面、心は酷く穏やかだった。

 (もう少し)

 もう少しだけここに居たい。

 懐かしい光景。他愛無いやりとり。

 ゆらり、ゆらりと浸っているのに。

「ッ、」

 ふっ、と。

 我に返ったように目が覚めた。

 (ああ、夢か……)

 心地良い微睡みから現実へと引き戻され、オレは深く息を吐く。

 考えても仕方ない。分かっている。
 いくら昔のことを考えて後悔したところで、あの頃の時間が戻って来るわけではないのだから。

 (それでも)

 それでも未練がましく想い続けるのは、過去を振り返る人の性(サガ)か。それともオレがーーー

「すぴー」
「?!あ……」

 間抜けな鼻笛。溺れかけた思考が浮上する。

 その音に視線を落とせば、腕の中で寝息を立てるチヒロがいた。

 どうやらチヒロの家に来たはいいが、彼を背中から抱き締めて座ったまま眠ってしまっていたらしい。

 オレの腕から逃れることは早々に諦めたのだろう。チヒロは、潔くもオレの肩に凭れ掛かり、文字通り爆睡していた。

「ぷぅー……」

 だからなんなのよ、その音は。

 苦しいのかと思い、彼の腹に回した腕をそっと引き抜こうとしたが。

「んびっ」
「っ」
「びぃぃー…」

 今度は文句のつもりなのか。

 あからさまに眉を顰めて身を捩る。オレの右手を掴んでは、「ここにいろ」と言わんばかりに自分の腹の前へと引っ張った。

「あー、うん。ごめんね」
「うんびぃー……」

 されるがまま、元の位置に腕を戻す。

 暫くじっとしていると、再び「すぴー」と快適を伝える鼻笛が部屋に響いた。

 オレはほんの少し空いてしまった隙間を埋めるようにして、チヒロの身体を引き寄せる。首筋に顔を埋め、軽く息を吸った。

 (……ま、いっか)

 オレも寝よう。

 いつもの香り。
 いつもの温もり。

 今度こそ手放したくないものを確かめてから目を閉じる。台所の窓から覗く夜空で、星々がそっと微笑うように瞬いていた。


▽愛と憎の間を知る



『チヒロさん。至急、火影屋敷までお願いします』

 医局の電話が鳴ったと思ったら、火影補佐・奈良シカマルから名指しの呼び出し。

「何かしたのか、チヒロ」
「するわけねーだろ」

 あと頼む、と同僚の頭をファイルで軽く叩く。頼むヤツの態度じゃないわな、と苦笑する野郎の髪をぐしゃぐしゃに掻き回してから、俺は救急バッグ片手に医局を後にした。




 カカシが火影になってから。

 カカシがぶっ倒れた後から、俺は度々シカマルから呼び出されるようになっていた。

「お邪魔しまーす」
「チヒロ」
「ゲンマ。ライドウもお疲れ」
「おう、お疲れ」

 屋敷周りで護衛の任についていた同期に声を掛ける。

 最初こそ極秘要請として呼ばれていたが、最近は極秘どころか堂々と表立って呼ばれるようになった。おかげでこそこそせずに、表の門から入れるから楽っちゃあ楽なんだが。

「火影付きの医療忍者なんて箔いらなかったのに」

 どういうわけか、カカシが行く先々で俺のことをポツリ、ポツリと漏らすらしい。

「いつもお若い、って言われるからな。信頼おける医療忍者が定期的に診てくれているからでしょう、って答えてるだけだーよ」

 本人に問いただしたら、満面の笑みを浮かべ悪びれなく小首を傾げる。

 信頼おける医療忍者。

 言われた瞬間、胸が高鳴った。

「マジか」
「マジ」

 (ヤバイ)

 嬉しい。

 (めっちゃ嬉しい……!)

 すっかり有頂天になっていた。

 カカシとはかれこれ数十年の付き合いだが、貶されたことこそあれ、褒められたことなど滅多にない。

 結局その日は浮かれに浮かれて、一睡も出来なかった。翌朝はわざわざ人気のない道を選び、スキップしながら出勤したのを覚えている。

 だが、しかし。その代償やデカかった。

「のはら先生。雷の国の方が先生をご指名です」
「は、指名って」
「その……、大名らしくて」
「はぁ?!」

 それからも。

「のはら先生ー、土の国のお姫様がお呼びです」
「のはら先生、鉄の国から侍の方が到着されました」
「のはら先生、小児科の大部屋の子たちがーーー」
「小児科が火急だな。すぐに行こう」
「いえ。先生の似顔絵描いたってだけなので後ででいいです」
「何それ嬉しい。今すぐください」
「「それより先にこっちです」」

