ちょこっとインディゴ6


*目次
うまく君の心を騙せたに違いない
本編後/見返りを求めるお話
それならば私も黒く染まろうか
本編中/お色気の術のお話・その二
来世に希望をかけるのも悪くないかな
本編後/電話のお話
それでも皆は知らないふり
本編後/リン兄に四杯目を飲ませてみたお話


▽うまく君の心を騙せたに違いない



「愛は、見返りを求めないものなんだ……」

 面倒くせェな。

 付き合いもかれこれ五十年近くなると、そろそろ心の中だけでも正直になってもいい頃合いに思えてくる。

「今度はどうした」
「娘のように可愛がってきた女の子たちが、立派に成長してくれてチヒロおじちゃん嬉しい……」
「庇いようがねェから、グレーの発言だけは控えろ」
「どこがグレーなんだ、ゲンマ」
「全部」

 いつもの屋台。
 明けだとは思うが真っ昼間から酒片手に、付け合わせのレタスをもっそもっそと食べるたチヒロ。その面は、丸まった背中にキノコでも生やしそうなくらい湿っている。

 オレはその隣に腰掛け、五目あんかけご飯を注文した。

「いや、別にいいんだよ。憧れる相手がいるってのはいいことだ。その背中を見て子どもは育つんだから」
「それなら何が不満が」
「憧れる相手が不満だ」

 全然良くないじゃねーか。

 チヒロはぐっと酒を仰ぎ、吐き出すように言った。

「だって考えてもみろよ。ミライはシカマル、サラダはナルトだぞ。シカマルは今こそイカしてる系にのし上がったけど、昔は一言目が『めんどくせー』って野郎だったの忘れたのか」
「そういえば言ってたな、そんなこと」
「極め付けは、あのナルトッ!」
「あ?」
「今や『英雄』だの『奇跡の子』だの武勇伝だけが一人歩きして『七代目火影様』とか呼ばれてるけどなァ!あのチビ、昔は平気で、お色気の術とかハーレムの術とかやらかしてるエロガキだったんだぞ!?」
「あー……」

 お色気の術とハーレムの術を知らない以上、ツッコミも同意もできないが。まあ、名前からして碌でもない忍術だってのは分かった。

「なんでアイツだけモテてんだよ!俺とナルトの何が違う!?俺だってあの子たちを可愛がってきたんだ!俺だってサラダから『チヒロさんカッコイイ』って言われたい!ナルトばっかりズルイッ!」
「見返り求め過ぎだろ」
「ヒマワリも最近長身のイケメンと一緒に歩いてるところ見かけるし!」
「カワキな」
「チョウチョウもきっとそのうち……!みんなお嫁に行ったらどうしよう?!」
「本人たちが行きたけりゃあ行くだろ」
「行くのか?!」

 号泣。

 思春期の娘から煙たがられる親父の典型だ。コイツの場合、仮に娘がいたら「ウザイ」と蔑まれ、奥さんに嗜まれ、一人ソファで泣き続ける未来しか見えない。

 五目あんかけを受け取るオレと入れ替わるように、チヒロが屋台の親父に飲み干した酒のコップを突き出した。

「おやっさん!もう一杯くれ!」
「そろそろやめとけって」
「こんなん、呑まずにしてやってられっかァ!」

 コトリ、と。
 まるでチヒロの嘆きを宥めるように、酒の代わりにカウンターに出てきたのは、木目の腕に注がれた一杯のしじみ汁だった。

「お、おやっさ……」

 それを見たチヒロは唇を噛み、ぐっと言葉を詰まらせる。そして、腕に両手を添えて味噌汁に口付けた。

 芳醇なしじみの香りを口一杯に含み、ゆっくり嚥下する。目の端から涙が一筋流れたのを皮切りに、彼はテーブルに付してワッと泣き出した。

「ごめん、おやっさん!俺が間違ってた!」
「おい、チヒロ……?」
「そうだよな!俺が元気でいないと、誰がアイツらの成長を見届けてやるんだよ!」
「いや、親兄弟いるだろ」
「分かった、俺今日で酒止める!」
「何言ってんだ、お前」
「大丈夫だ!彼女断ちも出来たんだ!酒断ちだってできる!アイツらの笑顔のためにも、俺は健康体で生きるんだァアアア!」

