散りゆく運命


 日暮れ。

「お、カカシィ!」
「あー……」

 会っちゃった。

 第七班の任務を終え、報告書を提出した帰路で。呼ばれてイチャパラから顔を上げると、あろうことかガイだった。

「お前もたまにはどうだ」
「いや、いつもやってるじゃない」
「いつも?」

 ライバル対決とやらのことじゃないのか。
 眉を顰める彼に、オレが小首を傾げると微妙な沈黙がオレたちの間を流れる。

「何か勘違いしてないか」
「してるような気がするね」
「オレは今日の先約のことを言っているんだが」
「ああ、そっちか」

 先約。
 聞いて、はたと思い出す。

 (そういえば、アレ。まだ渡してなかったな)

 オレが顎に手を当てると、拳を天に突き上げたガイに「よォし、決まりだァ!」と何も決まっていないのに肩を組まれ、家と逆方向へと引き摺られた。




 辺りが暗くなり、居酒屋の赤提灯が軒並み灯る。昼にない賑わいと熱気とが、じわりと肌に伝わるようだ。

 大通りから一本奥へ入ると、しんと静まり返った路地に出た。飲食店の裏手、辛うじて届く明かりの中を進めば、道の角にぽつんと一つ、取り残されたような赤提灯が見える。

 『わらうかど』。

 何の捻りもない店名。
 人一人どころか、猫一匹の気配もない静けさの中に佇む店があった。ガイが先に暖簾を潜り、戸を開ける。店内から漂うのは、甘じょっぱい煮物の香り。

 カウンターでは大柄の男が、鍋を掻き回していた。

「ショウマ!」

 ガイが呼ぶと、彼はこちらに顔を向けてはニカリと笑う。

 がっしりとした体格さることながら、その身長はガイさえも躱し、優にイビキを超えている。刈り上げツーブロックの髪に、バンダナを巻いている彼の名は不知火ショウマ。

 紛れもない、不知火ゲンマの実兄であり。

「木ノ葉には鬼が棲まう」。

 第三次忍界大戦にて、他国に名を知らしめたその人であった。




「そこを退けェエエエー!」

 多勢に無勢と思われる局面に、いつも彼はいた。

 牙を剥くように笑い、幾人に囲まれようと、たった一人でその土地を血の海へと変えてしまう。

 先導が特攻。
 増援が殲滅。

 男、女、子ども、果てには獣まで。
 立ちはだかるモノは容赦なく薙ぎ払い、伏せていく。まるで、喰い尽くすかのように猛るその姿は、最早「人」とは言い難く。血飛沫を浴び、頭から爪先まで全身を他人の血で濡らす。

 大地をも揺るがさん、地鳴りのようなその足音には同郷の者でさえ恐れ震え上がった。

 「鬼」。

 それは妖怪の類とも、怪物とも、神とも考えられている。
 元は死者の霊魂のこと指していたが、やがて畏怖の形容詞となり。荒々しく恐ろしい、人情のかけらもない者のことを例えることになった、それ。

 だが戦場では苛烈な男も、一旦拳を下ろすと。

「カカシー、これって食えるのか?」
「食えると思って聞いてるの」
「食えるんだな!」

 ただの雑な男だった。

 大雑把なんて可愛いもんじゃない。本当にゲンマと血が繋がってるのか疑いたくなるくらい、人の話を聞かない。文脈すら読み取らない。そんなヤツ。

 その雑さや水の張った鍋に意気揚々と、明らか毒々しいキノコを何の躊躇いもなく投げ込む程である。

 おまけに。

「ショウマ!こんなのもあったぞ!」
「おお、いいんじゃないか!」

 ガイが加わると魚が水を得たように、暴走し始めるからタチが悪い。

「そぉれ!」
「ちょっと待て、ショウマ。今度は何入れたの」
「なんとなく美味そうに見えたヤツ」
「蛙に似ていたな」
「蛙は美味いからな!きっとコレも美味いだろ!」
「そうだなァ!」

