ちょこっとインディゴ現パロver
*目次
この先には必ず祝福が待っている/温泉のお話
君が泣いても世界は動かない/オビトが引っ越しするお話
▽この先には必ず祝福が待っている
「よければ一緒に温泉行かない?」
カカシが商店街の福引きで温泉旅行を当てたらしい。
チャットが来たのでリンに話すと、パッと笑顔が咲いた。
「いいね、行こう!」
行く旨を伝えてから、職場に休みの申請。着替えやら何やら荷物を纏めて。
「ねえ、パパ。おんせんってなに?」
「それはな、行ってからのお楽しみだ」
「なーんだ。パパ知らないんだ」
「え」
「知らないことは知らないって言っていいんだよ。ぼく、ママに聞いてくる!」
「いやちょっ、まーーー」
あからさまに落胆した息子の顔を見て、呼び止めようとしたが時既に遅し。
息子は「ママー、おんせんってなにー?」とその足でリンの元へ行ってしまった。
(なんてこった……)
温泉も知らないパパになっちまった……。
一人肩を落とすと、リンから教えてもらったらしい。息子が「パパにも教えてあげるよ!」と自信満々の顔で戻って来てくれて幾分救われた。
そうして迎えた旅行当日。
「悪ぃな、カカシ」
「帰りは運転変わってね」
「ああ、分かってる」
自分の車を出してくれたカカシに「ありがとな」と礼を言ったら、彼は「いーよ」と微笑む。
「荷物はこれか」
「はい」
俺が引いていた荷物を、チヒロさんがひょいと持ち上げる。荷物を運び込むためトランクを開けたら、息子がリンと手を繋ぎながらやって来た。
「おじちゃーん!」
「おお!また大きくなったな、コイツー!」
リンの手を放し、伯父に向かって駆ける息子。
チヒロさんはバッグをぽいっとトランクに放り込み、そんな甥っ子を正面でキャッチ。重くなったなー!と抱き上げた直後、早々に後部座席に乗り込んでしまった。
「攫われたな」
「攫われたね」
リンは苦笑を漏らし、チヒロさんの隣に腰掛ける。オレはトランクを閉めてから助手席回り込み、シートベルトを引っ張った。
BMWのミニバン。
ワインレッドのボディ。小型車サイズでありながらも、一列目、二列目のシートがゆったりと広いのは流石と言おうか。
窓にはスモークガラスが使われており、見上げてみるとサンルーフまで付いている。
「すげー車だな」
「普通じゃない?」
「いや、普通じゃないって」
「コイツ、アメリカでもっと凄いの乗ってたぞ」
「マジっスか」
「マジ」
後ろの席で、甥っ子を膝に乗せてご満悦な義兄情報。オレが驚くと、カカシは前を見たまま「そうかなー」と全く自覚ない顔で小首を傾げた。
「気に入ったから買っただけなんだけど」
「それで買えるお前がすげーよ」
「どうせ長く使うんだから、気に入ったもの買うに限るでしょ」
それから高速に乗り、某サービスエリアに立ち寄る。車から降りた息子が、カラフルなのぼりを見つけて指差して言った。
「おじちゃん、みて!アイスだよ!」
「そうだなー、一緒に食べようなー」
買ってくれとも言われてないのに、あっさり財布の紐を解くチヒロさん。結局全員分奢ってくれた。
「どうだー、美味しいかー?」
「うん!おいしいっ!」
口の周りをベタベタにしてご当地アイスを頬張っている息子を、スマホで撮りながらデレッデレな顔をしているチヒロさん。
カカシがバニラアイスを片手にそれを眺めながらぼやいた。
「オレもあれくらいの歳だったらなー」
むすっとした膨れっ面を晒すカカシ。
どうするつもりなのか聞こうとしてやめた。
どこからどう見ても、ウチの息子(四歳児)に妬いている。聞いたところで碌な答えが返って来るとは思えず、オレは聞かなかった振りをしてコーンに齧り付いた。
▽
カカシが商店街の福引きで温泉旅行を当ててきた。
「もうちょっと出せば、オビトとリンも誘えるよね」
「誘えるな」