 その心意気だ。

 ぐっと力強く親指を立てた親父に、決意を込めて同じポーズで応えるチヒロ。

『約束だァ!』

 夕陽を背景に、元チームメイトの高らかな笑い声が響き渡った気がした。


▽それならば私も黒く染まろうか



 久々の休日。
 昼に起きて飯作るの面倒だったから適当に外で食べて。薬草でもなんでも珍しいもの生えてないかと、森の中をぶらぶらしていた時だった。

「お色気の術!」

 聞き覚えのある技名に足を止めた。見ると、全裸の女の子が膝をつき、池に自分の姿を映しては溜め息を吐いている。

 (いや、だからなんで裸なんだ)

 ナルトの時も思ったが、お色気だからって裸である必要はないだろ。ただ脱いでりゃあエロいってもんじゃないんだよ。

 (これだからガキは)

 それとも水着と下着の魅力を知らないのか。見えるか見えないかのギリギリのところを攻められて、目を細めながら見る醍醐味を知らないのか。知らないんだろうな。

 やれやれと肩を竦めると、不意に術が解け、一人の少年が姿を現す。

 木ノ葉の額当てと、跳ねた茶髪に浅葱色の長いマフラー。あれは確か。

 (三代目の孫で、エビスのとこのガキだったか……?)

 彼はぐっと土を掌に握り、再び立ち上がった。その瞳に諦めの色はなかった。

 (本気、か)

 コイツは今、本気でエロスを極めようとしている。

 (仕方ないな)

 俺が物陰から出ると彼はすぐに察知し、こちらを振り返って身構えた。

「だ、誰だお前!?」
「なに、怪しいもんじゃない。通りすがりのお兄さんだ」
「十分怪しいぞ……」

 こら、初対面に対して白い目向けるな。エビスから歳上を敬えと習わなかったのか、少年よ。

「ナルトより警戒心が強いな」
「!ナルトの兄ちゃんを知ってんのか」
「知ってるもなにも。やられたから、その術」
「どうだった!?」

 どうって。

 俺は当時を振り返り頷いた。

「実にいい腰だった……」
「う……っわ。ドスケベだ、コレェ……」

 聞いといて引くなよ。目を輝かせて食いついてきたのは、そっちだろうが。

 俺は咳払いをしてから、少年に話しかけた。

「お前のお色気の術を見せてもらった。満足してないようだな」
「!」

 彼は悔しそうに俯き、下唇をぎゅっと噛んだ。

「いくらやっても、ナルトの兄ちゃんのエロさには全然届かねーんだ。だから」
「ナルトの術がエロいなんて、俺がいつ言った」
「で、でも!いい腰だったって……!」
「腰はな。だが、俺に言わせりゃあ六十点だ。お前もナルトも大事なことを見落としている」
「大事なこと?」
「いいか、よく聞け」

 俺は脚を肩幅に開き、腰に手を当てビシッと指差し言い放つ。

「エロくなりたきゃあ、テメェの固定概念を捨てろ!」
「こ、固定概念?!」
「万人がツインテール好きじゃないし、万人が巨乳好きじゃない!脚は細けりゃあいいってもんじゃないんだよッ!」
「そうだったのか?!」
「お尻のラインはもちろんだが、決め手はなんと言ってもふくらはぎだ!普段膝丈のスカートから覗く適度な筋肉!そこから導き出される太腿、もとい絶対領域の解!」
「ぜ、絶対領域……!」
「更に、肌のきめ細やかさ、弾力、唇、首、鎖骨、指先、くるぶし、挙げたら枚挙に暇がない!骨格や体つきは人それぞれだ!誰一人として同じ人間はいないのだから!」
「なるほどォ!」
「人間の数だけ人間がいる!人間の数だけ好みがある!イチャモンつける暇があるなら、全て等しく愛でて見せろ!そして愛せ!その上で己の解(理想)を導き出すんだ!細部にこそ神は宿るッ!」
「おおおお!」
「それを加味しての俺はこうだッ!影分身の術!」

