捨てればいいのに


 昼下がりの会議室。
 一部の上忍、そして上役たちの集う席で。一人の男が立ち上がり、資料片手に説明を始めた。

「ーーーと、いう報告があった。ゆえに今後岩との交渉については」

 ガサガサ、パンッ。ビリッ。トクトクトク……。

「ーーーあくまで我々の利益を第一とし」

 キュッ、ゴッゴッゴッ。パキッ。

「ーーーということでいかがだろうか、風影代理」
「あ?」

 呼ばれて俺は、左手で捲っていた資料から顔を上げる。

 昨日。
 俺は、風の国の大名の元へ出向いた。

 今朝、馬車に揺られ十時に帰宅。
 シャワーだけ浴び、途中商店で昼飯を拵えて執務室で不在中の報告を受け、飯を食う間もなく会議の席に着き、ようやく飯にありつけると思ったらコレだ。

 俺は咥えていた割り箸を右手に持ち直し、つゆを注いだばかりの冷やし中華の器を引き寄せ言った。

「で、要するになンだ」
「これまでの話を聞いておられなかったのか」
「聞いてた。鉄の買い値の話だろ。かと言って、岩との交渉は妥協せずにテメェの要望だけ通せなんて無理だ。決裂するに決まってる」

 土の国と風の国。
 隣同士、砂と岩の確執は根深い。

 砂が言えたタチではないが、岩の土影もなかなか自国優先の政策を行なっている。

「では今以上に譲歩しろと」
「ンなこと言ってねーよ」

 あからさまに不服な声を返されて、俺はずるずると麺を啜った。そして隣に座るバキから統計資料を受け取り、咀嚼しながら捲る。

 それからとあるページを開いたまま、それを円卓の中心に向かって滑らせた。

「土の国が今年出した鉄鋼の採掘量のデータだ」

 向こう側に座る上役たちの手に回る間。
 オレはきゅうりを齧り、卵を頬張り、ハムを口に放り込む。ワカメで麺を包んでつゆにつけて食べていると、彼らが資料から顔を上げた。

「……それで」
「気付いたことは」
「鉄の採掘量が減っているな」
「つまり」
「今後も鉄の値段が上がり続ける」
「砂でも鉄を採掘する」
「何だと?」
「ただし、自国で不足する分だけな。市場に参入するつもりはない」

 ペットボトルの蓋を開け、残っていた分を飲み干した。

「今でも十分に価格交渉している。しかしこのまま値を上げられちゃあ、買っていた三分の二買えやしねェ」
「そうだ」
「ならば掘る。これまで買ってた金額分はそのまま仕入れとけ。足りない分だけ自国で賄えばいい」

 これなら余計な摩擦もない。買うもん買ってるからな。

「武器庫には武器然り、常に一定量の鉄を保管するようにしろ」
「採掘場所と人手は」
「場所は俺が磁遁で探す。人手集めんのはバキに任せる」
「おい」
「運ぶ要因最低二十。腕っ節と体力あるヤツだけ揃えろ。場所を見つけ次第、その日に術で必要量だけ一気に引き上げる」
「お前がか」
「こんなことに何日もかけていられるか」
「もし岩がそれを知り、難癖を付けて我が国への鉄の輸出を渋ればどうする」
「あのな」

 岩にパイプを持つ上役に対し、俺は冷やし中華の空箱をビニール袋に片付けながら答えた。

「向こうも商売してんだよ。独占権譲ってんのに何が不満だ」
「む……」
「鉱石の埋蔵量は圧倒的に土の国が優っている。純度も高い。品質で言えば岩が上だ」

 俺が精錬すりれば、ほぼ変わらないが。手間を考えると掘るより買った方がいい。
 こちらとしても、自国の埋蔵量減らさずに済むしな。

「後は貴公に任せる。彼と話し合って進めてくれ」

 先程まで説明していた男を指して言うと、互いがあからさまに顔を顰めた。

「お言葉だが代理。岩を常に敵視しておるこの男とは組めん」
「こちらのセリフだ。親岩の男の言うことなど信用できるか」
「あァ?ンな事知るかよ」
「「代理!」」
「里の利を考えて動くのは当たり前だろーが。仲良しグループじゃねーんだよ、ここは」

