ちょこっとインディゴ


*目次
今なら死ねる気がする
本編後/ナルトに怒られたお話
勢い余って延長戦
本編中/中忍試験予選中のお話
慣れてますから
本編中/サスケ奪還任務中のお話
流石にそれはアウト
本編中/暑い日のお話



▽今なら死ねる気がする



 行きつけの屋台の暖簾を潜ると、同期の哀愁漂う背中があった。

「チヒロ」

 声をかけると、彼がゆるりとこちらを振り返った。オレは、その変わり様に目を剥いた。

 乾いた唇が、力なく「ゲンマ」とオレの名を呼ぶ。
 燕脂色の瞳は色彩を失い、顔には生気がない。萎れている。心なしか痩せたようにも思う。

「どうした。何徹目だ」
「ここ一週間、異様なまでに定時」
「ならどうしてそんな顔をしてんだよ」

 親子丼と南瓜の煮物を注文して、チヒロの隣に座る。

「ナルトに怒られた。『ボルトを甘やかすのやめて欲しい』って」

 ああ、遂に保護者からのクレームが来たのか。煮物を摘んでチヒロを見遣る。

 (過保護というか。孫可愛さに爆走する爺ちゃんみたいだったからな)

 正直、オレが親なら多少なり鬱陶しい。
 面倒見てくれたり、遊んでくれたり、子どものものを買い与えてくれるのは有難いが、一緒に騒がしいので邪魔な時もある。慣れてきたら、プラマイゼロか、小指ほどのプラス程度だ。

 納得と同時に自業自得だと思うが、味噌汁から青さを掬ってもっさもっさと口にしている姿があまりに哀れで、そうまで言えず口を噤んだ。

「で、ナルトはなんだって」
「ボルトと買い物に行ったら、ボルトが『あれ欲しいこれ欲しい』って強請ってばかりいたから、ナルトが注意したらしいんだけど」

『ボルト!我儘ばっかり言うな!』
『父ちゃんのケチ!いーってばさ!チヒロおじちゃんに買ってもらうから!』

「だから最近、ボルトに遭遇しないように気配消して歩いてる」

 燃え尽きた灰みたいになってるのはそれでか。

「なにもそこまでしなくてもいいだろ」
「顔見たら甘やかさずに何をしたらいいのか分からない……」
「普通に接しろよ」
「普通って何だ。どこからが普通なんだ。俺の緑色のテープはどこ」

 ああ、もうだめだコイツ。

 じめじめ泣き始めたチヒロの前に、屋台の親父が無言でいつものシャーベットを差し入れる。
 チヒロがバッと顔を上げたら、親父はフッと片頬を上げ親指を立てた。

 (アンタそんなキャラだったのか)

 涙しながらスプーンを口に運ぶチヒロ。そして、オレの親子丼をカウンターに出してからそれを背中で見守る屋台の親父。

 新たな絆が生まれた瞬間だった。


▽勢い余って延長戦



 ーーー中忍試験、第三の試験の前に予選が行われることになった。

 (それはまあ、いいんだが)

 呼吸器を繋いで、モニターを確認する。

 (脈拍、呼吸、血圧、体温。いずれも正常)

 ひとまず容態は安定した。あとは本人次第だ。
 オレはベッドで眠るサスケに、肩までシーツをかけた。

「よく、頑張ったな」

 カカシが首に呪印こさえてきたサスケを抱えてやってきたのは、つい二十分前のことだった。

『チヒロ、頼みがある』
『サスケの首のそれか。何すりゃあいい』
『オレが用意した暗部数人置いていくから』
『ああ』
『死角が少なくて、見晴らしのいい病室を用意してくれ。なるべく窓が多い明るい部屋で』
『分かった』
『じゃ、よろしく』

 カカシからサスケを預かって、なるべく要望に沿うた空いている病室に入れた。

 伝説の三忍の一人。大蛇丸。
 その顔を思い出すだけで、左脇腹がじくりと疼いた。

「相変わらず、趣味の悪いことしているみたいですね」

 病室の外が騒がしくなってきた。
 また急患が来たのだと察して、サスケの病室を後にする。

 それから数時間後。

「……疲れた」

 なんなんだ、今年の中忍選抜試験は。
 俺含め、対応に追われた医療忍者たちは下忍たちの処置を終えてから揃いも揃ってぐったりしていた。

 意識があるなら上々。腕吹き飛ばされたり、頭打って気絶させられるのは可愛いもので。全身叩きつけられてるわ、心室細動起こしてるわ。

 (リーくんの粉砕骨折に筋肉断裂が一番酷い)

 皆とやれることはやった。しかし、背中の神経に入り込んでいる骨片には、とても手が出せなかった。

 (少なくとも今の俺に、あんな際どい手術はできない)

 神経は一寸でも傷つければ、今度こそ手足が動かなくなる。酷いと障害が残ってしまう。最悪、死ぬ。

 現段階の処置で回復すれば、日常生活を送ることは可能だ。しかし、手術をして骨片を取り除かなければ、忍として生きていくことはできないだろう。

『ファイトです!チヒロさん!』

 屈託のない笑顔を思い出しては胸が痛む。

「自分は散々励ましてもらったのにな」

 どれだけ経験を積もうと、壁の向こうにまた壁がある。

 (いいや、諦めるな)

 諦めるなら素人でもできる。
 忍医である以上、壁の向こうに行くことは義務だ。

 (今は無理でも、必ず)
 