 俺は七人に分身してみせた。そして。

「お色気の術!」

 本体を残した六人、一人一人が術を発動させる。

 煙が晴れ、その美貌が露わになる六人の女性たち。
 髪型、髪の色はもちろん、顔立ちから身体つき、纏っているものまで皆違う。俺が提示した六者六様の美しさを前に、少年が感動に打ち震えた。

「ふおぉおおおおおー!?みんな違う!しかも胸がデカくないのにエロいなんてアリか、コレェー!?」
「言っただろ、固定概念を捨てろ!せっかくの影分身だ!皆が別のことを出来るのに、なぜ同じである必要がある!?」
「そうでしたー!!」
「A・B・C・D・E!烏滸がましいがFカップまで網羅した!これぞ十八歳から読み始め今日に至るまで、数多のエロ本で培った俺の集大成だ!各バストに合わせた、ウエストとヒップ、究極の曲線美!そしてホンモノは配った視線一つで相手を落とす!これを参考までに、テメェはテメェの解を見つけてみせろォ!」
「押忍ッ!」
「何を見つけろって?」
「だからこのーーー」

 聞かれて振り返るとあろうことか、この場にいるはずのない男が佇んでいた。

 顔は澄ました表情のままなのに、俺を見据えるその眼差しは限りなく冷たい。

「か、カカシ……」
「はァ、珍しく休みの日に出掛けてるなと思ったらこれだよ」
「……」
「で、何を見つけろって?」

 本棚の裏に隠していたエロ本(コレクション)まで捨てられるであろうことは、うすうす分かっていました。それでも僕は、自分の本能を抑えきれなかったのです。


▽来世に希望をかけるのも悪くないかな



 明けて家に帰ると、ベッドの横に電話が設置されていた。誰がやったかなんて一目瞭然だった。ただ一つ言うならば。

「なんでよりにもよってベッドの横に付けたかな」

 ソファ横につけてくれればスルーできたのに。

 (だからだろうな)

 性格ごと完全に見透かされていた。

 俺は軽くシャワーを浴びてから部屋着に着替え、布団に入る。そしてカーテンを閉めてから目を閉じた。数分後。

 ーーートゥルルル。

「……はい」
『あ、繋がってる?』

 左手を伸ばし取った受話器を耳に当てると、カカシ(電話をつけた本人)の声がした。

「繋がってる」
『良かった。配線繋げたの初めてだったから。うまくいったか気になってたのよ』
「そうか」
『じゃーね』
「おう」

 ガチャン。

 ーーートゥルルル。

「……なんだ」
『聞き忘れたけど、ご飯食べた?』
「食べてない」
『食べないとダメでしょ』
「起きてから食べるよ。今は寝る」
『そっか』
「おう」

 ガチャン。

 ーーートゥルルル。

「今度は何だ」
『なんとなく』
「切るぞ」

 ガチャン。

 ーーートゥルルル。

「しつけーよ、バカカシ!いい加減寝かせろッ!!」
『私だ、チヒロ』 
「大変失礼致しました綱手様ご用件をどうぞ」
『招集だ』

 今度こそ目が覚めた。咄嗟に起きて姿勢を正すと、掛け布団が背から滑り落ちる。

『残党の偵察に出ていた小隊が複数帰還した。重体者多数。直ちに出動しろ』
「はっ」

 条件反射。受話器片手に、俺は三十度角度で頭を下げた。電話が切れたのを確認してから、深く嘆息する。

「便利はいいが、代償はデカイな」

 おちおち寝てられねェや。

 俺は着替えてからすぐ家を出た。


▽それでも皆は知らないふり



 チヒロは酒に弱い。
 一杯飲むと元カノとの別れ話。二杯目で泣き始め、三杯目で相手への褒め言葉を並べて喚き出す。

 ならば四杯目はどうだろう。

「チヒロー」
「んだよ、カカシィ……」
「もう一杯、飲む?」

 チヒロの自宅。
 馴染みのそこで、オレは隠していた缶ビールをチラつかせた。

 すでに三本平らげうつらうつらとしていたチヒロの目が、それを見るなりキラリと輝く。

「飲む!」

 オレは彼の前に缶を置いた。

 四杯目を飲んだチヒロがどうなるのか、同期の誰も知らない。

 後腐れがないからと。歓楽街の女の子に酌してもらうのが好きだったから、そういう子たちは知っているかもしれないが。

 普段はオレを含め、介抱する側がこれ以上は御免だと止めに入っていたからだ。

 (店では他人の目があるが、ここならオレしかいないから迷惑もかけないし)

