1番楽な逝き方
ーーードォン!
桂が話始めようとした途端に吹っ飛ぶ壁。外から御用改めの号令がかかり、男たちが押し入らんと雄叫びを上げる。
窓から屋根から抜け出さんとする連中の合間を潜り、さっさと十四郎と合流しようと俺が身を翻すと不意に腕を引かれた。
「待て。貴様、新人だな」
しまった。よりにもよって大将に捕まっーーー
「怯まず真選組に向かうその意気や良し」
「は……」
「勇ましいのも結構だが、貴様の命、今は燃やし切る時ではない。大事に取っておけ」
逃げるぞ。
桂はそう言って、あろうことか右腕を俺の腹に回し、攫うようにして煙の中を突っ切った。そして隣の家屋の屋根に飛び移り、そのまま屋根伝いに駆けて行く。
(一体どうなってんだ)
まさか勘違いされたのか。
真選組に合流しようとしたのに、立ち向かう果敢な新人Aだと思って助けてくれようとしている?
(申し訳ない上に、ありがた迷惑……!)
なんだ、この人のいい大将。
近藤さんといい、この世界の大将ってこんなのしかいないのか。
『しくったら蜂の巣になると思えよ』
案外そうでもなかった。
いっそ、このまま攘夷党に入党しようか。その方が生きながらえるかもしれない。でも向こうに十四郎がいるしな。
俺が、桂の肩にしがみ付きながら葛藤していると、疾走する彼の横に「ただいま戻りました」とプラカードを掲げる一匹の白い生物が、向こうの屋根から飛び移って来た。
「ああ、エリザベス。間に合ったか」
(い……)
いたァアアアー!?
丸い目に三本まつ毛、黄色い嘴の蛇口捻ったら出てきそうな白い生き物いたァアアー!あの報告、嘘じゃなかった!
しかもなんか脛に毛ェ生えてる。休みの日にシャツとトランクス履いて寝っ転がってるようなオッサンみたいな脚してる!
「こら、貴様!新人とはいえ弁えろ!エリザベスの脚をいやらしい眼で見るんじゃない!」
「んな趣味ねェよ!強いて言うなら、俺は色白の美脚が好みだ!」
「助平か!」
「男はみんなスケベだろ!」
担がれて風切りながら、なんの会話してんだ俺は。
エリザベスと呼ばれたその生物は、持っているプラカードを裏返した。「新しいアジトの手筈は整っています」。それを見、桂は満足気に微笑む。
「よし。では一旦ここは二手に分かれ、真選組を巻くとしよう。
新人」
「はい」
「貴様はBだ。俺はEを行く」
「は」
「ではZで落ち合おう!健闘を祈る!」
こうして彼は俺をどこかの屋根の上に下ろすや否や、エリザベスを連れて去っていった。
ああいう上司っているよな。
こっちが新人にも関わらず、全部知ってると思って当たり前に指示出してくるヤツ。Bって何。Zってどこだ。いや、それ以前に。
「どこなんだよ、ここはッ!?」
「あのォー。ひょっとしてお宅、のはらチヒロさんですかァ?」
「ひょっとしなくても、のはらチヒロですけど?!」
間伸びした声。半ばヤケになって振り返ると、死んだ魚の目をした銀髪天パの男と目が合った。彼は俺の返事を聞くなりニタリと笑い、口の横に右手を当てる。
「ターゲット捕獲ゥゥウウウウー!」
「「アイアイサー!」」
彼が大声で呼びかけると、唐傘を広げたチャイナ服の女の子と、男同様木刀を腰に携えた眼鏡の少年が降り立った。
「ワンッ!」
「うおっ?!」
極め付けは、見上げる程のデカイ狛犬。
俺は真っ白なそれの前足に踏まれるようにして押し倒され、文字通り捕獲された。
「頼む食べないで!俺食べても美味くないから!」
「クゥン……」
「そうだ、いい子だ!いい子だなァ、お前!パックンよりもいい子!」
「なんか言い方ムカつくから食ってイイアルよ、定春」
「ワンッ!」
「やめてェエエエー!!」