 ガキには喧嘩するなと説教して、良い歳こいた大人(テメェら)が喧嘩してどうする。

「俺は片っ端から意向を汲む程ほど優しかねェ。仕事は仕事だ。割り切れ」
「はァ、まったく。四代目はこちらの話をよく聞いてくれたと言うのに……」

 従ってくれた、の間違いだろう。

 兄弟でこうも違うとは、と聞き慣れた愚痴を右から左に流し、オレはあんぱんの袋を破り頬張った。

 二十分後には石の里の上役との謁見が入ってる。ジジイ連中のいざこざに付き合うほど暇じゃない。

「他にないなら、俺から報告が一件」

 バキに目配せすると、彼が各席に資料を配り歩く。

「着任してから一通り里の収支に目を通した。そして二年前の八月の収支報告書について、収支の砂金の換金価格が間違ってるため調査するよう指示を出した」
「二年前の八月……?」
「どういうことだ、羅果」
「俺が個人的につけてた帳簿の数字と、収支報告書の数字が合わねェんだよ」

 ピクリと手指が動いた男が二人、肩が跳ねた男が一人。そしてあからさまに動揺を見せた男が一人いた。

 俺は敢えて見ていないフリをして、あんぱんの袋を小さく畳みながら続ける。

「八月。俺が精製した金は三十キロ。当時のレートは一グラム当たり八百五十両。二千五百五十万両はあるはずなんだが、五十万両が計上されていない」
「そ、それはーーー」
「それは真か」

 肩を震わせた男の言葉を遮り、初老の男が眉を顰めた。糸目の彼は政治の世界に珍しい、潔癖で通っている男だった。俺は彼の目を見て頷いた。

「間違いない」
「なぜ当時気が付かなかった」
「勘弁してくれ。あン時は雷の国の開拓真っ最中だったんだ。国内のこと(そっち)は信用して預けてるに決まってんだろ」
「フッ、羅果よ。お主がこちらを信用してくれるのか」
「悪ィか」
「いいや。しかし、全く伝わらなんだ。お主の物言いが問題だな」

 大きなお世話だ、クソジジイ。

 呆れたように腕を組む糸目男を横目に、俺は机の上を片して立ち上がった。

「そういうわけだ。当時の会計を担当した者を始め調査し、次回の会議で経過を報告する」
「もし関与が認められた場合は」

 円卓中の視線を受け、自然と頬が緩む。

「言ったろ、オレは優しかねェ。四代目とは違う。どうせ少なくなった人数だ。在任中徹底的に洗って叩き落としてやるよ」
「やれやれ、言った矢先から……」
「ほっとけ。
 ま、賢く生き残るにゃあどうしたらいいかってのは、貴公らは当然よぉくご存じであらせられますよ、ーーーねェ?」

 ぐっと息を詰まらせる数名。その中には、岩と仲が良い悪いで言い争ってた二人もいた。

「じゃあ、あと頼みます」
「うむ」

 糸目男に振ってから退席する。

 付き添っていたバキが、部屋を出るなり額を抑えて溜め息を吐いた。

「上役たちを脅してどうする馬鹿者」
「根本から腐ったヤツと上手く立ち回れないヤツは邪魔なだけだ」

 政治はカネがかかる。
 付き合いもある。忖度だってある。

 この歳になって、一つ一つを糾弾するつもりはない。

 (かと言って、露骨に遊ばれちゃあ困ンだよ)

 テメェの私腹だけ肥やして仕事はしません、なんて話にならん。

 することをしてから、多少の蜜を吸う。

 それくらい要領よくこなせるような者でなくてはな。

「ましてや、アイツの統治する里には尚更だ」
「!まさか、お前。我愛羅のために」
「ンなわけねーだろ。俺がここにいる間、快適に過ごすためだっつーの。少なくとも一年間は座る椅子だからな」
「クク……、そういうことにしておいてやるよ」
「ムカつく笑い方しやがって。お前から切ってやりてェ」
「代わりがいるなら好きにすればいい」
「そういうところだよ。
 ったく、あの姉弟が継いでくれりゃあいいんだが」
「心配はいらん。アイツらもまた、砂の忍だ」
「フン、だな」

 窓の外で伝令用のタカが空高く飛び立った。
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