 喜んだのも束の間。

 どこぞの名の知れた忍に始まり、商人、侍、姫様に大名まで。カカシの話をどこかで聞いたらしい患者さんが、五大国津々浦々からやってくる。

 看護師たちに文字通り引き摺られては、診療室の椅子に座る日々。とはいえ、医療忍者として頼られている以上、誰一人として断れなかった。

 加えて。

「俺を、木ノ葉病院の救急部門のトップにって」
「それとも医療部門全体の責任者になるか。どちらか選べ」
「救急部門の方で」

 救急部門を仕切っていた姐さんが、砂の里の忍と結婚した。それを機に、五代目の推薦という名の押し付けもあり、救急部門の責任者と相なった。

「ま、貰えるもんなら貰っとけ。箔もいつか役に立つさ」

 火影屋敷の廊下。

 ゲンマはポケットに手を入れては、咥えている千本の先をくいっと上げる。俺は板張りの床を歩きながら、あからさまに眉を寄せた。

「立つかぁ?見ろよ、この荒れ果てた肌を。まるで荒野のようだろ」
「お前、肌なんか気にしてたっけ」
「してなかったけどさ。最近は鏡の前に立つと少しは意識ーーー」

 言い掛けて、同期二人を見遣る。

「しないのか」
「「全然」」

 これだからイケメン共は。

 しれっと言ってのけるコイツら。自分の顔を鏡で見たことがないのだろうか。

 (ないんだろうな)

 イケメンだから。
 イケメンって皺が一つ増えてもイケメンだから。

「イケメン滅べ」
「どうした突然」
「ほっとけ、ライドウ。いつもの僻みだ」

 特に「オレ、イケメンか……?」と自分を指差しゲンマに聞いているそこのお前。自覚ないところが更にムカつく。

 駄弁っているうちに火影の執務室に到着。

 ノックをしてからドアを開けると、書類の山を抱えたシカマルがこちらに頭を下げた。

「お忙しいところすみません」
「いいよ、お互い様だろ。
 六代目は」
「仮眠室です」
「分かった」

 俺はバッグを反対の手に持ち直し、シカマルの脇を抜けて仮眠室を小さくノックする。

「六代目、のはらチヒロです。失礼します」

 照明を絞った室内。
 ドアを開けると、ベッドに仰向けに横たえ休むカカシの姿があった。

 (寝ているのか……?)

 胸が上下しているのは見て分かるが、眠っているかは確認出来ない。

 俺はそっと後ろ手にドアを閉めた。それから彼のベッドに近付き、身を屈める。ついでに鞄を床に置いたところで。

 ーーーガチャン。

「……は?」

 施錠された。

「いや、ちょ、ま……!?」

 慌ててドアに駆け寄りノブを引っ張るが、うんともすんとも言わない。

 え、なに、どういうこと。なんで俺閉じ込められてんの……?!

「シカマル!どいうことだ!?おい、ライドウ、ゲンマ、いるんだろ!お前ら何とかしーーー」

 ぞくり、と。

 突如、足先から這い上がるような悪寒が背中を走る。

 (ヤバイ)

 本能がガンガン警鐘を鳴らす。

 (振り返れない……!)

 吐く息が重い。瞬きさえも拒まれる空気が部屋を支配する。

 キケン。

 三文字が脳内に点滅し、額からじわりと滲んだ汗が頬を伝った。

「チヒロ」
「ッ、」

 部屋の主に呼ばれ、不覚にもびくりと肩が跳ねる。

 怒っている声じゃない。かと言って歓迎されている声でもない。ただただ一方的に威圧感を浴びせられてるこの状況はなんだ。俺また何かしたのか。

 (いや、する暇なかった)

 最近はマジで病院に篭りっぱなしだった。ミライの様子もかれこれ二週間見に行けていない。

 (もしかして八日前、帰り道で吸った煙草か。それともカカシが貰ってきた折り菓子、俺が三つも多く食ったからか。はたまた寝惚けてカカシの箸使っちまったのバレたのか。ヤベェ、どれだ。どれなんだ……?!)

「チヒロ」
「うぉあはいっ!」
「こっち」

 こっち。

 言われてぎこちなく振り返る。

 見ると、起き上がったカカシがベッドに腰掛け、自分の横をポンポンと叩いていた。

「早く」

 室内の薄暗い照明が、彫りの深い顔に影を映す。感情を映さない黒目がちの垂れ目が、じいっとこちらを見つめていた。

 (恐ェよ!)