 ついに、彼の手がプルタブを開ける。

 (さて。鬼が出るか、邪が出るか)

 出てきたのは。

「カカシ、前髪伸びたなぁ」
「ん、まーね」
「綺麗な髪してるよなぁ。肌も白いし彫りも深いし鼻筋もスッとしてっし。なんでそんな綺麗な顔してんの何なのお前」

 褒め殺しの絡み酒だった。

 缶一本飲む干した彼は、ソファに座るオレの膝を当たり前のように陣取り、あろうことか仰向けに寝転がった。そして、手を伸ばしては「星が瞬いてるみてェ」と目を細め、指先でオレの前髪を戯る。

「カカシは本当によく頑張ってるよ。大戦後の火影職ってだけでもクソ忙しいのに、人に任せるだけじゃなくて自分も動いて。自分の足で現地に行って。民の声を自分の耳で聞いてさ」
「別に。影として当然のことでしょ」
「当然じゃない。卑屈になんのはカカシの悪い癖だ。お前は、昔っから周りに無関心な顔してっけど、態度はちゃんと優しいんだから」

 罵倒されない分変な感じがするな、どーも。

 オレはむず痒くて緩みそうな頬の筋肉を叱咤し、ぽやぽやと浮かされた表情のままの彼を見下ろした。

「そーいうことはオレじゃなくて、普段可愛がってる子に言ったら」
「可愛がってる子?」
「ボルトとか、サラダとか」
「俺ァ、カカシも可愛いと思ってるよ」

 果てには世間話程度のノリで、神羅天征レベルの爆弾を投下しやがった。

「……今なんて」
「カカシを可愛いと思ってる」

 固まるオレを他所に、彼はへらりと笑う。

「ツレないところも、生意気なところも。喧しいところも、ムカつくところも、腹立つくらいカッコイイところも全部可愛い」
「矛盾してない?」
「矛盾?どこがだ。嫌いな野郎と一緒にいられるほど、人間出来てないぞ。俺はな」

 チヒロがよいしょ、とオレの方に寝返りを打ったと思ったら。彼はソファに肘をつき、身体を起こして、おもむろにこちらに右手を伸ばした。

「お前があの日、帰ってきてくれなかったら。俺は、こんなに長く生きなかっただろうな」
「チヒロ……?」
「皆、当たり前のように口にする。後の世代に託すなんて、そんなカッコイイ死に方なんざ、少なくともあの頃の俺には無理だった。
 リンがいない世界にただ絶望して、放蕩して、どっかで野垂れ死んでただろうな」

 あの日。
 オレがリンの死を伝えに行った日であることが分かった。

 チヒロの親指が左頬に触れ、手の平がオレの頬を包む。

「お前が帰ってきてくれたからだ。お前があの日帰ってきてくれて。それからずっと隣にいてくれたから、俺がこうして生きてる」
「それはーーー」

 オレの方だ。
 チヒロがいたから、オレは。

「なあ、カカシ。一緒にいるのがお前で良かった」
「ッ」
「帰ってきてくれてありがとう。
 生きていてくれてありがとう。
 側にいてくれてありがとう。
 夢を、未来を見せてくれてありがとう。
 お前を愛してるよーーー」

 ーーーこの里この世の、誰よりも。

 言い終えるなり、彼の身体が傾きオレの肩に寄り掛かる。頬に添えられた手がするりと滑り落ちそうになるのを、オレは咄嗟に掴んで止めた。

 伝わる手の平の温もりに擦り寄ると、どうしようもなく目頭が熱くなる。

 オレも。

「オレもお前を愛してるよ、チヒロ」

 彼に言えなかった言葉が、するりと口から零れ落ちた。
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