とばっちりだね
「のはらチヒロだ。いつもリンが世話になってる」
「はたけカカシ」
よろしくのよの字もなかった。第一印象は「可愛くない」。
イケメン、無口、天才、愛想がない。性別・男。
目に入れても痛くない天使みたいな妹のリンの紹介がなければ、一生自分から関わらなかった人種だと今でも思う。
▽
名前は聞いたことがあった。
「白い牙」の息子・はたけカカシ。5歳でアカデミー卒業。6歳で中忍試験突破。
ガイが「カカシは我が永遠のライバルだ!」とか言ってたから、よほど熱いヤツなのかと思ったら真逆だった。
言葉が少ないにも程がある。「悪くない」「嫌い」「面倒くさい」「どうでもいい」を目だけで語るんじゃないよ。口動かせ、口。
大体、そんな達観した雰囲気醸し出しておいて、歳がリンの一つ下とか嘘だろ。見えねーって。
「お前さ、年齢詐欺でもしてる?」
「は?」
はい。今日は「何コイツ、馬鹿?」みたいな目をもらいましたー。
オビトと一緒にウチ来る度に、目のボキャブラリーだけが増えていく。最近は目を見たら大体分かるようになってきた。さっぱり嬉しくない。
ある日、二人が笑って話しているところを眺めていたカカシが、眩しそうに目を細めた。だが、どこか苦しそうで。
(アイツのあの目は見たことないな)
憧憬なのか。羨望なのか。はたまた、……慕情なのか。
「カカシ、もしリンに手ぇ出したらしばくぞ」
「っ、別にそういうんじゃない」
なんだよ、そんな顔もできるのか。
ぽんぽんと頭を撫でたら手を払われた。ま、リンはそう簡単にやらないけどな。
と、思った数日後。
リンから「お兄ちゃんの調合薬、よく効くから分けて欲しいんだけど、……ダメかな?」と頼まれた。
いいに決まってんだろ。可愛い妹のためなら新しく煎じてあげるよ。どれくらい欲しいのか訊ねると、自分のものじゃないという。
「カカシがね、上忍になったから。今度の任務でプレゼントしようと思って、医療パック用意してるの」
「は……?」
12歳で上忍って何者だよ、ホント。見た目良し、将来有望、収入問題なし。可愛げのない性格以外は完璧だ。アレ弟になったらどうしよう。
だが、ポーチの後ろにお守り縫い付けている妹の表情を見ていると。……つまりそういうことだと察した。
(頑張ってくれ、オビト)
お前の直向きさ買ってるんだよ。見てて微笑ましいんだって。そんなピュアなお前が好き。
「ねえ、お兄ちゃん。もう一つお願いがあるの」
「なんだ?リンのお願いなら夜空の星でも取ってくるよ俺は」
「これからも、カカシのことお願いね」
「は」
リンは針仕事の手を止めて、俺をまっすぐ見つめて言った。
「カカシ、ミナト先生くらいお兄ちゃんに懐いてるみたいだし」
「え」
懐いてるのか、アレ……?
カカシに関する記憶を一周したが、さっぱり分からない。
「会ってもあまり話さないぞ」
「恥ずかしいだけだよ。お兄ちゃん、すぐ子供扱いするんだから」
「ガキはガキらしくしてろって話。スケコマシが」
「もー、カカシのこと悪く言わないで。私は、お兄ちゃんもカカシも好きだよ」
「俺もお前のことが大好きだよ、リン」
「うん、知ってる。だから、お願いね。チヒロお兄ちゃん」
降参。ホールドアップ。
そんな可愛い顔されたら無理。仲良くできるか分からないけど、よろしくくらいはしてやるか。
「分かった。任務、気をつけて行ってこい」
「うんっ!」
翌朝。いつも通り「行ってきまーす!」と家を出たリン。太陽のような笑顔。
それが、俺の見た妹の最期の姿だった。
▽
「リンが、死んだ……?」
連日、雨が降り続く中。
俺の後ろでは母親が泣き崩れ、父親が目を伏せた。
妹の死を伝えにきたのは、可愛くないアイツで。
「オレが殺した」
と、そう言った。
リンは、霧隠れに攫われ、三尾の人柱力にされた。尾獣が暴れ出す前に自分が殺した、と。
「お前がリンのことを可愛がってたのは知ってる。オレは、お前になら殺されても文句は言えな」
ーーーガッ!