 行きたくない。だが、行かないわけにもいかない。

 俺は腹を括り、催促されるまま一歩、また一歩とカカシに近付き。

 ーーードサッ。

「……え」

 ベッドの上に押し倒された。

「いや、ちょ、ま……!?」

 俺の右腕を掴んで覆い被さってきたカカシ。その肩を慌てて左手で押し返す。しかし悲しいかな。ドアの時同様、片手ではびくともしなかった。

「おい、カカシ!」
「チヒロ」
「ん、だよ!?」
「頼みがある」
「聞いてやるからどいてくんない?!」
「オレと一緒にイチャパラを読んでくれ!」
「いちゃ、……は?」

 しんーーー、と仮眠室に降りる沈黙。見上げてみると、薄らと頬を染めたカカシが気まずそうに視線を反らした。

「その、な。ちょっと、ストレス溜まっちゃって」
「いや、それは分かるけど。なんでイチャパラ」
「ここ最近、ろくに休めてなくてね」
「だろうな」
「イチャパラも読む暇ないし。布教しようとしてもなかなかハマってくれる人いないし」
「布教?」
「折角火影になったんだ。今布教せずにいつするのよ」
「お前火影を何だと思ってんだ」

 ひょっとして他国にまでその本持って行ってんじゃねーだろうな。俺のこと吹聴するついでに、イチャパラまで他人に勧めてんじゃねーだろうな。

「一応相手は選んでる」
「褒めねーよ。それと俺を呼んだのと何の関係があるんだ」
「大有りだよ。オレの周りでイチャパラの話が通じるのって、チヒロくらいでしょ」
「ガイも内容知ってんだろ」
「赤くなるだけで話にならない」
「そうだった」

 ガイは純情派だからな。

「それで」
「パラダイスからタクティクスまで覚えているお前を呼んだ」
「そうかー……」

 全くもって嬉しくない。

 そもそも俺がイチャイチャシリーズを記憶する羽目になったのは他でもない。目の前のコイツのせいだった。

 その昔。

「チヒロってエロいの好きでしょ。これ、エロいから読んで」

 雑な理由で押し付けられた。

 試しに一ページ読んで、二ページ読んで。三ページ目捲ったところで流れるように本を閉じる。

 (活字ってこんなにエロいもんだったっけ)

 エロかった。

 これまで数数多とエロ本見てきた俺でも顔を覆いたくなるレベルでエロかった。

 (直視できねェ……!)

 だがしかし、あのすまし顔に「エロ本読む癖に、これは読めないの」と見下されたくはない。

 たとえ夜中、目がギンギンに冴えようとも。ふとした時に読んだ箇所が頭の中をぐるぐる回り、耐え切れなくなってトイレに駆け込もうとも。覚えたくなくても覚えちまう、人並み以上の記憶力を祟ろうとも。

 読んでは閉じて。読んでは閉じて。また開いては覗いて。

 ようやく上中下、三巻分読み終えた頃には、達成感で胸が一杯だった。読んでやったぜドヤァって三冊返したら、それはそれはいい笑顔で新しい本を差し出される。

「はい、これ。続き」

 絶望した。
 続編があるのを知らなかった。

 バイオレンスを読み終える頃には、どこかの境地に達していた。

「続きは」
「再来月出るらしいけど。え?なに、読みたいの。買ったらすぐに貸すね」

 失敗した。
 先走り過ぎた。

 今なら何冊でも読めるぜドヤァってたら変な期待をさせてしまい、今に至る。

「あのさ。俺、別にイチャパラが好きってわけじゃないからな」
「隠さなくてもいーよ、チヒロ。全文暗記してる時点で大好きでしょ」
「したくてしてんじゃねーよ。目で見たから記憶しちまっただけだよ」
「ようやく仮眠時間とれたからな。思う存分語れるよ。手始めに中巻の音読からでいいか」
「手始めって何だ。手始めでなんで音読するんだ。いいから寝ろって」
「読まないと眠れない」
「正気か」
「徹夜明けだからな。冴えまくってるよ」
「馬鹿野郎!明けって時点で狂気だわ!」
「深く考えるな。子どもだって、寝る前に絵本読み聞かせるでしょ。アレと同じだーよ」
「全然ちげーよ?!こんな危険な読み聞かせ聞いたことないわ!」

