苛立ってない、怒ってるだけ


 天敵、というのは誰しも存在するらしい。

「それあげるからさぁ。アレ、なんとかしてよーぉ」

 オレの目の前団子を頬張りながら、見るからに不機嫌な顔を晒している元上司。

 休日。
 オレはベッドに座って本を開き、彼女の教え通り家でまったり過ごしていた。にも関わらず。

「カカシ今暇ぁ?暇だよねぇ、ちょっと面貸してぇ」

 突如自宅に襲撃しに来た当人によって甘美堂に連行され、食べたくもない小豆特盛ぜんざいを押し付けられていた。

「本当に食べないのーぉ」
「いりません」
「じゃああたしが食べるぅ」

 最初から自分が食べたかっただけなのでは。

 そうして引っ込んだぜんざいの器の代わりに、三色団子の皿を差し出された。
 あの量の小豆に比べたら幾分マシなので、一本手に取り咀嚼する。

「で、何ですか。アレって」
「とぼけんなよーぉ。アレって言ったら、ガイしかいないでしょーぉ」

 マイト・ガイ。
 オレの同期で、自称・オレのライバル。

 濃い顔に熱血漢。青春がどうとか言いながら、場所も空気も読まずに勝負を仕掛けて来る。鬱陶しいなと思うこともあるけれど、彼の体術、そのスピードとキレについては正直一目置いている。

 そんなガイが今、オレ以外に付き纏っている相手。それがアサヒだった。

「カカシ!アサヒさんはオレが頂くぞ!」

 ある日突然、ガイに呼び止められては宣言された。

 まるで展開が読めなかったが、「どうぞお好き」にと言っておいた。

 そこで後日、通りすがりのアサヒに訊ねると。

「ガイ?あー、あの子かぁ。ま、もう懲りて近づかないでしょーぉ」

 手をひらひらとさせて、団子片手に去っていく。珍しく甘いな、と思った。

 そうしたら案の定、コレである。

「ガイのしつこさを読めなかったんですか」
「お前も皮肉るようになったねぇ」

 アサヒが小豆の山から白玉を掬っては、スプーンの中で揺り動かす。

「なぁーんにも。それこそ闇一つ知らない目ぇしてたからさぁ。あーいうのって、自分が信じてるもんひっくり返してやれば、案外簡単に堕ちるんだよ。だから、軽く抱いてやったんだけどぉ」
「ごふっ!?」

 咽せた。

 オレは喉に詰まった団子を、胸を叩いて逆流させティッシュの中に吐き出す。

「抱……、え、抱いたんですか。ガイを」
「カカシと同じ訓練つけてくれ、って。あたしを探してきたのは向こうだよぉ?わざわざ休みの日に相手してやったんだからぁ。感謝してよねーぇ」

 頭が痛い。余計なところまで追ってくるんじゃないよ、全く……!

「……それで?」
「そんだけーぇ」

 彼女は、スプーンの上の白玉をパクリと食べる。

「それ以来、好きだ、愛してる、結婚してくれって追いかけて来るのぉ」

 鬱陶しいったらありゃあしない、と小豆の山を掻き込んだ。

「断ればよろしいのでは」

 アサヒは空になった器をテーブルに置いては、スプーンを中に投げ込む。態とらしく目が弧を描いたと思ったら、小首を傾げて言った。

「断って引くのぉ?」

 引かないな。

「突っ撥ねてもくっついてくんじゃーん」
「来ますね」
「暑苦しいじゃーん」
「そうですね」
「喧しいしぃ」
「確かに」

 悲しいかな。否定できる要素が何一つ見当たらない。彼女はオレの前の団子を一本攫い、あっさり平らげた。

「大抵の人間はさぁ。建前と本音があるんだよ。表裏なくても、自分から言わないヤツもいるしぃ」
「ええ」

 対人関係はそういうものだ。

 当たり障りのないように。相手が気分を害さないように。自分が傷つかないように。衝突しないで済むならば、多少のことは飲み込み、過ぎて行く。

「でもガイは同じでしょーぉ。表も裏もない。闇もない。あるのは相手への真っ直ぐな気持ちと、自分のブレない想いだけ。あんなの、毎日浴びてたら目ぇ潰れるよぉ」
「それはーーー」

 聞き返すより早く、近くでガイの気配がした。
 アサヒは残った一本の団子を片手に席を立ち、こちらを振り返っては軽やかに笑う。

「じゃあ、そういうことだからぁ。あと、よろしくねーぇ」
「ちょ」

 そして、呼び止めるまもなく姿を消した。

『あんなの、毎日浴びてたら目ぇ潰れるよぉ』

 意外だ。

 (嫌い、ではないのか)

 ならいいのでは?と、一人残った席で茶を啜っていると、顔見知りの店員が遠慮気味にやってきた。

「あの、お会計なんですけど。お連れ様とご一緒で宜しかったですか」
「!」

 言われて気付いた。

 (アサヒ、アイツ……!)

 ガイのみならず、勘定まで押し付けていきやがった……!

 オレはグッと震える拳を握り、湧き上がる怒りを咄嗟に抑える。

 (落ち着け、オレ。落ち着くんだ)

 そうだ、ここで感情的になったらアサヒの思う壺だ。冷静さを欠いた方が負けなんだ。

 オレは深く息を吐き、頭の中を整理する。それから、眉を下げている店員を向いてにこりと笑った。

「すみません。ぜんざいと団子二本分は、暗殺戦術特殊部隊日向アサヒ隊長にツケでお願いします。請求書頂けますか。届けさせますので」

 まずは、自分の分の団子代を支払い。

「カーカーシィー!さっきまでここにアサヒさんの気配があったんだが何か知らないか!?」
「ん、知ってるよ。はい、これ」
「?これは」
「アサヒ宛の請求書。これ持って暗部の施設にいけば、正式に取次いでくれるから」

 次に、ガイをアサヒに差し向ける。

「いいのか、ライバルに塩を贈るような真似をして」
「何言ってんの。オレとガイの仲でしょ。今日は(と言わず延々に)お前に譲るよ」
「カカシ……!お前ってヤツは……ッ!」

 オレは耐えよう。
 例え感涙したガイに骨が軋むほど抱き締められようと、往来の人々にドン引かれようと耐え抜こう。その先に。

「オレは今日こそアサヒさんに会ってみせる!」

 アサヒの苦い顔が見られるならば。
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