恐くないから出ておいで
それからというもの。
ナルトくんも、いくつか任務をこなしてきたらしいが。
「オレもそろそろすげー任務がやりたい!」
と、最後に会った時には零していた。
「なのに、ごめんね。うちも単純な作業なんだ」
「ぜーんぜんっ!姉ちゃんからの依頼なら、どっからだって飛んでくるってばよ!」
「ったく。ちょーしのいいヤツ」
頭の後ろで手を組んで笑顔をくれるナルトくんを、サクラちゃんが腰に手を当てて呆れた顔で見遣った。
はたけさんは目が合うと、普段通り軽く手を上げてにこりと笑ってくれたので会釈を返す。
「で、何すりゃあいい」
ポケットに手を入れて、ちらりとこちらを見上げるサスケくん。
涼しげな目元、端正な顔立ち。落ち着いた言葉とそっけない態度も、同年代の女の子たちからは大人びて見えて人気ありそうだし。
案の定。見ないうちに、とんでもない美形に育っていた。
「皆さんには、本の在庫チェックをお願いしたいんです」
「ここのものか」
「いいえ。店内は入れ替わりが激しいので、わたしが仕事中にやります」
「ここ以外にも本があるの?」
サクラちゃんが首を傾げる。
わたしは彼らを連れてカウンターの裏に回った。普段わたしが椅子を置いて座っている、そこ。床の木目、気持ち凹んでいる部分に指を引っ掛けて、ぐっと手前に引いた。
ギィ……と、重たい音がして、人一人が通れる地下への階段が顔を見せる。
「これって」
「階段、だよな」
「うん。そうだよ」
カウンターに用意したランタンに火を灯し、紙束を脇に抱えて四人を連れ地下へ真っ直ぐに降りた。そして突き当たりの扉を開ける。
真っ暗な部屋。壁の電気を付けると。
「「わあ……!」」
店内と同じ、広さと高さ。同じ内装。本棚の位置も同じ空間が現れる。
違いといえば、窓の代わりに換気口が。カウンターの代わりに本棚が。奥にもう一つの扉があることくらいだった。
「出入庫がある程度落ち着いてきた本については、在庫をここに保管するようにしています」
「本って、湿度を嫌うのに地下に置いていいの?」
「うん。本に対して適度な温度と湿度を保つように設計されているから」
わたしは持ってきた紙束を、付箋に沿って分けて各々手渡した。
「これは、去年の棚卸しのデータです。書籍のタイトルが棚に入っている順番に書いてあります。
動きがあった分についてはその都度修正していますが、本当にこの通りで合ってるかを確認して頂きたいんです」
「んーっと、つまり?」
「つまり。ナルトくんは、ここと、ここの壁の棚の本。この紙に書いてある本が、この順番にちゃんあるか調べて欲しいの。
もしなければ、ぴーって線引いてナシって書いてもらって。もし書いてない本があれば、こことここの間にくの字で吹き出し作って本の名前を書いて欲しい」
ナルトくんと一緒に説明を聞いていたサスケくんとサクラちゃんは、ひとまず大丈夫そうな顔している。彼らの後ろで聞いていたはたけさんは言わずもがな。
ただ、肝心のナルトくん(本人)はというと。
「うーん……?」
「とりあえず、ここからここまでは一緒にやってみようか」
私が提案すると、隣で聞いていたサスケくんがふんっと鼻で笑い。スタスタと自分の割り振られた棚へ向かう。それを見たナルトくんが、サスケくんの背中に歯軋りをし。
「大丈夫だってばよ、姉ちゃん!オレってばもう子どもじゃねーからな!」
鼻の穴を膨らませて、勇ましく棚に向かった。そして「この本はこれで、えーっとぉ」と、眉間に皺を作りながらリストと棚を見比べる。
サクラちゃんはそんな二人を見て肩を竦め、自分も本棚へ向かっていた。
「ま!アイツも仕事として来てるからなぁ。
オレも見てるし。やってみて本当に困ったら、自分から聞きに来るさ」
はたけさんが、ポンっと私の肩に手を置いて静かに言った。
言われて気付いた。わたしはずっと、記憶にある幼かった頃の三人の面影を追っていた。
でも、目の前のいる彼らは、新人とはいえ里の一端を担う忍者で。
「……ですね。失礼しました」
「ん」
少しでも成長しようともがいている。
じっちゃんの背中を追いかけながら、必死に仕事をしていた自分と同じだった。