 冗談じゃない。付き合っていられるか、とカカシの首の後ろを引っ張って剥がそうとしたら、逆にその腕を掴まれ馬乗りにされた。

「文字の情緒の奥深さを教えてやるから」
「頼んでねェ!俺は目で見て楽しむ派なーーーむぐっ」

 暴れようとしたら、ハンカチっぽい布を口に突っ込まれ、素早く頭の上で手首を纏められる。

 カカシは青褪める俺の様子など気にも留めず、おもむろに腰のポシェットを探り始めた。

「これでやっと静かに読めるよ」
「む、むご……」

 そうして出てきた例の本。

 余程読みたかったのだろう。慣れた様子で親指をページの間に挟んで開き、見るなり顔に喜色を浮かべる。

「じゃあ、百三十二ページから」
「むごご……」
「愛しているなんて口ばかり。いいわ。例えその心が誰を向いているとしても、私は貴方をーーー」
「むごぉおおおおおー!」

 本当に音読するヤツがあるかバカカシィイイイー!!

 こうして俺の夜は更けていった。




 今からほんの三十分前。

「チヒロさんを呼んだので、来たら執務室に通してもらっていいっすか」

 オレとライドウが火影屋敷の屋根の下で見張りをしていると、シカマルがふらりとした足取りで現れた。

「それはいいが。
 大丈夫か、シカマル」
「ええ、まあ」

 目の下に薄い隈をこさえた後輩。
 ライドウが気遣わしげに声をかけるが、その答えは曖昧で。

「チヒロさんが来れば大丈夫です」

 里一番の策士ともあろう者が、まさかのチヒロ丸投げ作戦を強行した。

「また仕事が溜まってるのか」
「いえ、お陰で仕事は片付きました。ただ、六代目が」
「「六代目が?」」
「イチャパラに触れる暇がなかったからか。干からびていて」
「「ああー……」」

 一週間前まで、六代目は水影様との会談のため水の国にいた。オレたちもその護衛に着いていた。

 ひと息吐く間も無く帰郷して、例の如く積み上がっていた書類を全て片付けたというのだから、快挙っちゃあ快挙だが。

「肝心の本人が潰れちゃあ世話ないな」
「ええ。なので、とりあえずチヒロさんでも与えておこうかなと」
「アイツでそんなに効果が出るのか」
「出るんですよ」

 怪訝な顔をするライドウに、シカマルは力強く頷いた。

 何も、ぶっ倒れても翌朝には全快。不調でも一時間経てば筆が躍るレベルで快調になるらしい。

「周りがケアする必要ありませんし。呼んだら来てくれるので有り難く使わせて貰っています」
「ちなみにチヒロに許可は」
「取っていません」

 取ったら逃げられそうなので、としれっと宣う。一回り以上上の相手をあっさり使ってのけるあたり、流石肝が据わっている。

 それに。

「ーーーこれでよし、と」
「お前、チヒロの扱い分かってきてんな」
「それほどでも」

 チヒロが仮眠室に入り、ドアを閉めたのを確認してから錠前で部屋を施錠。

 漏れ聞こえる声から、道徳上よろしくないと判断したらしいシカマルが、音漏れ防止の結界札をドアに貼った。

 (本当に良く分かっている)

 この程度ならチヒロはがなるが嫌わず、引き摺るが後腐れはないということを。

「まあ、とりあえずお前も休め。後はオレたちが見ておいてやるから」

 オレがシカマルの肩を軽く叩くと、彼はようやく「ありがとうございます」と目を細める。

「ゲンマ先輩もライドウ先輩も、水の国から戻って来てお疲れでしょう。後で連休申請しておいてください。是が非でも通しますんで」
「ああ、分かった」
「ありがとな」

 後輩からの心遣いを有り難く頂戴し、その背を見送る。

「なあ、ゲンマ」
「なんだ」
「明日の朝、どうなると思う」
「そうだなァ……」

 聞かれてオレは首に手を当て、千本を咥え直した。

「一睡も出来ずに疲れ切ったチヒロが、シカマルの労いに感動して涙を流すにおやっさんの鯖定食」
「じゃあオレは、一睡も出来ずにキレたチヒロが、シカマルに煽てられて調子に乗るに一楽の味噌ラーメンな」
「かぼちゃの煮物の小鉢も付けろよ」
「じゃあこっちは肉餃子で」

 翌朝。

「俺で賭けしてんじゃねェエエエー!」

 防音が効いたのはこちら側だけで、向こうには筒抜けだったらしい。一睡も出来ずブチギレたチヒロに、オレとライドウが鯖定食(かぼちゃの小鉢付き)と味噌ラーメン(肉餃子付き)を奢って宥めたのは言うまでもない。
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