そんなわけで、甥っ子を連れての五人旅行。
現地に着くなり、カカシから「オビトと他の荷物も運んでおくから、チヒロとリンは子ども連れて先に入ってて」と言われ。言葉に甘えてチェックインの手続きをして部屋に向かう。
「露天風呂だって。着替えと浴衣あるし、先に入っちゃおうか」
甥っ子の手を引いて女湯の暖簾を潜るリンと別れ、俺は男湯の暖簾を捲った。
着替えをカゴに入れ、服を脱いでから腕に髪ゴムを通し、タオルを腰に巻く。ガラリと曇りガラスのドアをスライドさせると。
「お、誰もいない」
貸切状態だった。
洗い場で髪を洗い、首の後ろで髪を結う。身体を流してから、ドアもう一枚向こう側の露天風呂へと向かった。
開けるなり、風が素肌をなぞる。俺は逃げ込むように風呂に爪先を入れ、温度を確認してから大丈夫と判断し、豪快に片脚を突っ込んだ。
そのまま反対の脚も入れて。冷たい風と熱さとに身を震わしながら、腰から肩まで浸かる。
「っはー……きーもち……」
慣れて来るとちょうどいい温かさだった。最高だな。
すいーっと泳ぐように景色に近付き腰を下ろせば、連なる山々と川とか見下ろせる。贅沢な自然の景色を独り占めしていると、不意にガラリと音がして洗い場に二人の男が入ってきた。
カカシとオビトだった。
二人はなにを探すようにきょろきょろしていたが、オビトが俺を見つけてはカカシの肩に手を置き、こちらを指差す。カカシがいつもの調子で軽く手を上げたので、俺もまた返した。
早く洗ってこいとジェスチャーすると、たらいを脇抱えてシャワーへと向かった。そして。
「おー、絶景!」
「本当だ。いー眺めだね」
入ってきた二人。
湯に浸かっていた俺の視線の高さは何の因果か。
(腹筋、割れてる、ふたり……)
背の高い二人の、ちょうど腹の位置にあった。
さむさむ、と言いながら入ってきたオビトと。顔色を変えずに浸かるカカシ。俺は自然と避けるように隅に寄る。
(なんだ、この体格差)
上腕、胸筋、腹筋、背筋。
なんで二人して隆起してるんだよ。オビトはまだ分かる。仕事柄だろ。でもカカシ、お前はなんだ。
体力必要なのは分かるよ。長時間に及ぶオペだってあるんだから。でもな、俺も同じくらいトレーニングしてるんだよ。なのになんで、お前だけそんなに身体絞まってんの。俺だけなんでこんな普通なの。おかしくない?おかしいだろ。
(俺は一度も割れたことないのに……!)
腹筋は元々割れてる。それを目に見えるようにするためには、体脂肪を減らさないといけない。
しかし、いくら減らそうと思っても出来なかった。食事療法しようが、酒断ちしようが、筋トレしようが一向に減らない。
お腹が鳴り、へこりと凹むだけで割れる兆しは微塵もない。不規則な生活が原因だろうけど、それを言ったらカカシだって同じだ。
(元々体脂肪が低いのかな)
羨ましい。俺だって一度でいいから割れてみたい。その方がかっこいいだろ、何となく。
神様は不平等だ。
顔と性格と身長だけで飽き足らず、天は人に四物目までコイツらに与えるのだから。
「チヒロさん、どうしたんスか。そんな隅っこで」
「こっちに来て寛いだら」
「うっせェたるめ」
「「え」」
「もう二度とお前らと一緒には入らないからな!」
「「えぇ?!」」
熱くなる目頭。俺は歪む視界を誤魔化すように、呆気に取られる二人を置いたまま露天風呂から逃げ出した。
▽
「なにがどうやってるのよ?!」
「オレに聞くな!」
チヒロが泣きそうな顔で風呂から抜け出したのを追いかけるようにして部屋に戻ってみると。
「お、オビトとカカシがな……!これ見よがしに、腰に、タオル、巻きやがって……!俺にない腹筋、見せつけてきて……!」
「大丈夫だよ、お兄ちゃん。私も腹筋割れてないし」
「ぼくもわれてないよ」
彼は、正座をしたまま身を折り咽び泣き。頭を深く垂れては、リンと甥っ子に背中を摩られ慰められていた。