 笑い合う二人。
 ダメだ。コイツらに台所任せたら120%腹壊す。最悪、死ぬ。

 自分のためにも、この面子で任務に当たる時は、オレが食事係を買って出ていた。

「カカシ!そこにいたのを殺ってきた!これで何か作ってくれ!」

 その日は、通りすがりのショウマに狩られてしまったイノシシだった。

「ちゃんと血抜きしてよね」
「血抜き?絞ればいいのか」

 握力と物理。
 頭と尻を持ち、まるで雑巾でも絞るかのように捻ろうとしやがるので、オレは慌ててクナイでイノシシの頸動脈を切った。

「血抜きっていうのは放血することだーよ。狩ってからすぐにこれしないと肉が臭くなる」
「なるほど!カカシは物知りだな!」
「今までどうやって食べてたのよ」
「皮剥いで、丸焼きにしていた!」
「内臓は」
「焼いた!」

 爽やかな笑顔で言いながら、手は変わらずイノシシを絞っている。

 (イノシシって捻れるんだ……)

 そうして血の一滴も出なくなり気が済んだのか。今度は素手で容赦なく皮を剥ぎ始めた。

 ショウマの目に留まったが運の尽きだ。文字通り丸裸にされるイノシシを前に、最早哀れとしか言いようがなかった。

 せめて美味く調理して、成仏してもらおう。ま、どっちみちこんな地上にはいたくないだろうけどな。

 オレはガイが摘んできた山菜を刻み、ポシェットから調味料を取り出して手早く鍋を作った。

 ショウマとガイは飯を掻き込み、肉に食らいついてはニカリと笑う。

「相変わらずカカシの飯は美味いな!」
「流石は我がライバルだ!」
「いやー、飯勝負したらカカシの圧勝だろ!ガイの飯より数倍美味い!」
「何を言っている!ショウマの飯はオレより酷いぞ!」
「はっはっは!どんぐりの背ェ比べだな!」
「そうだなぁ!」
「「はっはっはっはっ!」」

 どんぐりじゃなくて、珍獣二匹の間違いだろ。

 オレは飛んでくる唾を避けて顔を顰めた。

「ねえ、食べる時くらい静かにしてくれない」
「「ああ、すまんすまん!」」
「だから、声がデカイ」
「「はっはっはっ!」」

 相手しているだけで頭が痛くなってくる。
 
 そんな男がやっている居酒屋だ。言わずもがな。

「おお!今日も貸し切りだなァ!」

 ショウマが忍を辞め、店を開いてから三年が経つというのに閑古鳥が鳴いていた。

 来る客といえば、ガイやオレを始め、昔馴染みの同期ばかりで。

「ショウマ、いつもの頼む」
「オレも」

 馴染みの顔の溜まり場となっている感が否めない。しかし、彼にそれを気にする素振りは微塵もない。

 オレたちが定位置と化しているカウンター席に腰掛けるなり、待ってましたと言わんばかりに歯を出して笑った。そして。

 ーーーダァン!

 出てきたのは「いつもの」真っ黒な激辛カレーと、白米にナスの味噌汁、焦げた魚。それらが乗った盆と酒瓶とを、ドヤ顔でカウンターのテーブルに叩きつける。

 衝撃で汁物が溢れたことなど意にも介さない隣の男は、嬉々として握ったスプーンを口に運んだ。「辛い!美味い!不味い!やっぱり辛い!」と叫んでるけど、どっちなの。

「そうだ。これ、忘れないうちに渡しておく」

 オレは美味くもなく不味くもない、だが三年前より幾分マシになった味噌汁に舌鼓を打ちながら、ショウマに一枚の紙を手渡した。

 受け取った彼はまるで子どものように目を輝かせ、早速店の奥に引っ込んだ。

「何を渡したんだ」
「牛肉と米餅のスープのレシピ。以前、教えてくれって頼まれたのよ」

 水の入ったコップを空にしたガイを横目に、焦げた魚の皮を捲り身を解す。ショウマが材料を抱えて戻ってきた。

 オレは時たま、ショウマにレシピを提供している。たとえその場で教えて完成したとしても、どういうわけか次の日には新たな珍料理に成り下がる。そのため、作り方をこうして紙に書いて渡すことにした。

 ま。

「だから。材料全部一緒に入れて煮たらダメって書いたでしょーよ」
「どうせ煮るなら、一度に入れればいいではないか」
「分かってないねェ、ガイ。先に肉だけ入れて灰汁を取るから、残ったスープの味が綺麗になるんだよ」
「奥が深いな」
「いや、常識でしょ」

 書いたところで、ちゃんと読んで作るかはまた別の話で。

 十年後にはもう少しマシになっているであろうことを願いながら、オレは眉を顰める二人相手に、今日も料理の手解きをするのだった。
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