「いいわけあるか」
冷めた視線をくれる女の子の頭を、引っ叩きて止めたのは天パの男だった。
「こちとら報酬全額前払いされたの忘れたのか。ソイツ食っちまったらパァだろーが」
「そんなこと言っても銀さん。報酬って、本当にお金になるか分からないどこかの国の硬貨と、一冊百円で引き取られそうな中古の官能小説でしょ。アテになるんですか」
「心配すんな、ぱっつぁん。硬貨はともかくとして、あの小説は売れるぜ。アレは透かして読んでも、エロ本百冊に値する。間違いない」
「売るならどう見ても硬貨の方でしょ!本がアンタの価値観の言い値で売れるなら世話ねーんだよ!」
「つーわけで」
銀さんと呼ばれた彼は、定春というらしいわんこに押し潰されている俺の前にしゃがみ込む。
「なにか困ってることあるか」
「今まさにこの状況に困ってる」
「いやー、こう見えて暇じゃねーんだけどさ。飛び入りでやって来た依頼人がいてな」
「なあ、俺の話聞いてる?」
暇じゃないって言う割に、小指で鼻の穴ほじってる。見た目の通り、仕草が暇人のソレなんだが。
「テメェの素顔晒さないまま、ポシェットから出すもん出て、『のはらチヒロってヤツが困ってたら助けてやって欲しい』とか言ってよォ」
「!それって」
「その癖、自分はさっさと消えちまって困ってんだ」
素顔を晒さない。ポシェット。出すものを出した。その中の一つが官能小説。そして、俺の身を気遣うヤツ。
「商売やってる身としたら、報酬前払いされたのにバックれたら信用に関わるからな」
「待て、ソイツの名前をーーー」
「悪ィな。それは教えねー約束なんだわ」
ニッと笑う銀さん。
(そんな都合のいいこと、あるわけがない)
脳裏に浮かんだのは、もうかれこれ四ヶ月近く会っていない白銀の髪の彼で。
(俺はまだ、お前にとって必要なのか……?)
そう考えては頭を振った。
(何を考えてんだ、馬鹿か)
違う。そうじゃない。
それはまだ、あの約束があるからだ。そもそも、俺がこじつけたようなもんだろうが。
(勘違いするな)
いつまでも俺の都合に付き合わせるわけにはいかない。頭では分かってる。
(分かっているのに……)
胸が軋む。その痛みごと抑えるように、浅い吐息を無理矢理飲み込んだ。
しかしこのタイミングで、帰還を誘う淡い光が俺の身体を包んだのは、果たして偶然か必然か。
「なあ、銀さん。さっき、困ってることあるかって聞いたよな」
「ああ」
「真選組に土方十四郎ってヤツがいるんだけど」
「へー、土方くんと知り合い?」
「俺の息子だ」
「ええっ?!土方さんのお父さんだったんですか!?」
「おいおい。何歳なんだよ、お前」
「いるだろ。血が繋がってなくても、家族みたいに思えるヤツって」
銀さんは目を丸くしたが、心当たりがあるのかすぐに口元を緩めた。
「アイツに伝えて欲しいことが」
「それはテメェの口で伝えろ」
「え」
「神楽ァ、四時の方向だ」
「任せるネ!」
「え?」
定春の足元から救出されたと思ったら、銀さんに襟首を掴まれ軽々と宙に放られた。その先には、畳んだ傘を肩に構えている、神楽と呼ばれた女の子。彼女は足を肩幅に開き、力強く踏み込んでは傘を大きく振り被る。
「ホァチャァアアー!」
「ぐ……ッ、ぁあああああああー!?」
傘で脇を殴られ、肋骨が軋む音がした。
痛みに顔を歪める暇もなく、高速に抜ける景色。どこを飛んでいるのか、どこに向かっているのかなんて分からない。俺は光り輝く身体のまま、どこかの地面に突き刺さり止まった。
周りがどよめいたがそれどころじゃない。どんな力で飛ばしてくれたのか。腰から上埋まっちまって、手も使えない。息できない。頼む、誰か抜いてくれ……!