「いや……腰にタオルって……」
「他にどこに巻けばいーのよ」
腹筋に対してここまで劣等感に駆られるとは。
(腹筋バキバキのチヒロか……)
想像してから、掻き消した。そんなチヒロ は嫌だ。お腹に手を回した時の感触が変わってしまうのは困る。オレはしゃがんで彼の肩をポンッと叩いた。
「チヒロのお腹は今がちょうどいーよ」
慰めたつもりだったのに余計に泣かれた。コイツに腹筋のことは禁句だな。
すると、甥っ子がチヒロの浴衣の袖を引いて言った。
「おじちゃん、これからはぼくといっしょにはいる?」
「うん、おじちゃんお前と一緒に入る……」
「お前はアイスで得したでしょ。そろそろオレと代わろうと思わないの」
「落ち着けカカシ。相手は四歳児だ」
咄嗟に子どもの肩を掴んだオレの肩を、オビトが掴んで止めてくれた。
▽君が泣いても世界は動かない
離島で働いていたオビトが、四年を経て再び本土(こちら)に転勤になった。
「いやー、やっぱり持つべきは優秀な部下ですね!」
どうやら、部下で親戚であるうちはイタチくんの口利きらしい。昇進した彼が、再びオビトと組むことになったんだとか。
引っ越しの手伝いのため、カカシと共に電車に乗り船に乗り島を訪れると、小麦色の肌をしたオビトが出迎えてくれた。
「すみません、チヒロさん。カカシも。わざわざありがとな」
「いーよ。小旅行だと思えば楽しいし」
「そうそう。職場ではお土産せびられてっから」
「はは……」
島の特産品であるマンゴーを使ったシフォンケーキがやたら人気で。お土産で買っていく度に次はいつ行くのか、と催促されていた。
互いの近況やら他愛無い話をしつつ、島の中へと入る。
見晴らしのいい海岸。左右には椰子の木が植えられている。海に沿って真っ直ぐ伸びる道は、どこか異国情緒を漂わせていた。
畑があり、民家があり。またしばらくして民家がある。島特有のゆったりとした空気を感じながら歩いていると、オビトが借りている家に着いた。
平家木造の一戸建て。
オビトが玄関の引き戸を開けると同時に。
「いやだぁああああー!」
男の子の絶叫が耳をつん裂く。
俺とカカシが驚いてオビトを振り向くと、義弟は苦笑しながら頬を掻いた。
「えっと、実はーーー」
「いやだ!ぼく引っ越したくないッ!」
「ーーーってなってまして」
「いや、なってましてじゃなくてだな」
なにがどうしてそうなった。
俺は取り急ぎ荷物を玄関に置き、靴を脱いで、声のする部屋へと急ぐ。
そこには頬を真っ赤に染めて今にも泣き出しそうな甥っ子と、しゃがんでそれを宥めているリンがいた。
引っ越しの準備をしていたのだろう。部屋は幾分片付いており、壁には段ボールが積まれている。
「リン」
「!お兄ちゃん」
「おじちゃん!」
「うおっ」
声を掛けると、甥っ子が突進してきた。俺の右脚にしがみ付き、ズボンを引っ張りながら必死の形相で見上げてくる。
「おじちゃんは!おじちゃんはぼくの味方だよね!」
「うん?」
「ぼく引っ越したくないの!でも、パパとママが引っ越すっていうの!おじちゃんもなんか言って!」
挨拶もそこそこに、すんごい丸投げされた。
なんかってなんだ。俺的にはいつでも妹家族に会えるようになるからむしろウェルカムなんだけど。
しかし、そうも言っていられない雰囲気だった。
小さな手をぎゅっと握り込み、縋るように見つめてくる甥っ子。
おじちゃんなら何とかしてくれる……!
そんな期待を滲ませた瞳で見つめられては、断れるわけもなく。
俺は意を決し、顔を上げ、真っ直ぐにリンを見つめた。
少しばかり気まずい笑みを浮かべて小首を傾げる妹。俺はそんな彼女にーーー、
「ーーー無理だッ!」
「「えっ」」
「俺には何も言えない!」
無理だった。秒で撃沈。膝から崩れ落ち、畳に伏せる。
「確かにお前も可愛い!でもリンも可愛い!