最後まで聞くまでもなく、俺は目の前の男の左頬を殴った。
珍しく饒舌だと思ったら、笑えもしない話しやがって。
リンが死んで。リンを殺めたお前を俺が殺す?どんな理論だ。12歳で上忍になるくらいだとそういう思考回路になるのかよ。
(馬鹿もそこまでいくと大馬鹿だ)
霧隠れ以上に、今は目の前のコイツに腹が立った。
「お前がなんで嘘ついてるかは知らない」
「……嘘なんかついてない」
「リンは、カカシ、お前が殺したんじゃない。自分から死のうとしたんじゃないのか」
「!」
あの子は優しくて聡い。
里が危険に晒されると分かれば、里に入る前に自分の命を絶とうとすることは想像に難くない。
「あの子が守りたかった里には、お前も入ってんだよ馬鹿野郎……!」
オビトだってそうだろ。
リンの死の前に語られた、もう一人の仲間の死。左眼に移植された紅い瞳が揺れる。
「さっきのは俺の分。それで、」
カカシの赤くなった左頬に手を伸ばして触れた。術を発動して、傷を癒す。ついでに、見える傷も。
「これは、リンの分だ」
「っ、でも、オレ、は」
薄らと涙を浮かべるカカシの目は、戦場で幾度と見てきた目に似ていた。
仲間が死んで途方に暮れ。仲間のために生きなくてはと思うのに、纏った死の香りが消えず。
挙句の果てには危険を顧みないで、里のためと大義打って自分から死に突っ込んでいこうとする。死に急ぐヤツのそれだった。
「納得できないんだな」
「………」
カカシは何も言わず俯いた。
納得出来るわけがない。目の前で一度に二人も亡くしたんだ。
忍は里のために生きる。命も同様に。
けれど、
『ねえ、お兄ちゃん。もう一つお願いがあるの』
俺は目を固く閉じて。
『これからも、カカシのことお願いね』
開けた。
「よし、分かった。そこまで言うなら、お前の命を俺にくれ。そのかわり、俺の命をお前にやる」
「……は?」
「俺が死ぬ時は、お前が死ぬ時。お前が死ぬ時が、俺の死ぬ時だ」
「なんだよ、それ。子供遊びじゃあるまいし」
「俺が死んだら、お前も死んで良し。お前が死んだら、俺も後追ってやる。逆もまた然り。お前が死ぬチャンスは二度ある。死にたがりには、ちょうどいい条件だろ」
「ふっ、お前が自分で死ねるの」
答えるよりも早く、左手に高濃度のチャクラを練り、鋭さと強度を増したメスを作る。右腕を上げて、脇の胸骨の間から心臓をーーー、ひと突きする前にカカシの手に止められた。
「何してる!本当に死ぬ気か!ご両親の前で」
「見くびるなよ、俺も忍だ」
「っ、」
死にたくないという嘆きを。
生きたいという切望を。
人を救う立場にありながら、里のため、任務のためと切り捨てたことなんかザラにある。
「それに、これまで数えきれない程の死と立ち会ってきた。死ぬ方法くらいいくらでも知ってる」
けれど、残念なことに死にたがりを止める方法を俺は知らない。どれだけ慰めても、どれだけ怒っても、「オレが悪い」と思っている今のカカシには届かない。
それなら、命には命を。
お前がそれで「生」に留まっていられるというならば。お前の目が「死」ではなく「生」きている俺を映してくれるならば、それでいい。
「カカシは俺を殺せない」
「でも、オレは仲間を」
「守ろうとした。オビトもリンも。知ってるよ。
二人が信じてきたお前を、俺は信じる。お前は、俺を殺すようなヤツじゃないって」
俺が生きてれば、お前も生きていてくれるだろう。
「っ、」
震える手が、恐る恐る俺の服を掴んで引いた。俯く頭を撫でてやる。今度は振り払われなかった。
友のために命を捨てる。これ以上の愛は地上には存在しないという。
それならば、
(ダチでもないやつに自分の命預けた俺は何だろうな。馬鹿かな)
『私は、お兄ちゃんもカカシも好きだよ』
(ま、馬鹿でもいいか)
俺が向こうに行った時、リンが笑ってくれるなら。……いや、オビトと一緒に怒ってるかもしれない。カカシに余計なもん背負わせるなって。
(でも、怒ったリンも可愛いからいいかな)
目を伏せると、泥濘んだ地面が涙を弾いた。