「ところで、オレが調べる棚が見当たらないんだけど」
「ああ、はい。こちらです」
はたけさんを連れて、奥の扉の前に立ち鍵穴に店の鍵を差した。
開けて電気をつけると、こじんまりとした部屋の右手と左手、正面の棚にぎっしりと本が詰まっている。
「年齢規制本の部屋です。ここだけは、例年先生方に頼んでいます」
「なるほどね」
「本棚の下の引き戸にも入っているのでお願いします」
「了解。扉は開けといてもいい?」
「はい、もちろん」
早速紙束を広げるはたけさんを見て、わたしは部屋出てすぐの棚に立つ。自分の分のリストに視線を落とし、残り三枚という頃には。
「うぅ、目がチカチカするってばよ」
「なによー。アンタまだ半分もやってないじゃないの」
「だってさぁ、もう腹減って」
「黙ってやれ、ウスラトンカチ」
「んだと?!」
「ああ、そうだ。お昼頼んでたんだった」
昼ご飯の時間になっていた。
「休憩にしましょうか」
「やったー!」
わたしは階段を登って一旦店内に出る。カウンターに届いていた出前用の箱を注意深く持って、再度地下へと向かった。
「お待たせー」
ナルトくんとサスケくんに部屋の脇に寄せてあったテーブルを持って来てもらって、サクラちゃんと椅子を運ぶ。
箱から取り出したのは。
「「鰻重?!」」
「鰻丼、ね」
重箱はちょっと、この人数になると値段が張って手が出せなかった。
「姉ちゃん、これ食っていーの?」
「もちろん。
遅くなっちゃったけど。下忍、おめでとう」
わたしが伝えると三人とも顔を見合わせて、恥ずかしそうにはにかんだ。それからナルトくんは「いっただきまーす!」と手を合わせて丼にがっついた。
サクラちゃんも嬉しそうに食べてくれている。サスケくんは表情を変えまいと頑張っているけれど、何となく雰囲気が柔らかいから、喜んでくれてはいる、のかな。
(下忍になったお祝いまだだったし。はたけさんも、先生になったお祝いに何かしたいなって思ってたしーーー)
はた、と思い出した。
(はたけさんがいない)
まさか休憩中も仕事する気かな。
わたしが慌てて小部屋に向かい中を覗くと、部屋の奥で蹲っている彼がいて。
「はたけさん?どこか体調でも」
「遼!」
「はい?!」
駆け寄ったら、しゃがんでいた彼が突然立ち上がった。そして、飛び付かん勢いで左肩を掴まれる。なにがどうしたの顔が近い。
「あ、ああああの?!」
「これ、いくらでも払うから譲ってくれ……!」
「は」
『これ』と言われて、掲げている彼の左手に視線を移すと。
はたけさんが持っていたのは「イチャイチャパラダイス(上)」の表紙を模したブックカバー。ラミネート加工されたそれは、初版購入時の特典グッズだった。
そっか。はたけさんが買いに来た時はもう初版じゃなかったから。でも。
「……ブックカバーは非売品ですよ」
「コレクターの間では高値で取引されているのよ。しかも手放す人がほぼいないから、入手困難で幻の品なんだ。言い値で買うから譲って欲しい」
「うちは本屋ですので」
「そこをなんとか……!」
「差し上げます」
肩を掴んだまま頭を下げていたはたけさんが、バッと顔を上げた。
「……今、なんて」
「差し上げます」
再度告げると、驚きに見開かれた右眼が、まるで子どものようにキラキラと輝いた。
かれこれ十年近く眠っていて、ほぼ新品同様。本にしろモノにしろ。本当に欲しい人の手に渡ってくれるなら、こんなに嬉しいことはない。
「ありがとう……!家宝にする!」
「いえ、それはちょっと」
受け継ぐ子どもたちのためにも、やめてあげて欲しい。
と思ったが。
ブックカバーを両手で大切にそうに持って、目を細めるはたけさんが可愛らしく見えて。
(なんだか微笑ましい)
グルコさんを膝上に乗せていた時然り。格好良くて可愛いって凄いなぁ、と感心していると背中で扉が閉まる音がして咄嗟に振り返った。
(あれ、わたし。開けてた、よね)
扉のノブに手を掛けると。回る。ちゃんと回るけど。
「どうしたの」
「開かない……」
「え」
ぐっと身体で押してみるがびくともしない。
「閉じ込められた……?」
自分の家なのに閉じ込められた。
沈黙する扉を前に、わたしはがくりと項垂れた。