「ーーーおい、どけ!チヒロ!」
必死にもがいていると、近くにいたらしい十四郎が、野菜引き抜く要領で俺の脚を抱えて引き抜いてくれた。
「げほ、ごほ……ッ!お前よくこんなハードな世界で生きて来たな。身体どうなってんだよ……!」
「お互い様だろ。俺ァ、んな摩訶不思議な術使うような世界で生きていける気がしねーわ」
言うことも忘れて、互いに労い合っていた。
それから十四郎は俺の隣に座ってポツリと呟く。
「お前がいなくなってから、兄貴に会いに行った」
「!」
「だからお前も、お前を待ってるヤツのところに帰れ」
「待ってるかなんて」
「待ってるさ。そう、テメェが言ったんだろーが」
『会ったからって、なにも無理に話す必要なんてないんだからさ』
『元気にやってるって分かりゃあ、それだけでも安心すんだよ』
「……言ったような、言ってないような」
「ボケたか」
「まだボケてねーよ。勝手にボケさすな馬鹿息子」
「誰がテメェの息子だ」
まさか自分にブーメランになって返ってくるとは思わなかった。
早く戻って来いと言わんばかりに眩くなる光。
俺はその中で肩を竦め、十四郎は口角を上げて微笑む。
「「元気でやれよ」」
どちらともなく声を掛けた。
こうして今度こそ、俺はこの世界を後にした。
▽
忍界に帰還してから。
俺は医局のデスクに腰掛けて、未だ真っ白な報告書を前に腕を組んで唸っていた。
「なんて書けばいいんだ」
祠の件は、『神様には失礼ないようにしましょう』の立て看板で解決する。問題は、向こうでの四ヶ月間のことをどう書くかだ。
『未来の真選組副長と出会ってひと月過ごして、その後成長した彼に合流。マヨラーに変貌していた挙句、部下は甘い面した生意気なサボリ魔で、上司は優しいオッサンと恐いオッサンだった。恐いオッサンに、敵対組織のど真ん中に送られて』
そこまで書いては、くしゃくしゃに丸めてデスク横のゴミ箱に落とした。
「こんなこと書いて出せねーよ……。五代目にふざけてると思われる……」
俺は、引き出しから新しい報告書を取り出した。もっと要点だけビジっと書ければいいのに。
「……あ」
そうだ。もっと簡単に書けたわ。向こうでの出来事と言ったらこれしかない。
俺はサラサラと筆を操る。
『息子が出来ました』。
それから、彼について書いて。彼が何をして来たのかを書いて。それに連なる出来事を書けば。
「よし。上手く纏まった」
やっぱり持つべきは息子だな。俺は椅子から立ち上がり、軽快な足取りで医局を出る。
ふと、廊下の窓から伝令用の鷹が飛んでいるのが見えた。
「確か、帰って来てたよな。カカシのヤツ」
銀さんが話していた『依頼人』。名前を言わない約束だと言っていた。
(だとすれば)
本当に彼だったとしても、聞いたところで躱されるし。礼を言ったところで、シラを切られるのは目に見えている。
「ならいっそ、何も聞かずに昼飯でも誘ってみるか」
訝しげな顔をするだろうか。一瞬目を見開くだけして、行くか行かないか考えるだろうか。
行かないって言われたら、好物でも買って行ってやるか。
そこまで考えて、俺は何気なく自身の胸に手を当てた。
いつか返すのは分かってる。返さなきゃいけないのも。
(でも今は、もう少しだけーーー)
熱くなりそうな目頭を誤魔化すように、俺は晴れ渡る青空を仰いだ。
ちなみに。
「チヒロ」
「はい、五代目」
「私が回りくどい話が嫌いなことは知ってるな」
ーーーダァンッ!
「ひぃっ?!」
「息子を作ったとはどういうことだ」
「は……、え……?」
「お前まさか、責任も取れんのに、あちこち遊び歩いていたんじゃないだろうな」
「まさかそんなーーー」
ーーードォンッ!
「向こうであったこと、一つ残らず吐け。今すぐにだ」
「は、はひ……仰せのままに……!」
作成した報告書は見事に大炎上。俺は五代目直々にこってり搾られ、誘うはずだった昼飯は夕飯になったのだった。