お前も大事だ!だがリンだって、俺にとっちゃあ目に入れても痛くない妹なんだよォオオオ!」
「おじちゃんの浮気者ー!」
「お前の気が済むまでおじちゃんを罵れ!おじちゃんはどうしようもない浮気者だァアアー!」
「え、チヒロさん?!」
「何やってんのよ、お前は」
謎の敗北感に打ちひしがれていると、やや遅れてオビトとカカシがやってきた。
俺が使えないと判断したらしい甥っ子は、カカシに近付きズボンを引く。
「カカシのおじちゃんは?」
「ん?」
「カカシのおじちゃんはぼくの味方?」
「んー、そうね。カカシのおじちゃんはみんなの味方かなー」
「この外道!」
「「外道?!」」
「みんな、みんなぼくの気持ちなんてどうでもいいんだぁあああー!」
大粒の涙が真っ赤な頬を伝う。ぼろぼろと泣き出す我が子を見て、リンが泣きそうな顔で引き寄せた。
「そんなわけがないでしょ……!」
「だって!引っ越したらこずえちゃんと離れ離れになっちゃう!」
「大丈夫だよ。向こうでも仲良い友だちできるよ」
「いらない!ぼくはこずえちゃんがいいの!」
「こずえちゃんと電話たくさんしよう。お手紙書いたり。遊びに来たり」
「いやだー!ずっと一緒にいたい!」
ああ、そういうことか。
(『こずえちゃん』っていう子と別れたくないのか)
泣きじゃくる甥っ子。リンがその涙を拭い、抱き締ようとするけれど、いやいやと押し返されてしまっている。
その姿がどうしようもなく痛々しくて。
(キツイ、よな)
転生して、独りだと思っていた。
でも綱手様とミナト先生に会えて、カカシと再会して。輪も広がり今があるだけで、昔は笑うだけでも苦しかった。
俺でさえこの様だ。小さいこの子はどれだけ辛いだろう。
想像するだけで目頭が熱くなる。俺は溢れそうになる涙をぐっと飲み込み、畳に手をつき座った。えぐえぐと泣き続ける甥っ子の顔を覗き込んで、そっと頭を撫でる。
「大丈夫だ。また一緒にいられるよ」
「いられない!」
「いられる」
言い切ると、泣き声がぴたりと止んだ。俺は、甥の瞳に映る自分自身に言い聞かせるようにして言った。
「大丈夫だ。いられるよ」
「ほんとう?」
「本当」
「どうして?」
「俺がそうだったから」
「おじちゃんも?」
「そう、おじちゃんも」
カカシを見上げると、彼はにこりと目を細める。
「おじちゃんもそうだったんだ。ずっと離れてて、やっと会えた」
「ぼくもそう?」
「ああ、きっと」
「きっと……」
甥っ子は口を窄め、視線を落とした。
それから俺の右手をぎゅっと握り、オビトとリンに向き直る。
頬には涙の跡があったが、もう泣いてはいなかった。
「パパ、ママ。たくさん泣いてごめんなさい」
「ううん、ママもごめんね」
「パパもごめん。元はと言えば、パパの仕事のせいだからな」
「だいしょうぶ。パパお仕事だからしかたないよ」
子どもだから分からないんじゃない。子どもだってちゃんと分かってる。
パパのこと。ママのこと。家族のこと。
小さいけれど、肌で感じて考えているんだ。ただ、ちょっと。たまに納得いかないだけで。
甥っ子は俺の手を離してから、部屋にあった自分のぬいぐるみを抱えた。そして、リンに差し出す。
「ママ、このくまさんどの箱に入れてあげればいいの?ぼくも手伝う!」
「ふふ、ありがとう。くまさんはこっちの箱だよ。一人だと寂しいから、うさぎさんも一緒に入れてあげよっか」
「うんっ!」
二人で片付けをする様子を眺めて、ほっと胸を撫で下ろすオビト。彼は俺とカカシを連れて廊下に出てから、ポツリと零した。
「正直、戻れるのは嬉しかったんです」
「ああ」
「でも、それはオレの都合でしかなくて」
リンと夜通し話したそうだ。
生活も随分慣れたし。幸い、島の人たちとも上手くいっている。このままここに住んでもいいんじゃないかと。
「子どもが困惑するのは当然だ。ようやく慣れた環境で、仲良い子もいるのに」
「まあ、ね。子どもに拒否権はないからな」
「それを無理矢理引き離す形になっちまうから、可哀想でな」
「だからって、オビト。お前がそこでブレちゃダメでしょーよ」
「おい、カカシ」
「大じょーぶ。大きくなったら、自分の足で会いに行くさ」
本当に大切ならな。
そう言ってカカシは台所に入る。オビトがカカシを指差し俺を見るが。
「いや、先に会いに行ったのは俺の方だぞ」
「ですよね」
「ちょっと。それは言わない約束でしょ」
軽食を作りながら膨れっ面を晒すカカシに、俺とオビトは顔を見合わせて笑った。