 サスケの病室に近づくと、出た時より気配が二つ増えていて。俺は咄嗟に意識を切り替えた。
 一つはよく知っているもの。
 もう一つは知らないもの。
 一つの気配は去り、知っている気配だけが残った。

 開け放たれた病室と、その入り口に転がっている暗部たち。駆け寄って診ると、既に脈はなかった。

「ほんと、どうなってるんだよ今年は」

 吐き出しそうになった溜め息を飲み込んで、俺は病室の中の背中に声をかけた。


▽慣れてますから



 ロック・リーが病室を抜け出した。

 オレとライドウの手当てをしていた五代目が、報告を受けてリーの病室に向かってから暫く。

「ゲンマ、ライドウ。どうだ、身体は」

 チヒロが弁当を提げてやってきた。

「いや、待て。お前、なんのために来た」
「休憩時間だから見張りに来た」

 そう言って、側にあった丸椅子を引いて腰掛ける。脱いだ白衣を畳んでから、俺のベッドの端に置いた。

「サスケの奪還、例の下忍たちが行ってるって聞いたから。よもや、お前たちが追ったりはしないだろうなと」
「しねーよ。こっちはチャクラ切れてんだ」

 つーか、人の病室で麻婆丼なんか食うなよ。臭いが凄いだろうが。
 オレは手を伸ばして窓を開けた。

「お前は気にならないのか。オレたちより見知ってる顔が多いだろ」

 ライドウの問いに、チヒロは咀嚼した豆腐を飲み下してから言った。

「あいつら怪獣だから」
「怪獣?」
「帰ってくるよ、大丈夫」

 怪訝な顔をするライドウに対し、ゆっくり言い聞かせるように返すチヒロ。
 その脳裏には、大方中忍選抜試験の頃が過ぎっているのだろう。寸分も疑いのない表情だった。

「そうは言っても下忍だぞ」
「そうだよ。だから長丁場になるの見越して、今のうちに食べておかないと」

 丼に口をつけてかきこむ。
 空になった箱を袋に仕舞ってゴミ箱に捨てた。いや、それオレのゴミ箱。

 病室に備え付けられている洗面台で歯磨きを終えたチヒロが、何食わぬ顔で口内消臭まで済ませたところで院内放送が流れた。

『青葉先生、青葉先生。皮膚科三番お願いします』
「青葉?」
「そんな先生いないよ。スタットコール、緊急招集だ」

「帰ってきたな」と言って白衣を掴む。
 立ちながら袖を通して身を翻した。

「後は俺たちの仕事だから。お前らはゆっくり休んでろ」

 肩越しに笑顔を残して、病室を後にした。

「チヒロのやつ、普段からああだったらモテると思うんだが」
「頭で分かっててもできないやつなんだよ。察してやれ」

 窓から入る風が、反論するようにオレの髪を混ぜて行った。


▽ 流石にそれはアウト



 風の国の高気圧が、火の国・木ノ葉隠れの里を覆った。

 (ヤバイな。砂の里で生きていける気がしない)

 最近、救急で運ばれてくるのは、一に熱中症。二に熱中症。三に熱中症……。

 (頼むから冷房使ってくれ。
 冷たい飲み物飲んで。脱水症状起こさないように砂糖と塩が入ってる飲料水飲んで。
 任務でもないのに屋外活動するな。
 無理な修行するな。こまめに休憩取れ。涼しいところで休んでくれ)

 里全体にビラでも撒きたい。
 やっと解放された頃は、やはり太陽が真上に昇っていて。

 (寝てないのにこの暑さは無理だ)

 蒸せ返るような熱気にうんざりした。
 薄く雲がかかっているにも関わらず、なんだってこんなに暑いんだ。空気そのものが暑くて、呼吸という行為さえ辛く感じる。

 歩きながら水分補給をして、なんとか身体を引きずって自宅に着くと、足元から冷気が漂ってきて膝を折った。

「あー……涼しいー……」
「大袈裟だな」
「お前、それ暑くないのか」
「ま!室内だからね」

 顔を上げると、ソファに座って寛ぎながら、本を読んでいるカカシがいた。どうせ室外でも外してないんだろ、それ。

「いいから口布くらい取れよ。見てるだけで暑苦しい。なんで黒なんだよ余計に暑い」
「……今日はやけに文句が多いね、お前」

 全く、と言いながらも、カカシは口布を下ろした。
 晒された素顔は憎たらしいほどに涼しげで。

 (ほんと顔はいいんだよな)

 男の俺から見ても満点出せる。顔面がいい。

 しかも、背ェ高いし、声良いし、作った飯は漏れなく美味いし、面倒見いいし、ミステリアスで緩っぽく見えて戦ってるとかっこいいし。そりゃあ、世の女性たちも色めき立つ。

 (それにウチのリンが惚れたんだから、いい男に決まってーーー)

 はた、と思考が止んだ。

 (いやいや、お兄ちゃんは認めません)

 口布をしていてこれだ。
 万一、コイツが口布を外して歩いたらどうなるんだろう。
 熱中症の代わりにカカシ症が流行する。カカシに当てられた女性たちが、次々に運ばれてくる光景が容易に想像できた。

 (なんだ。今度は向っ腹が立ってきた)

 男の僻みほど醜いものはない。ない、が……、

「カカシ」
「なに」
「やっぱり口布戻せ」
「どっちよ」

 いらん想像をして、余計に疲れた昼だった。
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